第77話 自己紹介 Ⅳ
日向雅の自己紹介が、淡々とした印象で終わった。
その文句をしっかりとよく通る声で、はっきりと告げた。
ある意味、私に関わらないでくれ的な言葉に聞こえる。
少しミステリアス。
どうもこの高校というかクラスで友達を作ることは期待していないし、私に近寄るなって感じだ。
ある意味達観しているともとれる。
少し興味をひかれた。
自ら孤独でありたいという思いが、一体どこから来るのか?先ほどの自己紹介を思い出す。
私事が多い?
プライベートに何かあり、高校生活はその余禄と言ったところか。
(面白いな、光人のその考えは。たぶん、間違っていない。何があるか知らないが、彼女にとってそちらの方が、重要なことだろうな)
(親父、ちょっと彼女、日向さんの頭の中覗いてきてよ)
(お前、俺のことを便利に使える青いネコ型ロボットと勘違いしてないか?単純にお前の脳内に住んでいるだけで、そんな技術はない。ついでにいえば、敵探索機能や、物体移動機能、未来予知、無限情報集能力など、異世界ファンタジーに出てくる技術もないし、魔法も使えない)
(えー。じゃあ、何のためにいるのさ。それぐらい使えるようになってよ、親父さん)
(お前、私の現状を十分理解したうえで、人をおちょっくてるだろう。喧嘩なら買うぞ。ただし、その時はお前の命亡くなっても知らんからな)
(な、何をする気だ?)
(昨日倒れて分かってんだろう。お前が寝てるときにお前の体使って、無茶苦茶する)
(あ、ひでえ親父。お前も死んじまうぞ?)
(俺はすでに死んでいる!)
(なんかそれは別の使い方をしていたような気がする)
すでに数人が自己紹介を終えて、やけにひょろっとした男子生徒が立ち上がった。
「取世市立賀屋中学から来ました明神尊命です。放送器具などが好きで放送委員会に入ろうと思ってます。それと名前があまり好きではないので是非姓の明神で呼んでください。よろしくお願いします。」
明神が座るとその背中をバシバシ叩く後ろの男子生徒がいた。
確か室伏という名前だったはず。
明神と真逆にかなり体格がいい。
かなり痛そうな顔をする明神をまったく気にせず、「尊命っていい名前じゃないか!」と大きな声で言っていた。
「神話の日本武尊からとったこの名前と、この体のギャップで散々いじられてきたんだよ。」
室伏の言葉に弱々しく反論する。
まあ、わからなくもない。
室伏はその声に「そうかな?」と疑問を呈している。
そんな室伏にみんなの視線が集中していた。
「うん?…あ、わりぃ。俺の番だな。」
やっとみんなの視線の意味を理解して、勢いよく立ち上がった。
「室伏祐樹、桜葉市立沖倉中学出身。中学はラグビーやってて、ここでもラグビー部に入ってる。よろしく!」
本当に純体育会系と言った自己紹介に、みんなが頷く。
ここまで体格と性格、しゃべり方が見た目そのものなのも珍しい。
終わったと思ったのだが、室伏は座ろうとはせず、少し考えるようなポーズをとっている。
いわゆるロダンの「考える人」の上半身バージョン。
本当に考え事をしているかどうかは甚だ怪しいが…。
「あーと、今ここで言うことが良いのかどうかわかんねぇんだけど。」
さっきの快活さとは雲泥の差がある喋り方だ。
どうも、真剣に悩んでいたようだ。
「一番目に自己紹介していた「泣かせのクズ太郎」君なんだけどさ。」
すでに俺の呼び方がおかしなことになっている。
と言うよりも、素直に俺の名前を呼べ!
(彼の中では「泣かせのクズ太郎」と覚えたんだろう。女と言う単語が抜けるだけで、なんか演歌のタイトルみたいだな、光人)
心の中で大きくため息をついた。
「たぶん、さっき先生が言っていた、テレビのニュースで見た記憶だと思うんだが。」
この言葉に俺の心が一瞬、跳ねた。
ああ、昨日の伊乃莉もそうだけど、結構知られているんだな。
周りも少しざわめきだした。
岡崎先生も少し困ったような顔をしている。
あまり、こういった場でしゃべるような内容ではない。
個人的に俺のとこに来て確かめてくれればいいのに。
でも、先生は止めようとはしなかった。
「確か、信号無視したトラックから子供を助けようとして亡くなったのが、白石…確か影人と言う人だったと思う。」
(ほーお、名前まで覚えてるって凄いな。さすがに2か月前の事故でそこに出てくる名前は、関係者でなければ覚えていないもんだが)
「なんで覚えてるかって、不思議に思うよな。それは事故から1週間くらいたって、遺族の弁護士って人が記者会見した映像をDichtubeで見たんだけど、その時の言葉が印象に残ってんだよ。」
ああ、あれを見たんだ。
その後の言葉、言うのやめてくんないかなあ。
(いや、いい言葉だぞ、光人。父親として誇りに思うよ)
もう、突っ込みたくない。
「小さな命を助けた父を誇りに思う。」
ああ、言っちゃった。
ああいやだ、いたたまれない。
逃げたい。
「俺、ちょっと感動したんだよね。父親亡くして哀しみの絶頂なのに、そんなことを言えるなんて。だから、何が言いたかったかと言うと、「泣きのクズ太郎」はきっといい奴だ、と。」
それだけ言って、室伏は座った。
スポーツマンらしい発言だと思う。
変な噂で人が悪く言われるのが嫌だったのだろう。
でも、時と場所、状況、いわゆるTPO考えた方がいいぞ、室伏君!
「「「おおおー」」」
なぜか教室がざわついている。
そして、俺をみんなが見た。
前の席のあやねるもなんか熱っぽい瞳で俺を見つめてる。
やばい!異常に照れる!
コンコン。
教室のドアにノックをする音がした。
そしてガラッと開いて、人影が教室に入ってくる。
「こんにちは。そろそろ学校の施設の案内なんですけど。」
ここでその攻撃か!