第57話 白石影人 Ⅰ
すでに私が死んでから2か月以上が過ぎてしまった。
妻や子供のために最低限のことはできたつもりだが、結果的には息子の光人の体を酷使してしまった。
この私が光人の記憶領域にいつまでこの自我を保てるかは未知数だ。
すぐにでも消えてしまうかもしれないし、光人が死ぬまで居続けるのかもしれない。
光人個人にとっては非常に迷惑だと思うが。
私が死んだことにより起こりえる不利益は、可能な限り回避できたとは思う。
死亡関連の手続きもさることながら、経済的な基盤をしっかりしておきたかった。
株式の口座で動かしていた株を成り行きですべて売却の手続きをして、株式口座それぞれのIDナンバーとパスワードをわかるように書斎の引き出しに入れた。
銀行口座の通帳と、暗唱番号と印鑑を揃えた。
この家の登記簿も2番目の引き出しに移した。
年金手帳は妻の舞子さんが管理しているから問題はない。
死亡手続きをはじめとして、各種手続きの細かいところはさすがに自分一人では対応できない。
そのため、そうそうに高校時代の友人の佐隈に息子の名前で連絡して、鶴来弁護士に連絡をつけてもらい、対応をお願いした。
そこから派生する口座の凍結、遺産相続などをやってもらった。
税金に関しては鶴来弁護士の紹介で、千葉で事務所を開いてる古賀博税理士を紹介してもらって、手続きをお願いした。
妻の舞子さんはかなりのショックでろくに食事もできないようだった。
そこで仕方なく同じくショックは受けているものの、まだダメージの少ない娘の静海に任せた。
今、私が動かしている息子の光人は当然未成年のため、必要な書類には舞子さんの署名がいるのだが、そこは代理人の鶴来さんにお願いした。
また、交通事故の保険金請求を私が入っていた保険会社に即時支払いを請求し、なおかつ、加害者が入っていた交通事故を対象とした保険の会社にも請求を行った。
当然、大園さん自身の入っている損害保険は支払いのための手続きを開始してくれたのだが、雇用側の大佐通運輸では、会社には過失がないという立場で支払いを留保したのである。
このような私の死亡により生じた事務関連が落ち着いたところで、交通事故に関しての調査ができないか鶴来弁護士に相談した。
これには鶴来さんも、大佐通運輸側が支払い手続きを留保していることから賛成の立場であった。
この時には、既にマスコミに注目されてしまっていた。
鶴来さんにはその対応もお願いせざる負えなくなった。
あまりいい顔はしなかったものの、佐隈君の頼みもあってしぶしぶ請け負ってくれた。
本当に申し訳ない。
これはさすがに中3の光人をマスコミと対峙させるわけにはいかないと思ってくれたようだ。
事故の概要自体は当事者なのでよくわかっている。
ここで気になるのは加害者と、轢かれそうになった少年。
すでに加害者・大園友也容疑者と被害者は私と浅見蓮君(当時9歳)であることはわかっている。
ただその背景を知りたいと思った。
運送業を行っているドライバーは多かれ少なかれ時間に追われていることは明らかだ。
だが、特に加害者がどう考えても悪人の場合は別で、その時は徹底的に追い込みをかけるべきだろう。
鶴来さんにはそのあたりを調べる算段をお願いした。
すると鶴来弁護士事務所で委託関係にある調査会社を紹介してくれた。
和倉敦。和倉興信所所長で元警視庁捜査一課の刑事ということだった。
鶴来さんの紹介ということで中学3年の光人でも相談に乗ってくれるとのこと。
そこで、大園容疑者の背景と務めている大佐通運輸の実態調査をお願いした。
これには私の中学の友人で父の跡を継いだ富士河運送の社長富士河勇も協力してくれた。
また浅見蓮君の家族についても調査の依頼をした。
これはさすがに元刑事の和倉さんが疑いの目をむけて来た。
そこで、ダークブラウンの髪の毛の少女が蓮君と一緒にいたという噂を聞いたから、不審に思ったことを告げた。
当然この噂とは私自身の目撃証言である。
しかし、すでに死亡している人間からどうやって証言を引き出せるのか、などと混乱をきたしかねないのであやふやな噂に仕立て上げたのだ。
仮に遺族がそんな噂を聞けば、その少女の関係を疑ったとしても不自然ではないのではないかと思ったからだが。
和倉さんは微妙な顔で私、すなわち光人の顔を見ていたが、調査自身はそれほど難しいものではないらしく、料金を提示され、調査を依頼した。
その後、大佐通運輸のブラック体質を記事にした週刊誌との間で訴訟問題が起き、容易に大園さんの勤務状況が調べ上げられて、なおかつ会社の中の人間にも協力者が得られたとかで、事故の状況がはっきりしてきた。
大園さんは結婚して子供が生まれたばかりだった。
家族のためにも、給与の額を下げるわけにはいかない。
会社のノルマを果たすため、本来のルートをそれ、ショートカットする目的で事故現場を通過した。
その際、交通事情に精通していなかったため、注意を怠っての事故であった。
この事実が判明すると鶴来さんは私に大園さんに対する慰謝料請求と大佐通運輸を相手取った訴訟が可能であることを告げ、判断を求められた。
大佐通運輸の不当な労働環境の証拠もそろっていたので、できれば会社から短期間での慰謝料の支払いを求めたい旨を鶴来さんに伝えた。
これは鶴来さんも同意見だったらしく、大佐通運輸と交渉に入る準備をしてくれた。
ここでできれば大園さん本人の証言も欲しいとのことで、鶴来弁護士は大園さんの弁護を引き受けたようだ。
推測になってしまったのは私の知らないところで動いてくれたおかげである。
今回から4回で白石影人の死後の行動を描きます。
少しシリアスな展開です。いつもチャチャを入れている親父の別の面を楽しんで頂けると嬉しいです。