第46話 静海の豹変
「だから、謝らせて、ごめんなさい、兄貴。ううん、お兄ちゃん。」
「昔の呼び方!どうした、静海?」
「わたし、ルナはね、なんか前のお兄ちゃんは卑屈で、自信なさげで、うじうじして、ホントにやだった。でも、今のお兄ちゃんは変わったよ。パパの代わりにしっかりしてるもん。だから、今日、女子の友達ができても、もう不思議でも何でもない。まさか、家に連れてきちゃうほど、逆に振り切れてちゃうと、思いっきり引くけどね。」
恥ずかしげに笑ってると、まだ仲が悪くなる前の引っ込み思案の静海を思い出した。そう、うちの妹はこんなに可愛かったんだ。
(ううう、本当に成長したな、静海。お父さんは嬉しいよ、よよよ。)
鬱陶しい。なんなんだこいつは。
俺が感慨深げに妹の静海を見ようとすると、間髪を入れずに親父が水を差す。
静海は言っていることに恥ずかしくなったのか、椅子を回して、背を向けた。少し耳が赤い気がする。
「何度も言うが、俺が連れてきたわけではなくて、宍倉さん、ああ、髪が短い方な、が心配して岡崎先生と付いてきてくれたんだよ。鈴木さんは宍倉さんの保護者みたいな感じだったけど。」
「別に照れなくてもいいのにさ、で、お兄ちゃんはどっちの子が好きなの?あれ、西村さんの立場は?」
「えっ。」
(いや、それはどう見たって、あやねるだろう。鈴木伊乃莉ちゃんだっけ、あの子とはほぼ会話してないよな、光人。ああ、でも、光人には西村さんがいるからな)
(だから、会話に無理やり入ろうとすんな。静海には何もわからないんだからさ。それに、そのカテゴリーに村さん入れるな)
(西村さん、あんなにいい子はいないぞ、光人。とは言え、あやねるがやけに積極的だったような気もするな。あれえ、ししくらあやね?どっかで聞いたような。)
(へっ、それ、どういう)
「あ、そうだ。そんなことじゃなくて、岡崎先生のことって、お兄ちゃん、知ってる?なんか、レジェンドって呼ばれてるの」
俺の親父への疑問が静海の一言でかき消された。
レジェンド?なに、それ、もしかしておいしい?
「私の友達、今日会ってた麗愛と鳴美が、高校の岡崎先生の伝説について熱く語っててさ。」
うわあ、静海ってこんなに明るくしゃべるんだ。
久しく冷たい「キモッ」しか聞いていなかったから、凄く新鮮で、楽しい。
あ、やべえ、涙が出てきそう。
(私も久しぶりに華やいだ静海を見て、うれし泣きしそうだ。でも出ないから、光人、代わりに泣いてくれ。)
「岡崎先生の恋人…って、何泣いてるの、お兄ちゃん!」
くそっ、俺は我慢したのに、親父が感情かぶせてきやがって、涙が出ちまったじゃないかああああああ!
「ごめん、こんなに明るくしゃべる静海を、久しぶりに見て、嬉しくて、つい。」
「なに、それ。まるで、私がお兄ちゃん相手に冷たい言葉しか言ってないみたい…いや、ええ、そうでした、すいません。」
急に、しゅんとした妹、静海。まじ、ごめん。
「いや、そう落ち込まないで、笑って、過去は水に流そう、な。」
コクコク、首を縦に振る。
(本当に思春期の子供は難しいな。)
(上から目線に、すげームカつく)
「で、岡崎先生がどうしたって。」
無理やり話を戻した。親父の薄笑いの感情が鼻につく。
「あ、うん。岡崎先生の恋人って、教え子だって、知ってる?」
「あ、それ聞いた。高校の生徒会の書記をやってる柊夏帆先輩が、岡崎先生からかってた。先生は教え子に手を出したわけじゃないって、必死に言い訳してたな。」
「そう、それで……って、柊先輩と、お兄ちゃん、知り合いなの?」
「え、ああ、まあ。」
(おい、ちょっと、やばい。事故のこと、どういえばいい?隠す?)
(隠しても、時期にバレるさ。柊さん本人が私に線香あげたいって言ってただろう?)
(ああ、そうか、そうだな。)
「静海は、柊先輩のこと知ってるの?」
「当然じゃん。柊先輩はもちろんルナのこと知る筈もないけど。高校1年、いやもう2年か、の狩野瑠衣先輩と二人でファッション雑誌JAの読モやってるって程の美人だよ。瑠衣先輩ってね、確かバスケ部ですんごい背が高いの。柊先輩は背はそこまで高くないけど、噂だと北欧系のクォーターで、すんごい美人。ねえ、なんでお兄ちゃんがそんな人と知り合いなの。」
「そんなに凄い人なのか。確かに美人過ぎて驚いたけど。」
(まあ、気を失うぐらいの衝撃、受けてたからな。)
(う・る・さ・い!)
(本当のこと言うのも手だぞ。柊夏帆を見て、ぶっ倒れたって。)
(言える訳ないだろう。折角こんなに妹と仲良くコミュニケーションが取れるようになったのに。)
「どう言えばいいかな。声を掛けられたんだよ、その柊先輩に。」
「えっ、どうして?お兄ちゃん、陰キャ、じゃなくて、そんなに目立つ方じゃないよね。」
「いいよ、言い直さなくても、余計傷つく。」
「ごめん。」
「て、いうか、入学式は目立ってたから、俺。」
「あっ!」
「そうだよ、入学式でぶっ倒れたからな。で、保健室で休んでたら、岡崎先生を介して、柊先輩が尋ねてきたってわけ。」
静海はまるで納得していない顔だった。
それはそうだ。
入学式で倒れた生徒を見舞うことまで生徒会書記の職務ではない。
「よくわかんない。なんで倒れた新入生の心配までする必要があるの?高校の生徒会ってそこまで生徒に干渉するもん?」
「生徒会はそこまでしないと思うよ。単純に柊先輩の個人的な感情だろう。」
「え、お兄ちゃんって、高校に入ったらそんなに陽キャでモテモテになっちゃうの!」
「なんでそうなる?意味わかんない。」
(そこは現役高校生としてはイミフって言うんじゃないか?)
(変なとこで、絡んでくんじゃねえよ。大体、なんでそんな若者言葉に精通してんだよ。)
(私の書斎の本棚はよく見て知ってんだろう。ラノベは必須)
「鈴木伊乃莉さんでしょう、宍倉彩音さんでしょう、この二人からして平均を大きく超えた美少女なのに、ここでラスボス級の美少女、柊夏帆先輩まで手籠めにしてんじゃない。こっちの方こそイミフだよ。」
(やっぱりイミフは正しい!って、手籠めなんてはしたない言葉使いはやめなさい、静海!)
親父はひとまず無視。
(無視すんな!)
「まず、おかしな勘違いをするな、わが妹よ。俺は誰も手籠めになんかしていない。どこぞの陽キャリア充ハーレム主人公ではない!本当に友だちと言えるのは同級生の宍倉彩音さんだけ。鈴木伊乃莉さんは宍倉さんの保護者。で、柊先輩だが…。」
(変に気を遣わず、あっさり言った方がいい。ただ、現場にいたことは本人が打ち明けていない以上、口にするな。)
(わかってる。)
「親父が死んだ事故の時、助けた子供いるだろう。」
「うん、小学生の男の子だっけ。」
「そう。名前は浅見蓮くん。今は小学校4年生。で、柊先輩の従弟だ。」
一瞬、俺が何を言っているか理解できない、静海はそんな顔をした。
が、すぐに意味を理解する。
「そんなことって、あるの?えっ、ちょっと待って。ホントに。本当にそうなの、お兄ちゃん。」
「らしい。だからわざわざ保健室にまで来た。親父、白石影人の交通死亡事故は日照大千歳高校には届けてある。俺と、妹の静海が母子家庭になるから、学費の補助の申請を出しておいた。生徒会の役員であれば、先生方から何らかの指示があってもおかしくないしな。」
静海の顔が驚きから、少し落ち着き始めてきた。
だが、顔の表情に少し暗い陰りが出始めてくる。
「俺が倒れたことで、誰が倒れたかということが、席の位置から容易に判断できると思う。名前を知って、確認しに来た、そんなとこだろう。」
「つまり、お兄ちゃんが事故死したパパ、白石影人の息子であることを確認しに、お兄ちゃんのところに顔を出した。」
「たぶんそうだろう、柊先輩自身が言っていたから。」
静海の様子がおかしい。
さっきまであんなに明るく騒いでいたのに。
この、重く陰湿な雰囲気。これに似たことが前にもあった…。
「パパが助けた子供の、従兄弟が、柊夏帆……。」
(おい、静海がおかしいぞ、光人)
わかってる。だが、どうして。この雰囲気は…。
「パパを死なせた…」