第53話 宍倉彩音 Ⅳ
夕飯は両親と一緒に食べることができた。
父親である敏史は忙しいと、母の真理が食事を事務所に持っていく。
敏史は今日の入学式とその後に興味津々といった感じで私に聞いてきた。
しかし、家にまで行った相手が男子であることを話すと、少しの不機嫌とかなりの心配という絶妙な表情を描いた顔つきで、私に尋ねてきた。
痴漢事件から男子のことで話題が出るのは稀であった。
「彩音、大丈夫なのか、あの、その、男性と一緒にいても。」
「別にぃ、二人っきりって訳じゃない、んだし。いのすけもいたから…。」
少し言い淀みながら、私はお父さんに小さくなる声で話した。
「どんな男の子なのかしら。彩音、良かったら今度連れていらっしゃいな。」
「ななな、何言ってんの、お母さん!彩音はまだそういうの早いでしょ!」
お父さんが慌ててお母さんに文句言ってる。
さすがに白石君をこの家に連れてくるってのは、早すぎるにも程があるって言うか、白石君がうちに来る……。あれ、なんか、顔が熱くなってきてる。あれ?
「ほら、お母さん、彩音に男の話なんかするから、おかしくなってるよ。みてよ、顔が青ざめて…、あれ?あかくなってる?」
「お父さん、ダメですよ、そんなこと言っちゃ、ねえ、彩音。」
お母さんが心配するふりして、からかってくるう~。
お父さんが慌てふためいてる。コップを倒した!
お父さんが近くにあったフキンでテーブルのこぼれた水をふき取りながら、私の方をチラチラ見てくる。
「お母さん、変なこと言うのやめてよね。明日も早いから、学校の準備してくる。」
顔がまだ熱い。私は自分の部屋に逃げるように入った。
そのまま、自分のベッドに飛び込む。
さっきの会話、おかしいよね。
なんで今日知り合った男の子を家に連れて来いって言うんだろう。
まあ、確かに私は男の子の家に行っちゃったけどさ。
だからって、連れて来いって言うのもなあ~。
私が、らしくない行動をしたからだろうけどさ。
お母さんの本音は、私が家に行った男子に、す~んごく興味があるに違いない。
あの顔はそれ以外にない。
自分でも不思議なんだから、お母さんからは野次馬意識が駄々洩れても不思議じゃない、っていうか、それ以外にあり得ない!
白石光人君。
不思議な雰囲気を持つ男の子。
今までの男子にはない不思議な優しさが透けて見えてくる。
ぱっと見は冴えない(ごめんなさい!)男子生徒なんだけど、その瞳の奥にやたら懐かしいとさえいえる優しい光がある。
あの、何とも守られている様な輝きは、強いて言えば幼い頃のお父さんに包まれているよう。
でも、今のお父さんの心配するあまりの束縛にも似た保護者のものではない温かさだ。
引っ越す前は自分が女の子であることを半分忘れたように、男の子と一緒に遊びまわっていた。
その時はお父さんは少し離れたところから微笑みながら私を見ていたような気がする。
引っ越して、クラスに馴染めずにいたときに初潮が始まり、否応もなく自分が女であることを思い知らされた時、胸が少し膨らんで着替えの時の男子の好奇の目にさらされた時、私の行動力は大幅に小さくなっていった。
それと前後して父が新しく事務所を開き両親ともその運営に時間を取られ、私との時間も少なくなった。
私は自分の感情を殺していくようになり、中学に入るときには立派な陰キャボッチになっていた。
最初は慣れない環境に戸惑ってるだけと思っていた両親も、小学生最終の学年になって、ほぼ一人で家にいるようになった私に気付いたようだが、その時はもう活発なあの頃の私ではなかった。
中学1年の時はほぼ友達もできず、一人で本を読んでるだけの私だったが、2年で強制的に距離を詰めてきた伊乃莉のおかげで、少なからず他の友達もでき、少しは女の子らしくなっていったときに、痴漢事件が起こり極度の男性恐怖症になった。
その時にはもうお父さんは私のガードマンよろしく強力な防護者となって、守るようになり、小さい頃の微笑みながら見守るような父親ではなかった。
さすがにお父さんに「うざい」などと言って煙たがるようなまねはできるわけもなかったが、正直あまり干渉されたくないというのが本音だった。
そして、今日の出会い。
お父さんには悪いがあまり出しゃばっては欲しくない。
だからと言ってお母さんのあのニヤニヤした顔はやめてほしい。
自分が年相応の男子への興味を持ったからと言っても…。
そう、私は白石光人君に興味を持ってしまったらしい。
だから、ダークブラウンの髪が美しい美少女、柊夏帆先輩の白石君への接近は胸のあたりに小さなとげが当たるような感覚を覚えてしまう。
その感情とは別にあの美しさにはあこがれを抱いたのも事実だ。
「ねえ、宍倉さん、生徒会入らない?」
柊先輩の誘いが脳内にこだまする。
中学の時には結局部活動はしなかった。
いわゆる委員会活動も、強制的に決める係活動以上にはしていない。
生徒会などはあったが、あまり興味もなかった。
柊先輩の誘いは社交辞令、またはその場の雰囲気であって、本当に自分に生徒会に入ってほしいということでないことは十分にわかっている。
でも、もし私が生徒会の仕事を手伝えば、あの綺麗な先輩のことをもっと知ることができるのではないだろうか。
柊先輩は白石君のお父さんに大きな感謝の気持ちを持っている。
これは間違いない。
命をもって行った行為だ。
柊先輩が白石光人君と在学中に離れることはないだろう。
男の子なら、どう考えてもあんな綺麗な人と接触し続ければ、好意以上を持たないはずがない。
危険だ。
私は白石君に対するこの気持ちが何に由来することか、まだ本当には解ってはいない。
でも、私以外の女性がその場所にいることは、白石光人の隣にいることは、不愉快に感じている。
私はこのどうしようもない衝動を抑えるためにも、柊先輩の社交辞令かもしれない誘いに乗ることを真剣に考え始めていた。
私はスマホからLIGNEを起動させた。
私が白石君に送ったメッセージは、いまだ既読すらついていない。
少しの寂しさが心にもやがかかった感じになる。
仕方ない。もう少ししたら、また送ってみよう。
私は違う人物に切り替え、メッセージを打ち込み始めた。