第71話 噂の発信源
「はい、そこでストップ、あやねる。もう、教室着くから。しっかり涙をぬぐってね。」
伊乃莉が、また泣きだしそうになったあやねるを止めてくれた。
廊下にいる俺たちに、妙な視線を向けてくる生徒たちが、こそこそと小さな声で話している。
二人の可愛い女の子。
その一人はちょっと泣き顔。
その子を泣かせたクズ男に、お子様一人。
「コウくんさあ、今、凄い失礼なこと考えなかった?」
あれ、なんで分かんの?
「あ、いや、何も考えてないよ。今のあやねるの話で、なんとなく分かった、この状況。」
「まあ、大体ね。」
伊乃莉が、あやねるの顔を拭いた後、足を止めた。
「じゃ、私はクラス別だから、ここで。あやねる、生徒会室に行くときは連絡ちょうだい。しっかりね。」
「ありがとう、いのすけ。頑張る。」
あやねるは顔をあげて、笑顔を見せた。
1-Gの教室前にも生徒たちがいた。
こっちを見る目は意外なものを見る感じ。
恥ずかしい。
「宍倉さん、大丈夫?なんか噂になってるんだけど。」
たぶん、同じクラスの女子なのだろう。
あやねるに話しかけてきた。
ちらっ、と俺に目を向けた。
二人で話していたと思われる一人。黒い綺麗なストレートの髪を方まで伸ばし、唇が少し厚めの小さな唇が開き、俺に向かって話しかけてきた。
「白石君?だよね、昨日倒れちゃった。」
まあ、有名人だね、俺。
軽く頷く。
「宍倉さん泣かせたの、君?」
「えーと、それは…。」
「あ、私、津川茉優、同じクラスだよ。こっちは大野美穂、おな中。で、話し戻すけど、美少女を泣かせるクズ男ってことでいい?」
もう一度、はっきりと聞かれた。
横にいた背が低めのふくよかな女子、大野美穂さんも真剣にこちらを見ている。
この二人以外の廊下にいる人すべてが、この話に注目していることが、痛いほど突き刺さる視線からもわかった。
たぶん、他のクラスの生徒もいるよな。
「ちょっと、待って!」
村さんが俺に迫ってきた津川さんに声を掛けた。
「ほぼほぼ、合ってるんだけど…。」
認めるんかい!
心の中で突っ込む。
「まあ、でも、どちらかというと悪いのは…。」
そう言ってあやねるを見る。
「泣いて、騒がせてごめん。でも悪いのは光人君、ううん、白石君でなくて、私だから。」
えっ、て感じで、聞いていたほぼすべての人がびっくりしてる。
「宍倉さん、白石君のこと、光人君って呼んでるの!」
驚いたのは、そっちかい!
おかしい、昨日から、俺は人に突っ込んでばかりいるような気がしてきた
「あー、うん、まあ。さっき仲直りした、しるしってことで。」
その言葉に、さらに津川さんが追い打ちをかけてきた。
「仲直り…。」
「もう、付き合ってるってこと、でいい。」
黙って聞いてたぽっちゃり大野さんが口をはさんできた。
「それは流石に早すぎるでしょ!この二人、知り合ったの、昨日だよ。」
村さん、すかさず反応。
「えー、でも、交際0日婚とか、あるよ。」
え、すでに結婚してるんですか、俺とあやねる。
慌てて、あやねるを見ると、すぐに否定すると思いきや。
(顔、真っ赤にして、照れ照れですよ、光人さん!)
親父が楽しそうに言うのも道理、なんだかうれしそうに両頬を両手で押さえて悶えてるって感じるのは俺だけ?
さっきまで瞳に涙をためてたのは、どこか違う世界線?
「ほら、外で騒いでないで、教室入りなよ。もうすぐ先生、来るよ!」
綺麗に整えられた腰近くまでありそうな黒髪を揺らして、教室にいた女子生徒が廊下の生徒に呼び掛けた。
前髪は眉のところで切りそろえられたその女子生徒は、少し演技掛かった仕草はするものの、整った顔立ちをしていた。
大きな瞳は純黒な輝きをを放ち、鼻はスーッと通っており、薄めの唇の整った口元からきれいに揃った純白の歯並びがのぞいている。
胸元の膨らみはそれほどではなさそうだが、細く長い手に汚れがなそうなしなやかな指が教室のドアに添えられている。
膝上のスカートから伸びている細い脚がこの少女の華奢な雰囲気を印象付けている。
あやねるとは違うタイプの美少女というところか。
柊先輩と比べると見劣りは仕方がないが…。
(光人、柊夏帆を間近で見ているからとはいえ、失礼なやっちゃな、お前)
(え、正直な感想を持ったまでですが…。では聞きますが、影人さんはいかがお考えですか?)
(柊夏帆に比べたら、そりゃ、劣化版、もしくは量産型?)
(お前の方がひどいだろ!)
「教室入ろ!」
村さんが廊下を見渡しながら、そういうと、皆、教室に入り始めた。
俺も、まだ顔の赤いあやねるを促し、教室に入り自分の席に向かった。
あやねるが席に着くときに塩入が凝りもせず「おはよ!」と声を掛けていた。
彼女はそれに心持首を傾けるような軽い挨拶を返す。
「白石、おはよう!朝から目立ってるな!」
俺も自分の席に行こうとしたところ、そう声を掛けられた。
声の方を見ると、背の高い後光の射すような爽やかな男子生徒がいた。
確か昨日の名簿で名前は佐藤景樹。
「おはよう、えっと、佐藤君。」
「お、覚えてくれてたかい。そう、佐藤景樹、よろしく。本当はもっと話したいけど、すぐ先生が来るだろうから、また後で!」
「お、おう、よろしく!。」
今のは何だったんだ?
よく解らないまま、自分の席に着いた。
「おはよう、クズ男!今日も朝からモテモテじゃん!」
後ろから肩をたたかれた。
「ああ、おはよう。昨日はありがとう。倒れたときに助けてくれたんだろう。」
後ろに振り返り、須藤文行に声を掛けた。
ニヤニヤ笑ってた顔が、俺の感謝の声に急に照れ始めた。
「あ、いや、別に、当たり前だろ?」
「昨日は保健室から直で帰宅だったから、お礼言えなかったからさ。」
「なんともないのか?」
「ああ、お陰様で。単なる疲労だって。というよりも、何だよクズ男って!」
そう言って、軽く頭をはたいてやった。
「いてっ!だって、朝、北習橋駅のところで、宍倉さん泣かせてたろ。」
「見てたのか?」
「バッチリ、この目で。」
須藤は自分の指を瞳に向けて答えた。
「最初、バスで並んでたらかわいい子が二人列について、どこかで見た子だなっと思ったら、宍倉さんだった。そしたら、なんか隣の子が慰めるような感じで。そしたらモテ男が女子二人引き連れてきて、それに気づいた宍倉さんの連れの女の子が、そのモテ男に向かっていったから、「お、修羅場か」と思ったら、白石だった。」
「お前か、噂の発信源は!」
「まあ、俺だけじゃないけどな。ほら、俺ボッチだから、言える人間限られてるし。」
微妙な自虐を入れながらも、やけにニヤニヤしてやがる。
「誰に言ったんだ?」
「一緒のバスだった来栖さんて女子。ありがとうな、白石。お前のお陰で、二人っきりで女子と喋ったよ。主にお前の悪口で。女の子と二人きりで話したのなんか2年ぶりだぜ。」
須藤は爽やかな笑みを浮かべ、俺にサムズアップしてきやがった。
「来栖さん?誰?」
「宍倉さんの横の眼鏡かけた女の子。」
そちらに目を向けると、少し薄めの黒髪をポニーテールにしてる女子の背中が見えた。
斜め後ろからなので顔は見えない。ただ銀のメガネフレームは確かに見えた。
「で、そんな話をしてたら、さっき教室の前から廊下に声掛けてた子が、急に話に入ってきた。綺麗な顔がいきなり視界に入ってきたんで、心臓が口から飛び出すほど驚いた。すんげえー、面白そうにしてたよ。その二人だけだけど、多分後から来た子、山村咲空って名前だったかな。その後なんか喜んで他の人に吹聴してたな。」
自分で騒がしておいて、教室に入れって、マッチポンプもいいとこだな。
(あれだけ綺麗な子だからな。自尊心も自己承認欲求も強そうだ。光人、あの手の子は気をつけろよ。二戸詩瑠玖とはまた別に、危険な香りがしている)
(言われなくても、女子には気を付けるよ)
前にいた生徒が急に自分の席に着いた。
ドアが開いた。
「ほら、席付け、出席取るぞ!」
我が担任、岡崎先生登場。
読んでいただいてありがとうございます。
もう少し先の話で、部活紹介時の演劇部の紹介での劇の描写がある予定です。その劇のもとになる短編を投稿してみました。
よろしかたっら読んで、感想をいただければ、嬉しいです。
よろしくお願いします。
屋上の二人 https://ncode.syosetu.com/n4505hr/