第72話 岡崎先生の呼び出し
朝のSHRは今日の行事の予定と、明日の身体測定についての説明で終わった。
今日は校内の施設案内がメインで、各クラスごとに係の生徒が呼びに来るとの事。
当然2年生か3年生の先輩らしい。
ただ、1年生が一遍に回ると混乱するという事で、時間差で案内されるようだ。
その間に、昨日行うはずだった自己紹介と、校内実力テスト後にある日照大の研修センターを使用した親睦旅行の班分けを行う予定だと、岡崎先生の説明があった。
今日は新入生以外は9時から始業式の予定で、それが終わり次第下校。
始業式の後で同じ場所で部活動紹介となっている。
とりあえず、今日のところは部活動紹介終了後下校。
その後は自由に部活動の見学ができることになっており、好きな部活を見学、または帰宅となる。
昼食は各自適当に食えとは、我が担任の弁。
9時から自己紹介をするという事でそれまでは「各自、自由に友人を作れ」と言って20分程度の休憩時間になった。
うちの担任は教育熱心なんだか放任主義なのか。つかめない性格だ。
と思っていたら。
「白石、ちょっといいか。」
教壇から呼ばれた。
そうか、体調についての医師の診断を報告するんだっけ。
俺は先生に呼ばれ、そのまま廊下に一緒に出る。
他の教室も休憩時間のようで、少しざわついていた。
岡崎先生の顔が少し困ったように笑うと、そのまま歩き出した。
付いて来いという意味らしい。
黙って先生に従い、4階の渡り廊下のところで立ち止まった。
ここは、中学棟と高校棟を結んでいる廊下の中央あたり。
ここにはあまり人はいない。
「教室でもよかったんだが、女泣かせのクズ男という噂が出回っているようなんでな。人のいないところの方が話しやすいかと思ってここまで来てもらったんだが、よかったか?」
「その話、恐ろしい勢いで拡散してますね。一言、言わせてもらえば、かなりの部分は事実なんですが、なんで俺が悪者に仕立て上げられているのかが疑問です。」
「入学式で倒れた男子生徒と、かなり可愛い新入生の女子生徒が泣いてる姿が目撃された。二人はバス停のところで知り合いのよう。という事実から、男が女を泣かせた、って話になり、結果女を泣かせる男はクズ野郎に違いない。という推測から噂が急激に拡散。人は皆、自分に関わらないスキャンダルに飢えてるからな。」
大きくため息をつく。
(人の噂も75日。耐えろ、光人)
(入学して2か月半もの間、耐えられる分けねえだろう!)
「今日、昨日の体調不良ってことで休んだ方がよかったですかね。」
実際考えたからな。
「それをやられると、学校側と言うより、俺が困る。昨日学年主任に白石は大丈夫って報告しちまったからな。で、身体の方は医者に診てもらったのか。」
やっと本題に入った。
「医者の診断では柴波田先生の言っていた通り、過労と睡眠不足だそうです。血液も採ったんですけど、そっちの結果は3,4日かかるそうです。希望するならMRIの設置された病院に紹介状を書いてくれるとの事でしたが、そこまではいいかなってことで。ああ、そういえば母から診断書が必要か先生に聞いて来いって言われたんですけど。」
「診断書か。ん~、あった方がいいかな。悪いんだが、取っておいて貰えるか?」
「血液検査が出たら書いてもらうように頼んでおきます。」
「学校終わったら、保険の柴田先生にも報告よろしくな。」
「はい。」
これで終わりかと思って、教室に帰ろうとしたが、岡崎先生はまだ、開放してはくれなかった。
「一応聞いておきたいんだが、宍倉を泣かせたってのは、ホントのとこ、何があったんだ?ちょっと、職員室でも話題になっていてな。少し消火活動しときたいんだ。それでなくとも、白石、お前は目立っててな。お父さんの事故の事から始まって、入学式での意識喪失に、今朝の登校時の騒動。ゴシップ好きの中年教師たちの慰み者になりたくないだろう。と言うより、変な色眼鏡で見られかねんからな。」
(先生の言ってることはもっともだな。光人、正確な情報を伝えておいた方が、今後のためだ)
(親父、わかったよ)
「柊先輩が宍倉さんのこと、生徒会に誘ったのって先生覚えてますか?」
「昨日の話だよな、うん、覚えてる。柊、可愛い女の子結構好きだからな。」
「で、宍倉さんがその誘いに乗ろうかな、みたいなことを言ってきたんですけど。ただ、柊先輩に会いに行くときに俺に付いてきてほしい、って頼まれたんですよ。でも…。」
「ほう、あの宍倉が。これはまた、積極的だな。で、白石は宍倉から頼まれたものの、柊にはあまり会いたくない、ってとこか?」
「先生、よくわかりますね。」
「まあ、昨日の柊とお前さんのやり取り見てたらな。断ったら泣かれたか?」
「いえ、そういう訳ではないんですが。なぜ、俺でなければいけないのか聞いたんですよ。」
「まあ、なんとなく答えは想像つくけど。宍倉は何と言ってきたんだ?」
「俺が柊先輩の「特別な人」だから、だそうです。」
「特別な人?」
「自分の従弟の命を救ってくれた人の息子。簡単に言えば、その言葉を聞いて自分の父親の死を利用するかのような印象を受けてしまったんですよ。」
「はあ、柊と同じ間違いをしてしまったわけか。しょうがないか。」
岡崎先生の物言いが、なぜ彼女たちが同じような間違いを俺に対してするのか、まるで理解しているかのようだ。
(本当に光人は父親想いのいい子で、私は感激してしまうよ。)
(親父は先生の言うことがわかるのか?)
(言いたいことは、なんとなくな。まあ、端的に言えば、私が、今、ここにいる、ってことだ)
親父の言うことが全然理解できない。もしかしたら、すでに親父はあちらの世界の言語を話し始めたのかもしれない。
(まだ、黄泉の国には旅立たないよ)
「先生、よく先生の言っている意味が分かんないんですけど。まるで、先生が彼女たちの失敗は仕方のないことと言ってるように聞こえますが…。」
「白石、お前さ、自分がやけに明るい喋りをしてるって、自覚、ある?」
「明るい喋り方ですか?いや、まったく。」
「だろうな。親父さんが亡くなって2か月くらいだと、何かの拍子に悲しみがにじみ出たりしちまうもんなんだが。特に年若くて、亡くなっちまうとな。それを隠そうとして明るく振舞う奴もいるんだけど、お前からはそんな雰囲気が見れないんだ。」
「えーと、それは、親の死を悼んでいないってことですか?」
「これがそうじゃないから、周りの対応が難しい。白石は間違いなく親父さんの死を悲しんでる。だけれども、普段のお前はまるで親父さんが生きているかのような、普通の高校生として我々には映ってしまうんだ。そのため、すでにお前が親父さんの死を乗り越えて、もう普通にしている錯覚に陥っている。だから、柊にしろ、宍倉にしろ、白石に本当に普通に接してしまった結果ということさ。」
自分では全く思いもつかないことだった。
そりゃ、そうだ。俺の頭に親父が同居してるんだから。
でもそれは、親父が死んだ結果でもある。
先生がまさか俺の頭の中に起こっていることを正確に察知してそんなことを言っていないことは充分わかっているが、岡崎先生の洞察力に心の中で舌を巻いていた。
「ああ、そういえば、白石。柊には昨日の件で、一応軽く注意はしておいたから、会いに行っても昨日のような態度はしないと思うぞ。安心して会いに行って来い。宍倉と一緒にな。と言っても、その前があるから、まあ、大丈夫だろうが。」
「先生、今、変なこと言いませんでしたか?「その前」って。」
「まあ、気にすんな。9時から自己紹介大会すっから、ちゃんと俺を笑わせてくれよ。」
岡崎先生はそう言って、一旦、職員室に向かっていった。
読んでいただいてありがとうございます。
もう少し先の話で、部活紹介時の演劇部の紹介での劇の描写がある予定です。その劇のもとになる短編を投稿してみました。
よろしかたっら読んで、感想をいただければ、嬉しいです。
よろしくお願いします。
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