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第7話 入学式

 新中学1年生、新高校1年生の入学式は第1体育館で行われる。


 すでに保護者は席についていた。


 まだ幼い顔つきの中学1年生が拍手に合わせて入場していった。


 続いて自分たち新高校生が入場。パイプ椅子の前に整然と並び、座っていく。


 ひとつ前は1-F。外部受験組のクラスだ。


 1年では内部進学と外部受験で別クラスだが、2年次には文系・理系コースに分かれる都合上、混合になる。


 逆に言えば、外部受験組は1年修了時に内部進学組に勉強内容を追いつかせなければならいということだ。中々にハードだ。


 なんてことを考えていたら、前に座っていた女生徒が急に振り向き、こちらに顔を向けた。


「おー、あやねる、おひさ」


 声量は控えめだが、鈴の音のような高めの声で、宍倉さんに話しかけてきた。


「ちょ、いのすけ、入学式始まるんだから、振り向いちゃだめだよ」


「いのすけは、や・め・て」


 肩くらいまで伸ばした髪のまだあどけなさが残る、いのすけと呼ばれたその少女は、宍倉さんの呼びかけに大いに不満そうな口ぶりだった。


「先生に注意される前に前を向きなよ」


「わかったよー、またあとでね」


「はいはい」


 少女は不服そうな表情を浮かべ、それでも入学早々目を付けられるのは嫌なのか、前に向き直った。


 やれやれというように宍倉さんはため息をついた。


「え、だれ?宍倉さんの友達?」


 自分とは反対側から凝りもせず塩入が聞いてくる。

 ある意味根性があるな、こいつ。


 入学式前の緊張感が立ち込める中、宍倉さんの周りは騒がしい。


 たぶん、本人が一番嫌なんだろうな。


 宍倉さんは塩入の方を見ずに、少しだけ顔をこちらに向けてくる。


「うるさくてごめんね、彼女、中学からの友達。鈴木伊乃莉っていうんだ」


 囁くように俺に言ってきた。


 うわー、かわいい!


 片目をつぶりウインクみたいにしながら俺に謝るその表情は、俺の心をグワングワン揺さぶってきた。


 恋愛経験マイナス値で、それがこじれて女性不信の俺のガラスのハートは完全粉砕されそう!


「えー、宍倉さん、それひどくない」


 ウザ絡み塩入君が大きめな声で、不満をぶつけてきた。

 おい、声大きいよ。


「静かに!」


 全員着席したタイミングで教師から注意がかかる。

 塩入が素知らぬ顔で前を向いた。


 ちなみに、俺が宍倉さんみたいなかわいい子にこんな塩対応されたらシヌ、精神的に。


「日照大学付属中学高校入学式をはじめます。全員起立」


 司会の教師の声で始まった入学式はまず校長の挨拶からだ。


 まあ、確かに担任の岡崎先生の言う通り、聞かなくともいい話だ。

 特にここ最近起きた日照大学の一連の不祥事について一切触れないあたり、全く聞かなくていいと言っているものだ。

 誠意のかけらもない。

 たぶん教師たちは内容について聞かされていたのかもしれない。「この件に触れないように」とかなんとか。岡崎先生の皮肉はここからきているのだろうか。


 校長の話が終わり、合唱部の校歌斉唱にもらってあったプリントを見ながら口を合わせた。


 続いて、新入生の代表による宣誓だ。確か内部進学者で主席の生徒だ。


「新入生宣誓。新入生代表笹木莉奈」


「はい」


 元気な声とともに女子生徒が立ち上がり、中学生と高校生の列の間においてあるマイクの前に進む。


 黒髪を三つ編みにした女子生徒は、胸を張り、壇上にいる校長に真摯な瞳を向けている。

 見るからに優等生を絵にかいたような佇まいだが、小さめの眼鏡はフレームレスで、眉はきれいに細く整えられている。

 かなりおしゃれを意識した顔立ちだ。


 もしかしたら明日にはこの少女の姿は高校からないかもしれないな。


 あの少女は今は首席として、新入生代表として優等生を演じている。

 でも、明日には全くの別人の顔になっているのではないだろうか。


 ちょっとそんな愉快なことを考えていた。


 マイクの前に紙を広げ、無難な内容を緊張感など一切見せず、堂々と読み上げていた。

 その声は少し高く、聞きやすいものだった。


 宣誓終了後、軽く一礼するときに不敵な笑いをしたような気がした。


 なかなか、面白い人たちがいる。


 来賓の挨拶になった。学校理事、大学教授、そして最後にこの学校の顧問でこの学校の卒業生、宇宙開発事業団の若尾茂という50歳くらいの人が話し始めた。


 内容はある意味一般的なものだろう。学ぶことの楽しさ、新しいことへの挑戦、人の役に立つ喜びと、苦境に立ち向かう勇気。その一連のスピーチで「事故などで家族を失った人の悲しみに寄り添える」という一文が引っ掛かった。他にも似たような境遇の新入生がいるかもしれないが、その一言は俺の深いところに落ちていった。


 当然、学校側には連絡はしてあるし、一人親世帯に対する優遇措置の申請はした。


 一般的な内容ではあるから、気にすることはない、と自分に言い聞かせたが、もやもやする感覚は残ったままだ。


 来賓の挨拶が終わると、入学式は終了となり、来賓者たちは退場していった。


「引き続き、新中学生退場後、新高校生はこのまま残ってください。高校生徒会の挨拶があります」


 司会の教師の案内に従い、中学生が退場していく。


 ウケを取れる自己紹介って、どうすりゃいいんだ。


 全く思いつかない。他のクラスメートが何を話すか聞いてからだな。1番目にならなければどうとでもなるよな。


「では保護者の方々も退場をお願いします」


 後部座席にいた保護者達がバラバラっと出ていった。


 中学生の教職員と思われる先生たちも退場。

 そこで、舞台裏から上級生と思われる生徒が出てきてマイクの前に立った。


「本日は日照大学付属高校入学おめでとうございます。これから生徒会はじめ委員会からの挨拶と、活動内容を説明していきます。司会進行を務めます生徒会広報担当2年G組の辺見章介(ヘンミショウスケ)と申します。疲れていると思いますが、もう少し付き合ってください」


 非常に聞きやすい声が体育館に響いた。

 少し背の高めな細い体付きの男子生徒の声は、滑舌よく耳心地のいいものだ。


 かなりリラックスした態でしゃべるその姿は、場慣れ感が半端ない。

 短めの髪の毛が清潔感を溢れさせ、小さめの眼鏡の奥に優しげな瞳が輝いている。


 優男イケメンが、先ほどの教師より余程司会進行技術がたけているように思われた。


「まずは本校の生徒会会長斎藤総司(サイトウソウジ)より挨拶をさせていただきます。」


 ステージの袖から優男イケメンより体付きのしっかりした男子生徒が現れ、中央の演壇のマイクの前に立った。


 ゆっくりと息を吐きながら、周りを見渡す。


「入学おめでとう!本校生徒会の会長をしている3年A組、斎藤総司だ。この顔はなかなか特徴があるので覚えやすいだろう」


 野太い声で言い放った。確かに顔つきはかなりワイルドな感じだ。頬骨が出て眉はしっかりと太い。眼力はかなりの強さで光を発している。演壇についた両腕はエネルギーの塊みたいだ。


 いわゆるリーダー感が超絶である。


「この高校に入学した君たちは、いろいろな理由を持ってきたことと思う。この高校が第一志望できた者はきっと、期待に胸を震わせていることと思う。だが、不本意に本校に来た者は、もしかしたら敗北感に打ちのめされ、将来に幻滅しているかもしれない。特に今、この高校の本丸である日照大学には不祥事が続いてる」


 うわー、この人それ言っちゃうんだー。高校の関係者、入学式で触れないようにしてたのに。


「今、日照大学は旧経営陣の辞任で、新しい風が吹いている。だが、学生たちには無力感が広がっている。」


 これ、言っても大丈夫?


 少し内容に不安をもって周りを見回してしまった。


 須藤は面白そうに演壇を見つめている。


 宍倉さんは心細そうにしてこちらに視線を向けてきた。


 目が合ってしまい慌てて視線をそらした。ドキドキした。


「たぶん、君たちはまだ見ていないと思うが、生徒手帳にはこの高校の意思決定機関についての組織図が示されている。委員会や部活の上に我々生徒会がある。だがその上に職員会議がある。これは我々がいくら頑張っても先生たちの思惑を覆せないように思われる。」


 生徒の自主性を重んじると美辞麗句を並べても、実際は大人たちの都合が悪ければすぐにつぶされる。社会の縮図ということだ。


「だが、1学年400人、3学年合計で1200人に上る。この数は無視できるものではない。事実、歴代の先輩方は生徒会、生徒総会を最大限に活用し、文化祭、修学旅行などをより生徒たちの望む形に改編してきている。この新しい校舎を設計するときも、学校側は積極的に我々の意見に耳を傾けてくれた。」


 意志の強い声音と手振りと表情を巧みに使い、生徒会の存在を強調している。


 見事なアジテーションだ。


「確かに一人一人の力は小さいかもしれない。だがあえて言おう。皆が心を一つにした時、奇跡は起こると。」


 大げさな言いようだ。


 だが、会場にいる、まだ子供としか言えない我々高校1年生をあおるには十分な演説だ。


「我々生徒会をはじめ、2年・3年の先輩たちはどのような君達でも歓迎しよう。そして悔いのない青春をこの日照大千歳高校では送ろうではないか」


 締めくくると、大きな拍手が巻き起こった。

 立派な演説だ。

 生徒会長のカリスマ性を見せつけるには十分だろう。


 内部進学者だけでなく俺達のいる外部受験組も熱にうなされたように拍手している。

 それに合わせて俺も拍手を送りながら、宍倉さんも、須藤も手を合わせていた。


 齋藤生徒会長は右手を挙げ、その拍手に答えながら後方に配置された椅子に座った。


「斎藤会長の挨拶並びに、新入生への激励の言葉でした。続いて副会長大月理仁(オオツキリヒト)より、生徒会・文化祭実行委員・新聞委員会・放送委員会の活動を説明します」


 右手から他の生徒たちが次々と現れた。俺達から見て演壇左側に齋藤会長を含め6人が着席した。齋藤会長の隣は空いている。


 さらに右側の椅子に6人の生徒が着席した。


 最後に男子としては小さめの生徒が現れ、演壇の前に立った。


「ただいま紹介された生徒会副会長の大月理仁(オオツキリヒト)です。生徒会、各委員会の説明をさせて頂きます」


 会長に比べると少し頼りなさそうな副会長が淡々としゃべりだしたが、俺はそちらに集中できなかった。


 それは、齋藤生徒会長の横の空いた席のさらに隣に腰かけた女生徒に目が釘付けになったためだ。


 遠目にも美しい少女だということがわかる。


 宍倉さんとはまるで違う。

 可愛いいというより、ただ、美しい。


 ダークブラウンの長い髪。透き通った肌。

 ここからは流石に見えないが、たぶん、その瞳は髪の毛と同じダークブラウン…。


 俺の頭の中を様々な映像が駆け巡っている。


 まさか、そんな。


 その考えは、ありえないと思う冷静な判断と、間違いなくあの少女だと早鐘を打つ心臓。

 背中を不快な汗が伝う。


 自分の体が細かく、震えている。


「白石君、大丈夫?」


 俺の異常に気付いたのであろう、宍倉さんの声が耳に届いた。


 宍倉さんに顔を向けた。


「顔、真っ青だよ」


「いや、なんでもない」


 それだけ言うのが精一杯だった。


 副会長の説明が終わったようだ。

 頭を下げ、演台から退き、齋藤会長の横の空いていた席に着席した。


 説明の声は俺の耳に全く入らなかった。


「大月副会長、丁寧な説明ありがとうございました。それではほかの生徒会役員の紹介をいたします」


 すでに斎藤会長、大槻副会長の自己紹介が終わっているため、次にあの少女が演壇に進み出た。


 ダークブラウンの綺麗に流れる長い髪、透き通るように白い肌、そして髪の毛と同じダークブラウンの、その瞳。女子として理想的な細身のスタイル、華奢な長めの細い腕。


「書記を務めております、3年A組の柊夏帆(ヒイラギナツホ)です」


 その声が、聞こえるはずのない悲鳴とリンクする。


 少しきつく見える猫のような眼、薄く細い眉、小ぶりな鼻と薄い唇と真っ白な歯。


 全てが曖昧だったはずの記憶を収束させる。


 いつも見ていた恐ろしい夢。

 そして、今日に至ってはその鮮やかに思い出される実感を伴った悪夢。

 実際にあったかのような衝撃と全身を貫く痛みの時に見た青ざめた顔…。


 夢のはずの、その映像に生々しく飛び込んできたダークブラウンの髪。


 今、壇上に立つ生徒会書記の少女の顔と悪夢の記憶の完全な一致。


 なぜ、ここに…。

 なぜ、実際に見たはずのない少女が夢に…。

 なぜ、何故、なぜ…。


 様々な光景が一気に自分の中にあふれだすのを感じるとともに…。




 俺の意識が途切れた。


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