第6話 うざいイケメン
「俺、塩入海翔ってんだ、よろしく、宍倉さん」
いきなり宍倉さんに自己紹介を始める奴がいた。
名簿順に並べばこの順になるんだよな。
俺の前に宍倉さん、その前に今こちら側に振り返って宍倉さんにアピールするイケメン風の男子。
先ほど担任の岡崎先生の話に質問し、その前に俺に強烈に不快な視線を送った男。
塩入海翔。
当然俺にいい感情を持っているわけがなく、宍倉さんの後ろには一切目もくれていない。
たぶん、この陽キャアピールに困惑しているのだろう宍倉さんは、うんとか、いえとかしか言ってない。しかもかなり小声で。
塩入はそんなこと一切無視で、サッカーは好きかとか、中学でエースだったとか、親が航空会社だとか、興味のない人にはどうでもいいことを言っている。
「白石の親父さんは生協とかに勤めてんのかい」
後ろからこれまたどうでもいいことを言ってきたのは、どこからどう見てもオタク全開の須藤だ。
前にはよく言われた。「生協の白石さん」がネタ元だ。
「それ何年前の話だよ」
「それを知ってる君もかなりマニアだね」
「俺は白石なんだよ。その手の話は今まで腐るほどされてんの」
「それ、私も知ってる」
急にかわいい声が左側から飛んできた。思わず俺と須藤はその声の持ち主に目をやった。
宍倉さんだ。
塩入のうざ絡みに辟易した顔で、こちらに顔を向けていた。
「「生協の白石さん」、宍倉さん知ってるの?」
「お母さんが持っててね、ほかの本なんかと一緒に読んでた」
そういう話を笑顔でしゃべる宍倉さんの後ろから、塩入に睨まれた。
「さあ、行くぞ、しっかり並べよ」
担任の岡崎先生の声がかかる。前を向く塩入の顔がゆがんでいた。
ふと、自分の心持ちに違和感を覚えた。
中学時代であれば、あんなふうに睨まれれば、たぶん蛇に睨まれた蛙状態になっていたはず。
今の自分がそれをまったく気にしていないのはなぜ?
それよりも、須藤に声をかけたり、あんなに可愛いらしい宍倉さんのような女の子と、ときめく気持ちはあるものの、物怖じしないのはどうしてなんだ。
自分がよく解らない。
この2か月で確かに自分の何かが驚くほど変わってきたような気がする。
塩入の憎しみすらこもっている視線にうすらさむさを感じないわけでもないが、感情の起伏はあまり感じていない。
それよりも、塩入の態度から、俺以外に対する今後に不安は感じていた。
面倒なことにならないといいんだが。
かわいい女の子が絡むと思春期の男子がおかしくなるのは、痛いほどわかっている。
そう、痛いほど…。
宍倉さんがかわいい女子であることは良い悪いの感情を抜きにしても、万人が認めるところだろう。
だからこそ、たぶん自分の容姿に自信がある塩入は、宍倉彩音という少女にアプローチをしている。
とくに、これと言って特徴のない俺みたいな陰キャに変な対抗心もあることだろう。
ただ、話した感じでだが、宍倉さんの容姿は別にして、どちらかといえばオタク気質が感じられる。強烈なものではないが、陽気に騒ぐというよりも、自分の好きな読書などの趣味に静かに浸っていたいタイプではなかろうか。完全に想像だが。
陽キャを気取った塩入のような強引なアプローチは反感しか生まないのではないか。
俺も宍倉さんには好感を持っている。
塩入の苛立ちの矛先を俺や、宍倉さんに向かないように、心の中で願った。