第55話 鈴木伊乃莉 Ⅱ
悠馬はちょっと本気で恋してるってことかな
「でも静海ちゃんが元気になって、よかったんでしょ。明日から新学期始まるから、頑張んなよ。姉ちゃんも応援するし。なんと言っても兄の白石光人君と知り合いになってるわけだし、私。まあ、クラス違うから完璧なサポートは期待しないでほしいけどね。」
「え、なに、クラス違うの?それが何で、親しく成るどころか、家まで行くって、何事?」
「あら、伊乃莉もビビット来ちゃった系。まさか伊乃莉の恋バナも聞けるなんて、恋の季節全開ねえ。あ、でもそうなるとこっちが土下座される側かあ~」
完全に妄想モードを炸裂させてる母・陽子。
あれ、私なんで悠馬に話しかけたんだっけ。確か、何か聞きたかったような…。
「白石兄については、私は全くの巻き込まれただけだから。彼についてはあやねるがご執心なの。」
「宍倉さんが?あの子、確か痴漢事件で男性恐怖症みたいなことになってなかったっけ?」
母さんが至極当然の疑問を口にする。
それは私も不思議。
でも、私もわかんないんだから、今のところ答えようがない。
「そのはずなんだけどね、なんでだか、その静海ちゃんのお兄さん、白石光人って男子生徒のこと気にしちゃってんだよ。だから昼くらいには帰ってこれるはずが、あんな時間にロリコン教師に送ってもらう羽目になったの。」
「そこんとこなんだけどさ、姉ちゃん。そもそも何で白石の兄さんと知り合ったの?違うクラスだって言ったよね。」
「そう、私は隣のクラスのF組。あやねるがG組で同じクラス。出席番号が前後らしくて仲良くなったとは聞いた。ただ、その程度で、あんなに普通に男の子と喋れるはずないんだよね、あの子は。ちなみにさ、白石兄について、静海ちゃんは何か言ってた?」
「まあ、俺はそんなに白石の兄さんって人のことを知らないけど、白石が仲のいい女子と話してた時では、かなり嫌っていたって話なんだけど。やれ、気持ち悪いとか、童貞陰キャボッチオタ野郎とか。悪口しか聞いたことないから、どういう人かは知らない、よ。ああ、でも、さっきの白石の雰囲気だと、お兄さんのことそんなに嫌ってるようには思えなかったな。」
「家で会った時も確かに「陰キャ丸出し、非モテ童貞野郎」とは言ってたけどね。自分の兄がモテないとは思っていても、そんなに仲が悪いようには見えなかったな。」
もう一度思い返してみても、二人に間に険悪なムードはなかった、ように思う。
「事故でお父さん亡くしたから、それで何かあったのかな。」
私は何の気なしにこの言葉をつぶやいた。
その時、お母さんの表情が曇ったことに気付いた。
「お母さん、どうかした?」
「その子って、この前悠馬が言っていた女の子?ほら、2月くらいにクラスでお父さんが亡くなって、休んでるって言ってた。」
「そう、白石静海。確か子供を助けるためにかわりに事故に巻き込まれたって言ってた。」
「その頃に駅の向こう側なんだけど、鈴蘭堂っていう薬局あるの知ってる?」
お母さんが私に向けてそんなことを聞いてきた。
聞いたことがあるような、ないような…。
「それこそ宍倉さんのビルの近くにあるんだけど。」
「ああ、解った。薬局って言っても調剤薬局ってとこだよね。あんま興味ないから覚えてなかった。確かにあやねるんちの近くにあった気がする。」
「そこで少しバタバタしたことがあってね。あの薬局って近くにある本橋クリニックの処方箋をよく扱っててね。うちのお父さんもいろいろ薬飲んでるからお世話になってんだけど。昔そこで働いていた薬剤師さんが事故で亡くなったとか言っててね。交通事故だって聞いたお父さんが結構ショック受けてたんだよね。ほら、伊玖美のお母さんが交通事故で亡くなってるからね。」
私と悠馬の母は目の前の鈴木陽子だが、現在国立の石川大学に通う姉の伊玖美の母親が鈴木美乃莉さん。
姉さんが2歳の時、横断歩道を二人で歩行中に車にはねられ、亡くなってる。
姉さんは無傷で助かったとのことだ。
その時に父、鈴木伊三郎が経営するスーパー大安でお母さんは父の秘書をしていた。
その後、姉さんの面倒はお母さんが見ていたようだ。そんな縁で再婚している。
お父さんにしろ、お母さんにしろ交通事故に対しては言いようのない思いがあった。
私は少し考えた。
本来ならありえない男子生徒との交流、「しらいし」へのこだわり。
亡くなったという白石君のお父さんがあやねるの近所で働いていたとしたら?
「その白石君たちは大丈夫なのね。お父さん、立ち直るのに結構かかってたから。」
「たぶん。今日見た限りでは、元気そうだったよ。」
そういいながら、変な挙動を取る白石光人が宍倉彩音を傷つける可能性について私は考えていた。




