第70話 女を泣かせるクズ野郎
俺、村さん、あやねる、伊乃莉は中学の昇降口と、ちょうど対面するような配置になっている高校棟の昇降口に向かう。
高校3年生は2年のクラスがそのまま持ち上がるのでクラス替えは行われない。
いま高校棟に張り出されているクラス発表は2年生のためのものだ。
とはいえ特進クラスと一般進学クラスの変更も同時に行われるため、ボーダーラインの生徒は戦々恐々ではあろう。理系文系の組み分けもこの時行われると説明されている。
この掲示板の前が結構混んでいるので、あやねると伊乃莉が先に進み、俺と村さんは後ろと分断される形になった。
「あのさ、コウくん。あの宍倉さんの態度って、かなりコウくんに好意丸出しだよね。」
村さんが、お前はあの子に何かしたのか、というようなかなりきつめの目力を込めて問いかけてきた。
が、正直心当たりはない。
そして伊乃莉の言葉を信じるとすれば「ある事件」をきっかけに、男性不信が強いとも聞いている。
とてもそんな感じには見えないんだが。
あんなことをナチュラルにやられると、恋愛経験値マイナスの俺は即座に息絶える自信がある。
「親父の事故の事、中学でのいじめなんかを彼女に話したことで、同情みたいなものを持たれているのかな、とは思ってる。」
「ああ、そこら辺の事話したんだ。会ってすぐにその話、聞く方はかなり、つらいんじゃないかな、って思うけど。」
「まあ、ね。ふつうはドン引きされてもおかしくはないよな。」
「やっぱり、宍倉さん、コウくんのこと…、好き、何じゃないかな。」
「う~ん。好意は感じるし、あやねるは見た目だけじゃなくて性格も可愛いとは思うけど…。とりあえず、今は恋愛はいいかなって。ほら、二戸の件、俺、まだかなり引きずってる、みたい。」
「わかんなくはないけど…。二戸詩瑠玖の件は、ちょっと酷かったからね。振っといて、でも友達って、ね。でも、それで人を好きになるのをやめるのは、なんか、違うと思うよ。」
親父はチャチャを入れずに、村さんの話を聞いているようだ。
たぶん、思うところがあるのだろう。
「まあ、変に意固地にならないで、自分の気持ちに向き合うべきだよ、コウくんは。」
「ああ、ありがとう、村さん。」
(村さんの言うとおりだな。だがいろいろ考えることは悪いことではない。自分の気持ちに正直になることは大事だ。自分が今考えていること、考えるべきこと。しっかりと自分をもつことだ、わが息子よ)
下駄箱であやねると伊乃莉の二人が俺たちを見ていた。
あやねるは少し不安そうにしている。
俺は早足で二人に向かった。
「二人ともどうした?」
伊乃莉の雰囲気も少しおかしい。
「うーん、ちょっと変なうわさが聞こえてきてね。あやねるが戸惑っているところに、噂の本人が女の子と親しそうに歩いてきて、ちょっと不愉快って感じ。」
「ちょっといのすけ、今の前半は正しいけど、後半とこは、いのすけの完全創作だよ!」
それって、どこまでが前半で、どこから後半?
「ふーん、まあ、そういうことにしておきましょうかね。」
よくわからないな。
(うん、まあ、さっきの駅前の騒動だろうな、きっと)
(えっ、駅前のことって)
(朝から可愛い女の子を泣かせていた新入生のクズ男がいた、ってなとこ。ちなみにそのクズ男の名前は白石光人くん!)
「今朝、北習橋駅で、女の子を泣かせてる男子がいたってウワサ!」
まじ、ですか?
いや、まあ、昨日の流れからで、その噂は事実と言って差し支えないんですが、悪いのは、俺、ですか?
「さて、泣かされたとされる女子としては、これからどうしますか?」
伊乃莉が意地の悪い顔であやねると俺を見比べている。
この女、本当に楽しそうだな!
「待って、それじゃ、光人君が完全に悪者になっちゃってるよ。」
あやねるが気まずそうにそう言った。
もっとも、あのシーンだけ見た人は、皆その噂が事実だと思うだろうな。
入学式で倒れた男子生徒が、翌朝、女子生徒を泣かしてる。
あれ、俺、凄い有名人になってませんか?
(白石光人の名声が、一夜のうちに世間に拡散している!私の息子も有名になったものだ、悪い意味で)
まずい、俺の高校生活がどんどんブラックになっていくような気がする。
俺、あやねる、伊乃莉の3人が下駄箱の前で途方に暮れていると、村さんが声を掛けてきた。
「そういえば、コウくんが宍倉さんを泣かせてるとこは見たけど、二人に何があったの。宍倉さんはコウくんが心配で家にまで来てくれたんでしょ。」
その言葉に俺たち3人が顔を見合わせた。
伊乃莉が軽くため息をつく。
俺が口を開こうとしたところを、あやねるが俺に軽く手をあげて制した。
「光人君、私が説明する。」
「いや、俺が説明した方が…。」
「ううん。このことは、絶対私が悪い。光人君は全然悪くないもの。私が説明する義務があると思う。」
早めに家を出てきたが、かなり生徒が多くなってきて、下駄箱前が込み始めている。
あやねるは伊乃莉に軽く頷くと、
「歩きながら話そう。1年は4階だから時間かかかるし。」
そう言って、あやねるが先に階段に向かった。
俺たち3人もその後に従う。
村さんが少し早めに歩き、あやねるの横の位置に。
「昨日、光人君とLIGNEでやり取りしたの。ちょっと遅くなっちゃったんだけど。」
村さんとのLIGNEはそのかなり前に終わってる。
その間に、静海と親父の話をした結果、かなり遅くなってしまったわけだが。
「私、昨日柊先輩から直接生徒会に誘われたの。先輩にどういう考えがあるか分からないんだけど、私、中学時代に嫌なことがあって人との距離を結構取ってたの。いわゆるコミュ障ってやつだと思うんだけど。西村さんは昨日見てただけでも友達いっぱいで、そう言うのわからないかも、だけど。」
「うーん。確かに私は結構人が好きだから、そうなんだけど。嫌いな人はいるし、コウくんを傷つけてきた人たちを、近くで見てたから、距離を取りたいって気持ちは理解してると思う。」
「で、あの先輩に誘われたことが、私ははっきり言って嬉しかった。もしかしたら誘いに乗って、あの人の近くで同じ仕事ができるようなら、この内向的な性格も少しは良くなるかもしれないとも思って、ね。」
二人はゆっくり階段を上がりながら、昨日のやり取りを思い出していた。
そう、あやねるの気持ちは十分わかる。自分もつい最近まではその立場にいた。
親父の事故以降、何故か人とのコミュニケーションをとることをそれほど嫌わなくなってきていた。
不思議なことだが、これは別人格に影響を受けていると、俺なりに考えている。
「でも、一人で柊先輩に会いに行く勇気がなくて、それで、白石君にお願いしたの。昨日、「一緒に行ってほしい」って。」
話が話だからだろう。「白石君」呼びになってる。
「気持ちはわかるよ。あんな人に、一人で会いに行くって、ちょっと勇気いるよね。」
「でも、白石君はちょっと、柊先輩には会いたくないようなニュアンスだったの。白石君と柊先輩があって話をした時の先輩の強引な言いようが、白石君のお父さんを軽く見るような感じで。」
「柊先輩の従弟の子をコウくんのお父さんが助けたって話だよね。」
「そう。だから柊先輩にとって白石君は恩人の息子、いうなれば「特別な人」だと私は思ってる。だから白石君に頼む時に、私が悪いんだけど、白石君がそばにいたら、あの先輩も私に対して悪いようにはしないんじゃないかって。」
「それをコウくんに伝えたってこと?」
「うん。」
「そ、それは…。」
村さんが何か言おうとして、うまく言葉にできない感じが伝わってくる。
字面でなくあやねるの生の声であれば、きっとあんなに冷たい態度は取らなかったかもしれないんだなあ、と、胸の中でつぶやいた。
(だから、人に思いを伝えるのに文章がいかに難しいかってとこだよな。特に今みたいな直筆を使わなくなると。同じ言葉を言っても、本人が目の前にいれば、その表情、仕草で別の意味になるなんてのはよくある話だ)
頭の中でまるでナレーションのように解説がぶち込まれてくる。
「メッセでそれをやっちゃうと、どうだろう?あんまりよくは思われないよね。」
4階にたどり着く。教室まではもうすぐそこだ。
「送信しちゃった後に、白石君の文面が急速に冷たくなって、それで初めて、ひどいことしちゃったって。」
あやねるが少し沈んだ声色になってきた。
涙ぐんでる?
やばい!
「それからいっぱいメッセージ送ったんだけど、既読すらつかなくて、伊乃莉に連絡して。」
「はい、そこでストップ、あやねる。もう、教室着くから。しっかり涙をぬぐってね。」
伊乃莉が、また泣きだしそうになったあやねるを止めてくれた。
そこには、廊下にいる俺たちに視線を向けてくる生徒たちがいた。
読んでいただいてありがとうございます。
もう少し先の話で、部活紹介時の演劇部の紹介での劇の描写がある予定です。その劇のもとになる短編を投稿してみました。
よろしかたっら読んで、感想をいただければ、嬉しいです。
よろしくお願いします。
屋上の二人 https://ncode.syosetu.com/n4505hr/




