第74話 自己紹介 Ⅰ 岡崎慎哉
岡崎先生が戻ってきたため、あやねるの周りにいた女子は蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
俺と景樹も自分の席に戻ろうとしたが、逆方向から来た塩入が俺に睨むような表情をつくる。
何か言いたそうに口を開きかけたが、景樹がそれより先に塩入の肩を軽くたたき、その爽やかな笑みを向ける。
塩入は仕方なさそうに自分の席についた。
俺が席につくと前の席にいたまだ少し顔の赤いあやねるが俺のほうに向いてきた。
「光人君、ごめん。もしかしたら、みんなに変なこと言っちゃたかも?」
なんとなく、女子が俺を見る目が変な気はしていた。
非常に奇異なものを見る目といえば想像がつくだろうか?
「あやねるは大丈夫?嫌なこととか言われてない?」
「うん。私のことは大丈夫だよ。」
「なら、よかった。あやねるは笑顔のほうが似合ってる。」
俺の言葉に、一瞬固まったようになった。
それから急に顔に赤みがさしてくる。
あれ、どうした?
(自覚なしに今の言葉を言ったのか?息子の急成長ぶりが恐い)
(えっ、俺何かした?)
「光人君のそういうとこ、ずるいと思う。」
何が起こったかわからない俺をよそに、あやねるはそういって前を向いてしまった。
教壇に立った岡崎先生と目が合う。
「ああ、幸せそうな白石君には悪いんだが、自己紹介を始めさせてもらっても構わないだろうか?」
この言葉に教室内がどっと笑いが起きた。
俺とあやねるが顔から火が出る思いで机に突っ伏す。
(光人もあやねるもラブコメ一直線だな)
(何も言い返せねえ!)
先生は少しの間、俺たちを見ていたが、やおら教室全体に 目をむけた。
「昨日やる予定だった自己紹介を始める。ほとんどが初顔合わせだと思ってやろうと思っていたんだが、昨日から今日にかけて騒動を起こした者のせいで、結構お互い友人ができた者も多いと思う。ただ、今後のクラスは1年間一緒だということもあるんで、しっかり自分をアピールしてくれ。」
そこで一息ついて、なぜか俺に目を向けた。
「本来であれば出席番号1番から始めるもんだが、昨日、今日と騒動を起こしてる張本人から初めて、番号順で回し、47番目の次は1番で有終のとりをもう一人に努めてもらう。いいな。」
「はあ。」
思わずそんな声が漏れてしまった。
前の席のあやねるも突っ伏していた首をバッとあげた。
きっと驚いた顔を先生に向けていることだろう。
まさか、自分まで騒動の主と先生に思われているとは考えていなかったようだ。
きっと俺以上に驚いた顔が容易に想像できた。
そんな二人に先生は思いっきりいやらしい笑顔を向けてきた。
(あやねるは当事者意識が薄いみたいだな、光人。今日の朝の騒動は、明らかにあやねるが作り出したもののはずなんだけど、な)
(いや、まあ、そうなんだけど。俺から始めればあんなふうに言わなくてもあやねるが最後になるのに。本当に面白くするのが好きな先生だ。)
「よし、じゃ、始めようか。とはいえ、お前たちだけに自己紹介させるのも片手落ちってやつだな。」
岡崎先生は、そういうと黒板に自分の名前を書き始めた。
「改めて、1-Gを担当する岡崎慎哉だ。英語を担当。英文法、英語表現も担当する。英語のネイティブスピーカーとしてミランダ・クロフォード・永井先生が補助で入ることになるが、よろしく頼む。34歳独身だが、順調にいくと来年くらいには結婚を予定している。で、変な噂が回ってるが、今付き合ってる女性は確かに教え子ではあるが、付き合い始めたのは卒業後だ。そこだけは覚えていてくれ。以上。」
先生は一気にどうでもいい内容まで話した。
あまりのことに教室が一瞬静寂が支配した後、大きな笑いが起こった。
「先生ぶっちゃけすぎ!」
「結婚式には呼んでください!」
「彼女、見せてくださいよ。」
好き勝手なことをはやし立てる生徒たちに、苦笑を浮かべてる岡崎先生。
(昨日から思っていたが、凄いな、この教師。まあ、彼女のことで同僚からいろいろ言われてそうだが。)
(うん、面白い先生だけど、大丈夫かな。明日来たら先生が変わってるってこと、ないか、親父)
(まあ、なんとも。でも、岡崎慎哉か、どこかで聞いたような気がするんだが)
(親父の知り合いなのか、この先生。)
(いや、それはなんとも)
一通りの騒ぎが落ち着いた頃を見計らって、先生が俺を見て頷いた。
ほら、場を温めたから、きっちりとやれよ。
そんな雰囲気を伝えてきたような気がする。
俺は仕方なく席から立ち上がった。