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第54話 鈴木伊乃莉 Ⅰ

「ただいまー。」


 やっと悠馬が帰ってきた。


 私は先ほどの電話のことでいろいろ聞きたくてうずうずしていた。

 単純に弟の恋愛事情ってやつに興味があるのも事実だが、白石家に関しての貴重な情報も得られそうだ。

 この私を「いのすけ」などとふざけた名前で呼ぶ親友の挙動からも、もう少し白石光人に関して知っておく必要がありそうだ。


「お姉ちゃん、ご飯できたよ。悠馬(ユウマ)もちょうど帰ってきたから、一緒に食べちゃいなさい!」


 母親である陽子の呼びかけに「はーい」と答え、自分の部屋からリビングに向かう。

 既に悠馬が自分の席に座っていた。


「おかえり、悠馬。カラオケは楽しかった?」


「まあ、ぼちぼち。っていうか、姉ちゃんさあ、何で白石んちに行ってんの?意味わかんなかったよ、静海(ルナ)に言われた時!」


 悠馬がご飯を食べながら、人に箸を突きつけ、非常にマナーの悪い態度で文句を言ってきた。


「こっちだって、なんで今日初めてあった男子んちに行かなきゃいけなかったのか、まったくイミフだよ!」


 思わず弟の抗議に対して、鬱憤が出てしまった。


 まずい、そういうことが言いたかったんじゃないんですけど!


「悠馬さ、さっき義理のお兄さんとか訳のわかんない事言ってたけど…。それ静海ちゃん絡みだよね?」


「えっ、えっ…そんなこと、言って、言ってたな、あははは。」


 口の中に入っていたものを飲み込むと、変なテンションでてれてやがる。


 もともと悪ノリでやっちゃうようなタイプだが…。

 あの場の雰囲気でくだらないことを言ったものの、その意味に照れてやがる。

 下ネタなんかかましたせいで、冷静になって恥ずかしくなる弟を見ていると、揶揄わずにはいられない。


「で、私の愛すべき弟は白石静海ちゃんに惚れている、と。でも正直になれない弟君は、つい静海ちゃんにお下品なウザ絡みをしてしまう。」


「うっせいな!そうだよ、俺は白石が好きだよ!悪いかよ、姉ちゃん!」


「そういう風に素直になればいいのに。って言って素直になれるなら苦労はしないかあ。」


 悠馬は顔を赤くしながら残った夕食を黙々と食べ始めた。


伊乃莉(イノリ)、悠馬揶揄ってないで、あんたもご飯食べちゃいなさい。」


「はーい。」


 私は並んでる食事に手を付ける。

 とはいえ、本当の目的は悠馬を揶揄うことではない。


「悠馬は静海ちゃんのお父さんの交通事故について、どのくらい知ってるの?今日の白石家に行ったのって、それがあったからなんだけどさ。」


「白石のおやっさんの事故?俺はあんまり詳しくはないよ。本人にはあんま、聞けないじゃん、そういうのって。あの事故以来、本当に久しぶりだよ、あんなに話したの。ホントは何か力になってやりたかったんだけど、家も遠いし、そんなことができる雰囲気じゃなかったらなあ。」


 確かに。ただの同級生程度で、土足で踏み入っていい領域ではない。

 しかも、家がこれだけ離れていれば、様子を見に行くのも一苦労。


「でも、元気そうでよかったよ。今日は、陽誠(ヨウセイ)御須(ミス)さんと付き合い始めたことを白石にお披露目する場だったんだけどさ。嬉しそうにしてたからな。事故の後はかなり落ち込んでたようだったって、御須さんや神代(カミシロ)さんが言ってた。」


「悠馬は結構女の子の友達多いの?さっきから聞いてると知らない名前が羅列されてるようだけど。しかも静海ちゃんだけ「白石」呼び?」


「もういいだろう!白石は特別なの!他の子は陽誠絡みだよ。白石が心配だったから、陽誠に頼んで白石の友達に聞いてもらったりしてただけ。」


 悠馬の顔が真っ赤だった。照れか、怒りか。


 一瞬、可愛いと思ってしまった。不覚。


「本当は、白石の家に行って、お線香の1本でもあげたいんだけど…。家族葬だったし、なんかマスコミが詰めかけて、やばかったって話だし。」


 私は、無駄に口角をあげ、右手でサムズアップして弟を見つめた。


「な、何なんだよ、そのどや顔!!!そのやってやったぜみたいな恰好!」


「既に姉ちゃんは、静海ちゃんちに上げてもらって、お父様に線香をあげてきました。」


「その勝ち誇った顔はやめろ!見ず知らずの姉ちゃんが何でそんなことしてんだよ!」


 私の可愛い弟が吠えている。

 本当に可愛くて、いくらでも虐めてたいわ。


「あらあら、本当にあなたたちは仲がいいわね。母さん嬉しいわ。」


 私の母の鈴木陽子が微笑みながら席に着いた。

 私にお茶で満たされた湯飲みを置き、自分の前の湯飲みにお茶を注ぐ。

 母はまだ夕食を食べていないはずだが、自分の分を用意していない。

 たぶん、父・伊三郎が帰ってくるのを待って一緒に食べるのだろう。


 本当は今日、私の入学式があったので早めに帰ってきて、一緒に食べるはずだったが、やはり仕事の都合がつかないと、母に連絡が入っていた。


「なんで今の会話で仲がいいなんて思えるのか、不思議だ。明らかに姉ちゃんが俺を揶揄ってただろう。」


「そうかしら。年頃の姉弟の仲睦まじい会話にしか、母さんには聞こえなかったわ。悠馬の好きな女の子の話でしょう。私も恋バナ、仲間に入れてよ。母さんも、そういうの大好き!特に我が子たちのなら、格別に!状況によっては、相手方のお宅に行って土下座の準備もできているわよ。」


 おかあさん!一体どういうシュチュエーションが、あのお花畑のような頭の中で繰り広げられているの!


「母さん、何考えたら土下座まで行くんだよ!俺まだ、好きな子の名前を明かしたとこだよ。何段階飛び越えたら、その状態まで行っちゃうの!」

 悠馬の言ってることがまともすぎて、母の前出の言葉の暴走に何処から何を突っ込んでいいのか、言葉がループし始めている。


 実の母親ながら、この妙にとぼけた態度は、思春期真っただ中の私たち姉弟には頭痛を通り越して、宇宙人との会話を想起しそうになった。


 これが社長秘書をバリバリやってきたキャリアウーマンだというのだから、世の中というものの深淵は私には計り知れない。


「母さんも大概にしろよ。ちゃんと彼女出来たら家に連れてきて紹介すっからさ。お願いだから、このネタでいじらないでくれよ。」


 もしかしたら真剣なのかもしれない。

 やっぱりうちの可愛い弟ちゃんは撃たれ弱いねえ。



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