第58話 白石影人 Ⅱ
鶴来さんは私の判断に同意して、大佐通運輸と交渉に入る準備をしてくれた。
できれば大園さん本人の証言も欲しい。
このことから鶴来弁護士は大園さんの弁護を引き受けたようだ。
推測になってしまったのは私の知らないところで動いてくれたおかげである。
大園さんは鶴来さんの話に最初から乗り気だったそうだ。
自分自身で起こした事故の責任を痛切に感じていて、結果的に殺してしまった私・白石影人とその遺族に対する償い、さらに妻と子供のことを思うと心が引き裂かれる思いでいたとのこと。
大園さんの協力で大佐通運輸に対して交渉用の切り札を手にすることが出来て、鶴来さんは悪い笑みをたたえていた。
大佐通運輸の総務担当取締役と肩書のついた慇懃無礼の男は会社側の弁護士を引き連れて現れた。
この時鶴来弁護士の口元が笑ったように見えた。その理由は挨拶時に判明した。
「田久保君、久しぶりだね。」
大佐通運輸の顧問弁護士である田久保修氏は鶴来弁護士の後輩だったようだ。
鶴来弁護士は独立以前は大手の弁護士事務所である堂本ソリューション法律事務所というところで働いていたらしい。大佐通運輸の顧問弁護も手掛けている。
ただ大手の事務所は多くの弁護士が所属しているため、知り合いかどうかは不明だったようだ。
鶴来弁護士は田久保弁護士の教育係も務めていたようだ。
鶴来弁護士を見た瞬間の田久保氏の表情は忙しそうだった。
懐かしみと驚きと交渉相手として、表情が目まぐるしく変わった。
かたや鶴来弁護士は余裕の微笑みをたたえている。
たぶんこの時にすでに交渉がこちら側有利で進む結果になったのだろう。
証拠・証言を出す鶴来弁護士に対し、余裕を見せていた大佐通運輸総務担当常務は顔色が徐々に悪くなり、田久保氏に助言を頼もうとするが、田久保氏は静かに首を横に振っていた。
さらに鶴木氏の続けて繰り出す交渉カードにより顔色は真っ青になり、平身低頭になった。
最終的には代表取締役副社長を引き出し、慰謝料にかかわる覚書と、和解を示す契約を取り交わした。
これを受け、刑事事件として訴訟されていた大園さんの減刑のための嘆願書を遺族として提出することに了承した。
まだ裁判自身は終わっていないが、実刑は免れないものの、執行猶予は勝ち取れそうである。
また、大佐通運輸から退職は余儀なくされるものの、退職金は通常の規定通り払われそうだ。
さらに人手不足の富士河運送は大園さんをサポートするべく、まずは事務員として雇用してくれるようお願いし、聞いてもらえた。
将来的に免許取得資格失効期間が明けたのちの免許取得を約束してくれた。
これにより事故のあらかたの問題は解消された。
続いて浅見蓮君の周辺についての調査結果が和倉さんから報告を受けた。
これは少し意表を突かれた結果であった。
まず、蓮君と一緒にいた少女は蓮君の従姉にあたる柊夏帆(17歳)についてはすぐに解ったようで、中間報告ということで顔写真とともに送付されてきた。
あの少女で間違いなかった。
少女があの現場にいなかった理由は今のところ不明。
だが一人で逃げ出したわけではなく、事故現場周りに野次馬が増えて、その中で中年くらいの男性に連れていかれたと、信憑性が少ないものの、そういった噂があることを突き止めた。
さらに調査を進め、その場を離れることを嫌がっている少女を無理やり連れだしたようだ。
2回目に和倉さんに会った時に、その少女について少し驚く結果を聞かされた。
女性ファッション雑誌JAというところで、いわゆる読者モデルをしているという。
もし、あの少年との関係と現場にいたということであれば、少し名の知れた美しい少女ということで、彼女の周囲にマスコミが詰めかけることは容易に想像がつく。
和倉さんはその少女を現場から遠ざけて、その事故現場にいなかったように装ったのは親族ではないかと推測している。
引き続き調査を続け、詳細を書面で渡すことを約束してくれた。
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事故についての事務手続きはあらかた終わらせた。
現時点で光人の身体にはかなりの負担を強いていることだろう。
夜ならいざ知らず、私の死に対して受け入れ切れていない光人は、いつも半覚醒のような、思考があやふやな状態が続いてる。
私はそれをいいことに半ば強引にこの身体の主導権を握り、無茶をさせている。
50を超えていて不摂生極まりない生活をしてきた私には、この若い肉体は心身ともに充実感を与えてくれているが、だからといって光人からすればたまったものではないだろう。
おかげで日中の交渉や、作業をしていても誰も咎めず、非常にやりやすかった。
光人の身体に負担をかけすぎている自覚があったため、そろそろ休ませようと考えていた。
そんなときに和倉さんから、柊夏帆に関する調査結果ができた旨の連絡を受けた。
私は一旦休むことを諦め、和倉さんの事務所に駆け付けた。