第67話 柊先輩
「結構混んでんだな。」
二人に追いつき、改札を超え、ホームに着くと東京方面の各駅停車がちょうど滑り込んできた。
待っていた乗車客と一緒に、俺、静海、村さんと車両に入る。
満員電車ということはないがそこそこ混んでいる。
伊薙駅から日照大千歳高校へは、途中、幕場本庄で乗り換え、私鉄の京空電鉄で最寄りの北習橋駅まで。
そこでバスに乗り換え、日照大千歳高校前のバス停で降りると目の前に高校と中学がある。
「ねえ、コウくん。さっき途中になっちゃったけど、柊先輩と事故の話って、何処で繋がるの?コウくんが先輩の崇拝に熱くなって、聞くの忘れてた。」
「別に柊先輩をすうはいなんかしてねえよ。」
というより、できれば近寄りたくないくらいだ。
「そうだな、村さんには言っておかないとな。」
柊先輩と事故と村さんが言った時、静海の身体がはっきりと緊張したのがわかった。
静海は俺の左手に腕を絡めるように抱きしめてきた。
村さんも静海のそんな態度に気付いたようだ。
だが、静海の表情が硬くなってることにも気づいたようで、村さんも手に力を入れるようにギュッと固くこぶしを作ってる。
父・影人の事故の話は、幼馴染にとっても軽いものではないことを痛感した。
(光人もよく人の挙動を見るようになってきてるな。いいことだぞ。コミュ障気味の息子が成長してるのが嬉しい!)
(本当に勘弁してくれ!)
「柊先輩はな、村さん。親父が助けた浅見蓮君の従弟にあたるらしい。だから、白石影人の近親者じゃないかって、保健室に来たんだよ。」
俺の左腕を抱えていた静海の腕が強く抱きしめてきたのがわかる。
と同時に、最近成長著しい双丘の柔らかい感触も俺の左の二の腕に押し付けられてきた。
これはまずい。
こんな女性を感じるような接触を、これまで生きてきて経験のない俺の思考理性部分が、ヒートアップしてくる。
(これだから経験のない童貞、甲斐性なしは、ぐふふふふううう)
(エロ親父、実の娘の体に欲情すんじゃねえ!)
(実の妹を性の対象としてみんじゃねえ、エロ童貞息子!)
俺の脳内はいろんな意味でパニック中!
「おじさんが助けた子供の従姉?柊先輩が…。」
少し硬い口調で村さんがつぶやく。
その言葉は、俺とエロ親父で熱にうなされていたような俺の脳の温度が急速に冷やされ、少し平静さを取り戻しつつあった。
相変わらず、固く俺の左腕にしがみつくような態勢の静海が、少し震えている。
だが、昨日のようなパニック状態になるわけではなさそうで、少し安心した。
「大丈夫だよ。」
俺はそう囁くように言い、空いている右手を静海の頭にそっとおき、軽く撫でる。
その行為に硬くしていた静海の体から力が抜けてきた。
村さんは少し驚いたように目を丸くしている。
それはそうだな。ほんのつい2か月ほど前には、俺と静海は1m以内に接近することはなかった。
親父が死んだからと言って、肉体的接触、特に静海の頭の髪の毛を俺が撫でるなんて、村さんには信じられないだろう。
しかもそういう風に俺が頭を撫でることに対して、静海は嫌がるどころか、かすかに微笑みを浮かべてるともなれば。
「まだ、その子も、その子の両親も落ち着いてるとは言えないらしいけど、出来ればうちに線香をあげに来たいって言われてる。」
「ねえ、コウくん。昨日1日で何があったの?その関わりのでき方っていうか、可愛い子ばっかり知り合いになってるっていうか。静海ちゃんともそんな距離感じゃなかったよね。」
静海は腕は解いてくれたが、甘えるように首を俺に傾け、まだ頭を撫でるように要求している。
確かに距離感がおかしすぎる。というか、なんか幼児退行して親父に甘えているような…。
でも、悪い気がしない。
違う、嬉しい、あの静海が俺にこんなに甘えてくれるなんて。
「私もよく解んないんです。でも、お兄ちゃんに甘えてると、心が落ち着いてくようで。へんですね、やっぱり。」
幕場本庄駅に着いた。
俺たちはそのまま京空電鉄に乗り換える。
村さんは歩きながらも、渋い顔で俺を見てくる。
いやあ、そんなに見つめられたら照れるじゃん。
(そういう視線ではないな)
(そんなことは解ってるよ。視線がきついから現実逃避してんだろうが!)
電車が動き出すと、俺は不服そうな村さんに目を向けた。
「何か言いたそうだけど。どうした村さん。」
「まあ、もう、その呼び方に関してはあきらめるけど。コウくんの日常が壊れたってのも理解してるし、出来ることがあれば助けたいって本気で思ってるけど…」
「ああ、ありがとう。今のところは大丈夫だよ。なあ、静海。」
「うん。お兄ちゃんが頑張ってくれてるから、今は、もう、大丈夫だよ。西村さん。」
俺から少し離れて、村さんにその可愛らしい笑顔を向けた。
あれ、村さん少し顔が赤くなってる。
静海の笑顔、恐るべし!
(あのお、いろいろ家族のために頑張ったの、私なんですけど。)
(俺の体をさんざん酷使して、な!)
(う、すまん)
「そうだ、静海、お願いって話、何だったんだ。」
そう、そのために俺は妹と一緒に通学してるんだ。
静海が、「あっ」と、短く声を出すと、少し考えだした。
「あれ、もしかしたら、私はいないほうがいい?」
村さんが静海が言いづらそうにしているのを見て、気を使ってくれる。
静海はその声に、はっと顔をあげ、軽く首を横に振った。
「そういうことでなくて、大丈夫だよ、西村さん。ただ、昨日は決心ついてたんだけど、いざ、お兄ちゃんに話そうとしたら、ちょっと、揺らいじゃってる。」
「無理しなくてもいいぞ。たぶんだけど、柊先輩絡みだろ?」
「えっ、お兄ちゃん、なんで分かるの?」
俯いてもじもじしていた静海が急に顔をあげ、これ以上は開かないぞってくらい瞼を開いて、俺を見た。
村さんは「ああ」と頷いている。
「昨日の時からの流れと、さっきの村さんが柊先輩の話をした時の静海の挙動で、もしかしたらと。」
「うん、ちょっと迷ってたんだけど、あのね、うーん、その~、お兄ちゃんにね、えっとお、ひい、うん、柊先輩を、紹介して、もらえないかなあ、って。」
つっかえつっかえ、静海が、言葉を、紡いだ。
柊先輩と、俺、会わなきゃいけないのかな、やっぱり。
(もう、観念しろ、光人。あやねるからも、頼まれてんだろう。一石二鳥ってやつじゃないか。)
親父が煽ってくる。親父は親父でなんか隠してるっぽいしな。
宍倉さんに、昨日LIGNEで、生徒会室に付き合ってくれると嬉しい、なんて誘われているが、その理由がちょっとえげつないので、一旦保留している。
たぶん、深く考えずに理由を告げたんだろうけど。
親父の事故絡みのことをああ言われちゃうとなあ。
(私のことを気にしてくれて、父さんは嬉しいぞ!)
本当にどうにかしてくれ、この人!
とはいえ、正直、まだ柊先輩に正面切って会うことを恐れてもいる。
柊先輩を前に冷静に対応できる自信がない。
どうしても、事故現場にいたはずの美少女の件を口ばしってしまいそうだ。
「そうだよ、お兄ちゃん。柊先輩会わせてもらえないかな、と思って、」
言い切って、また静海は俯いてしまった。
「柊先輩に会うのって、大変なの?」
村さんが、俺が言い淀んでることを変に誤解して聞いてきた。
実際問題として、柊先輩は特進クラスの3-Aということで、授業時間が単純に多い。
また生徒会役員という立場だから生徒会絡みの活動もあるだろうし、また読モをアルバイトとして行っていることからも、単純に普通の高校生より時間が限られているとは思う。
だが、この新学期が始まった状況で、授業は今のところないし、生徒会の活動は生徒会室が殆どではないだろうか。
読モの撮影がいつあって、どこでやるかは知らないが、会おうという決心さえあれば、生徒会室に出向くのが単純に確率が高い。
そう、物事は単純。
要はそれにかかわる心情がすべて。
確かに一石二鳥ではあるんだよな。
「どうかな。私中学だから棟も違うし、大体高校に行くってだけでハードルが高いんだよ。それに1人で会ったら、また変なことしちゃいそう。」
まったくだ。
そして、そうなった時のブレーキとして俺は絶対にそばに居なければならない。
静海は先ほどまで迷っていたことを、しっかりと俺に伝えたことで、今は迷いのない瞳で俺を見つめている。
やめてくれえ~。
そんな熱っぽい瞳をして上目遣いで俺をみないでくれ~。
いけない一線を越えそうになっちまう。
(お前たちは実の兄妹なんだからな!常識で行動しろお!)
親父が慌てて警告を発してくる。
そう、静海は俺の妹。
この前までの距離は1m以上あったのに、今ではほぼ0の距離感。
そうだな、腹を決めるか。
柊先輩に会いに行こう。
どうなるか想像できないけど。
もう、出たとこ勝負って感じ。
もうすぐ北習橋駅に着く。降りる駅だ。
「静海、解った。今日、高校新入生の部活動紹介が終わった後、高校の生徒会室に行こう。こちらが終わり次第連絡入れるから、待っててくれ。」
「うん、お願い。」
ちょうど電車が止まり俺たち3人は電車を降り駅を出た。
読んでいただいてありがとうございます。
もう少し先の話で、部活紹介時の演劇部の紹介での劇の描写がある予定です。その劇のもとになる短編を投稿してみました。
よろしかたっら読んで、感想をいただければ、嬉しいです。
よろしくお願いします。
屋上の二人 https://ncode.syosetu.com/n4505hr/




