第69話 名前の呼び方
ちょうど、バスが来た。
バス待ちの列に並んでる以上、その流れに従う。
周りの注意がバスに向き、やっと少し緊張が解ける。
と同時に、村さんが「誰?」と鈴木さんに小さく右手人差し指を向ける。
並んでいた生徒たちが停車したバスに乗り込んでいく。
俺たちもその流れでバスに乗る。
満員とまではいかないが、かなりの人数が乗り込んだ。
「ごめん紹介が遅れた。俺と宍倉さんのクラスメイトで、俺の幼馴染の西村智子さんと、宍倉さんの親友でF組の鈴木伊乃莉さんと弟さんの、悠馬君、でよかったよな。」
「そうなんだけど…。うんやっぱり、兄弟いるとややこしいから、私は、光人と静海ちゃんって呼ぶよ。そっちも、伊乃莉と悠馬でいいよ。」
鈴木伊乃莉さんがそんな風に名前の呼び方を提案してきた。
ちょっと待って、陰キャの俺にそれはハードルが高すぎる!
「そうだね、確かに私、悠馬って呼んでるし。じゃあ、伊乃莉先輩ってことで!」
「おう、それでいいよ。」
「いのすけ、それは。」
宍倉さんが少し驚いたように鈴木さんに抗議してる。
まあ、確かにこの状況が続くようならそうするのがいいように思うけど…。
「よし、じゃあ、悠馬君と、いのすけってことでいいんだよな。」
「いのすけはやめろ、てめえ!言っていいのはあやねるだけ!」
本気で怒ってるのか、目を見開いて威嚇してきた。
いのすけ、可愛くていいよね。
「わかった、こちらも伊乃莉って呼ぶよ。それでいいんだろう。」
と、言ったら、俺のブレザーを引っ張られるような気がして、そちらに目を向けた。
てっきり、また静海が引っ張ってるかと思ったんだが。
そこには少し上目遣いでこちらを見ている宍倉さんがいた。
まだ少し瞼が晴れてるようだが、涙は止まったようだ。
頬が少し赤みを帯びている。
「わ、私も、下の名前で呼んでほしい、かな。」
(おお、ほとんど気分はもう恋人!)
(えっ、えっ、えっ。何言ってんの親父、何が起こってるの?)
「いのすけをそう呼ぶなら、私も呼んでほしいな。」
いやあ、そりゃ、伊乃莉って呼んだけどさ。
でもそれは便宜上で。
「わたしも、光人君って呼ぶから。ほら、昨日最初に会った時も「光人君」って呼んでるし。」
うわあ~、ちょっと、破壊力が、俺の思考能力が壊されていくー。
「ダメ・かな?」
「だ、だ、ダメじゃないです。はい、じゃ、じゃ、あやね…る、で。」
「うん、それで!最初に会った時もそう呼んでくれたよね、光人君!」
あ、そういえば。昨日、宍倉さん見たときについ、あやねる、って言っちまったな。
あれって聞こえてたのか。
(私は昨日からずっとあやねると呼んどるよ、わが息子よ)
(でも、そんなに親しい間柄ではないのに、女の子の下の名前を呼ぶなんてなぁ)
「ねえ、コウくん。私も智子って呼んでほしいな。」
あれ、狭い車内で、俺の後方下からそんな声が聞こえてきた。
「いや、村さんは村さんでしょう。こんなにいい響きは他にはない。」
「何言ってんの?昨日初めて会った女の子に、伊乃莉とかあやねるって呼んでて、幼馴染のことは「村さん」でいいわけ?」
「だって、かっこいいじゃん。テレビドラマかなんかでさ、「村さん、ちょっと一杯どう?」みたいな会話。」
「それどう考えても、社会人10年以上のおじさんたちの会話でしょう。私、女子高生!JK!もう、デリカシーないな。」
少し怒り気味の村さん。
その横から、妹の静海がまた俺の手をっとってくる。
「私はずーっと静海って呼ばれてるけど。」
「妹じゃん。あたりまえでしょう!」
村さんの突っ込み、いいねえ。
その時バスがガクンと揺れた。
「きゃっ。」
小さい悲鳴を上げてししく…、いや、あやねるがバランスを崩した。
俺は慌ててあやねるの手首をつかんで、倒れるのを防ぐ。
あやねるはそのまま俺に抱き着くような格好になった。
やばい!
あやねるの髪が俺の顔のあたりを撫で、シャンプーかリンスの匂いだろうか、爽やかな柑橘系の匂いが俺の嗅覚を刺激した。
さらに、彼女の二つの立派な膨らみが、俺の胸から脇にかけて押し付けられてきた。
あー、女の子って柔らかくて、いいなあ…。
と、思った瞬間、顔から火が出るくらいに熱くなった。
それでなくても、あやねるなどと呼んでしまって照れくさいのに、この攻撃は俺の理性という盾を跡形もなく壊してしまいそうだ。
(あやねるに抱き着かれた感想はいいから、しっかり支えて、助けてやれ)
親父がもっともな言葉を吐いた。
俺は二つのふくらみの重さに戸惑いながらなんとか支えた。
「ごめん、だいじょうぶ?」
「あ、ありがとう、光人君。」
真っ赤な顔をして、俯きながらあやねるは小さな声で言った。
「お兄ちゃん、宍倉さんにくっつきすぎ!」
「あ、ごめん、宍倉さん!」
その言葉に、少しきつい目が返ってきた。
「いえ、あやね…る。」
「うん、大丈夫だよ。ちゃんと、ね、呼び方。」
「いや。慣れなくて。がんばるよ。」
俺の手につかまりながら、しかりと態勢を立て直して、あやねるが俺に微笑んだ。
瞼の腫れぼったさはかなり薄れてきたようだ。
「まあ、男性恐怖症が克服されつつあることは嬉しいけど、朝っぱらの通学中にあまりイチャイチャしないようにね、あやねる。」
伊乃莉が赤い顔をしたあやねるをしっかりと揶揄ってきた。
「いのすけはうるさい。」
「お兄ちゃん駄目だよ、女の子にそんなことしてると痴漢で捕まっちゃうんだから。」
その言葉にあやねるが少し緊張したように体が硬くした気がする。
「静海ちゃん、光人君は、私を助けてくれたんだから痴漢呼ばわりはだめだよ!」
何かあやねるの地雷を踏んだような感じ。
「うん、気を付けるよ、静海。あやねるもごめんな。もう少しうまく庇えたら良かったんだけど。」
そんな会話の最中に、村さんの視線が痛い。
当の村さんはというと、背が低いため、ずっと俺のブレザーの端を掴んで、バランスとってるんだけど。
何個かのバス停を通過し、日照大千歳高校前に着いた。
乗っている大半の乗客はここで降りることになる。
俺たちも流れに乗ってバスを降り、校門まで歩く。
ここで中学生の静海と鈴木悠馬は中学棟に行くため、別々になる。
昇降口近辺には中学2年・3年、高校2年の新クラスの掲示が貼ってあった。
「じゃあ、お兄ちゃん、ここでお別れね。」
「ああ。あとで連絡する。高校の生徒会室に連れてくから。ちょっと待つかも、だけど。しし…あやねるもそれでいいね?」
あやねるがコクリと首を縦に振って、同意を示した。何気に可愛い。
「OK。じゃ、悠馬、クラス発表見に行こう。」
「ああ!一緒のクラスでありますように!」
静海は悠馬と一緒に掲示板に向かっていった。
(男となんか一緒に行くな!)
仲良く歩いていく二人に親父が俺の頭の中で叫んでいた。
読んでいただいてありがとうございます。
もう少し先の話で、部活紹介時の演劇部の紹介での劇の描写がある予定です。その劇のもとになる短編を投稿してみました。
よろしかたっら読んで、感想をいただければ、嬉しいです。
よろしくお願いします。
屋上の二人 https://ncode.syosetu.com/n4505hr/