第51話 岡崎先生と石井先生
散々学年主任の山脇教諭に嫌味を言われた。
確かに公用車の利用時刻を一時間も過ぎていれば、仕方がないとはいえ、またここでも教え子に手を出したなどと言われて、いい気分になりようもない。
疲れた顔をしていたためか、石井教諭が心配そうに声をかけてきた。
「こってり絞られたようね。」
「しょうがないですよ。入学式に関する会議、すっぽかす形になりましたから。」
「そうね、それは確かに。入学式で倒れた生徒の担任がいないというのはね。ただ逆にその生徒の担任が送るのは当たり前ともいえるんだけど。その生徒が白石光人だってことが問題だから。」
大きくため息をつく。全くその通り。
「会議の大まかな説明は受けましたが、詳細は石井先生に聞くようにとのことです。」
「面倒になったか、山脇は。」
「そんな感じです。こちらも報告ありますんで、場所移しますか。英語準備室でいいですか。」
「了解。」
石井教諭と慎哉は職員室よりは話しやすい英語準備室に移動した。
あまり多くの人には聞かれたくない内容であることはすぐに石井教諭も理解したようだ。
空いている席に石井教諭を促す。
「お子さんの時間、大丈夫ですか?」
「今日は旦那が迎えに行くから、気にしなくていいよ。」
小型の冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出し勧める。
「サンキュー!」
ふたを開け、一口飲むと笑いながら慎哉に顔を向ける。
「まず、会議内容からね。入学式自体は何事もなく終わったから、特筆すべきことはなし。問題はその後の生徒会主催の挨拶ってとこ。」
「まあ、そうなるでしょうね。白石のことは何か?」
「ああ、それは大丈夫。養護の柴波田先生からもただの疲れと緊張だろうという報告来てるしね。で、念のため担任の岡崎先生が送っていくことまでは大丈夫。常識で考えれば、近親者が亡くなって間がないから、十分ありうることだし、このことが外部に出ても、入学式でふらつく生徒が今までもないわけではない。で、担任が責任もって送ってることでもあるというわけで、本校としては問題なし、ってことですよ。」
これは何かごねたやつがいるな。教頭あたりか。
「で、むしろ問題は生徒会長の挨拶になるのよね。」
面白そうに石井教諭の口元がにやけてる。
「まあ、当然内容がないようですからね。学校内でなければ、政府転覆をはかる革命指導者のアジテーションでしょ、あれ。」
「その通り。さすがにあの演説はね。しかも新入生が結構感化されちゃったりすると、学校側としても対策考えなきゃいけないんじゃないかって、雰囲気になっちゃったんだよね。」
学校側は、仮に生徒会が何かしようとしても職員会議、しいては理事たちによって動きを止めることはできるはずだが、その動きが出ること自体を恐れている。
本校上層部は結局のところ会社員である。日照大本部である理事会に目を付けられたくないというのが本音だ。
「対策も何も、生徒会長の斎藤が生徒の環境を整える程度の考えであれば問題ないと思うんですけどね。どこぞの会社みたいに上層部の刷新なんてお題目を唱えるとは思えないし。」
「そう。ある程度の生徒たちの自主性を重んじる形に誘導できれば、OK。岡崎君、あなたがやったみたいにね。」
「買いかぶらないでください。私がやったわけではない。当時の生徒会が自主的に行い、そのサポートをしただけですよ。」
「愛の力かしら。」
「その話やめましょう。その時点では彼女はこの高校の合格実績を上げるための重要な生徒だった。生徒会での実績は彼女の箔をつけるためのもの。違いますか。」
「あれ、そうだったかしら。彼女、向井純菜さんは高校生の結婚まで念頭においてたって話だったけど。」
「あれは無茶すぎますよ。日本の民法上は全く問題ないですけど、高校生の結婚は本人と他への影響が大きすぎます。例え、有名無実だとしても、明文化なんかできるわけないじゃないですか。」
石井先生、完全に俺で遊んでるな。
「既にあらかたの生徒会関連の行事は終わってます。6月で今の代は終了。総会で何かするかどうかってとこでしょう。キャンプファイヤーはさすがに却下されましたが、後夜祭でのダンスパーティーなんて、高校生の恋愛を後押しするような企画は実現してますしね。今回のも、パフォーマンスとしては上々でしょう。日照大に関する逆風のための息抜きととらえていいと思いますよ。」
「だといいけど。校長、副校長、教頭、理事長あたりはすごく斎藤生徒会長に危機感を持ってるみたい。生徒会長の保護者も怖いしね。」
「ま、なったときはその時に対処する以外ないでしょう。何をしてくるかわからないんですからね。」
軽く石井教諭は笑い、さて、ここから本番みたいな意味深な瞳を慎哉に向ける。
「さて、会議の報告はこんなもんで、白石光人君のほうはどう?」




