第5話 前の席の美少女
俺は席順表で自分の名前を探す。出席番号18番。窓側から3列目・前から5番目。
そのままその席あたりを見回す。
自分の席の後ろに男子生徒。
前は誰も座っていなかったが、机の上にはすでに鞄が置かれていた。
そのまま自分の席に移動した。
後ろの席に座っている文庫本を読んでいる男子生徒は「須藤文行」と名簿に書いてあったな。
「早く友達を作れ、か」
村さんの言葉がよぎる。
「おはよう、須藤くん」
後ろの男子に声を掛けた。
俺が前の席に座ったことには気づいていたはずだが、声をかけられるとは思わなかったのだろう。
上半身を後ろに向けた俺のかけた声にびっくりしたように顔を上げた。
「えっ、あっ、おっ、おはよう」
さすがに入学式だからだろう、髪の毛は整っているものの、ものの1週間もすればボサボサになるであろうその髪型は、容易に数か月前の自分を思い出した。
銀縁の眼鏡の度数はかなり高そうだ。
なぜか懐かしい感覚に包まれた。
なんてことを思いながら須藤が持っている文庫本に目が行った。
見たことのある表紙。あれは、確か…。
「J.P.ホーガンの「星を継ぐ者」だよね」
「えっ、知ってるの」
巨人の異星人とのコンタクト物だが、非常にミステリー色の強いSF小説だ。
とはいえ、この「星を継ぐ者」ではまだ巨人たちは出てこないんだっけ。
親父の本棚にあるのを読んだ記憶がよみがえる。
確かシリーズとして4巻ほど出ていたと記憶しているが、4巻目が異常に難解だったような気がする。
「面白かったけど、4巻目の内容がいまいち理解できなかったな」
「そうだね、あの世界はかなり異質だよね。えーと、白石君だよね。」
「ああ、白石光人って名前だ。よろしく」
「僕はこのシリーズ好きでよく読み返すんだ。あんまり友達がいる方じゃないから、今日みたいなときにこの本読んでると落ち着くんだよ」
「俺はあんまり本を読む方じゃないけど、SFやラノベとかかな。話題のアニメなんかは見たりしてたけど」
いじめられたりした後は、親父の本棚から面白そうなものを持ってきたり、PCでアニメチャンネルとか見てたな。
お袋は心配してたけど、親父に本の感想とかいうと喜んでたっけ。
「僕もラノベもよく読むよ。でも、見つかるといじられたりするから、学校には持ち込まないようにしてる。」
「そうだね。まあ、話すくらいにしといたほうがいいか。でもこういう俺らに絡んでくるやつはいるからな。めんどくさいな」
「同感」
軽く笑いながら、前に向く。
教室の出入り口から一人の女生徒がこちらに歩いてきた。
ショートボブの少女は可愛い子だった。
紺のブレザー、茶色のチェックガラのスカート、紺色のハイソックス。
すべてがその子にあつらえたかのように似合っていた。
大きな瞳と細めの眉、卵型の輪郭の顔にぷっくりとした唇はバランスよく配置されている。
顔の中央に位置する鼻が鷲鼻なのは愛嬌だ。
思わず見惚れて、見つめすぎてしまった。
その子は首を少し傾けて、こちらに微笑んだかに見えた。
そのまま俺の前に立ち止まり、不思議そうに俺を見ている。
傾けていた首が戻り、今度は反対側にコクンという感じに傾けた。
かわいい~。
思わず湧いた感情に、自分でもびっくりして、目をそらしてしまった。
「しらいし君だよね。」
何かを確認するような声色で俺に聞いてきた。
「う、うん。そう、です。」
「私、この席の宍倉彩音。よろしくね」
「えっ、あやねる」
反射的に有名な声優のニックネームを口ばしってしまった。
一気に顔の表面が熱くなるのを感じた。
「やっぱり似てるかな」
少し恥ずかしがりながら、俺の失礼な言葉にそう返してきた。
そう、俺の推しでもあるその声優によく似ていた。
「声優だけど、知ってるの、えーと、宍倉さん」
「当然だよ。チョー有名じゃん「五等分の花嫁」とか、「四月は君の嘘」とかさ」
「女子でも見るんだ。話が合いすぎてびっくり。俺、白石光人、よろしく」
「光の人と書いてライトって読むんだ。かっこいい名前だね。座席表見たときになんて読むんだろうって思ってたんだ。」
「親父が、漫画の「デスノート」ってのが好きで、ホントは月と書いてライトとつけようとしたんだって。お袋の強い拒絶でこの字になったって」
「あっ、キラの話のやつだよね。私結構実写版が好きなんだ。友達からは変な目で見られるけど」
「原作とは結末違うもんね。原作は当然面白いんだけど、実写版の終わらせ方はすごいなと思ったよ」
「そうだよね。ちょっとキラの終わり方、びっくりしちゃったもん」
いかん、自分と趣味の合うやつがこんなにいるとは思わなかった。
もっと話していたかったが、無情にもチャイムが鳴って、楽しい時間も終わりを告げた。
「あ、またね、光人君」
何気に下の名前で呼ばんでくれた。
かわいい子にいきなり下の名前で呼ばれ、顔面の熱が一気に上がる。
後ろから陰の者の強烈な視線を感じ、ちらっと後ろに目をやると、うらやましそうな須藤の眼力とぶつかった。
うん、その感情分かるよ、リア充爆発しろ!だね。
そそくさと前を向くと、宍倉さんの前の席の男の冷たい視線に気づいた。
一見イケメンぽいその表情は冷たいものだったような気がする。すぐに前を向いたため確認はできなかった。
扉が開き、一人のスーツ姿の男性が入ってきた。
「まずは入学おめでとう。このクラスの担任の岡崎慎哉、担当教科は英語だ」
はっきりと力強い声音で、教室を見渡しながら言った。
1-G生徒全員が教壇の岡崎を見つめる。
「あと20分後に第一体育館で入学式が始まる。このあと廊下に名簿順に並んで待機してもらう。今日は、入学式の後、この教室に戻って、今後の予定の説明などをして解散。明日からオリエンテーションなどをこなしていくことになる。後で全員の自己紹介をしてもらうから、ウケを取れる内容を校長の話の間にでも考えておいてくれ。」
「先生、それって校長先生の話を聞かなくていいってことですか?」
さっきこちらに冷たい視線を向けた2つ前の生徒が明るい声で、しかし、陰のこもった意味の言葉を発した。笑いが起こる。
一瞬、先生の目の光が曇った気がしたが、すぐに笑顔に戻った。
「今のタイミングはいいね。とりあえず、解釈は自由に任せる。もっともお偉いさんの挨拶なんか、実のあるものは少ないってこった。じゃ、この席順のまま、廊下に並んでくれ」
相変わらずはきはきした口調で、岡崎先生はクラスの生徒にそう促した。
俺は先生に明らかに挑発的な前の席の男子生徒に不快な思いを覚えつつ、立ち上がった。
宍倉さんを意識しているその態度に一抹の不安を感じた