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第45話 お兄ちゃん

「疲れたぁ~。」


 俺は口に出して言いながらベッドに倒れこんだ。


 考えてみればこのベッドで悪夢にうなされて起きてから、まだ1日たっていない。

 入学式が緊張するイベントだとしても、まさかこんな1日の展開になるなんて、親父の夢が強烈だとはいえ、考えもしなかった。


(まったく、大変だったな、光人。)


(親父が言うんじゃねえよ。親父がこんな形で、俺の頭の中にでてくっから、こんなことになってんだろ!少しは反省ってもんをしろ!)


(では、なにかい、光人君よ。浅見蓮君がトラックに轢かれて、死んでもよかったって言うのかい。)


(話をそこまで戻すんじゃない!)


 本当に疲れる。

 それでなくても学校で倒れた、なんてことをお袋に言って、えらい心配されて、オロオロするお袋を安心させるために、やたら検査されて、今、ようやく解放されたところなんだから。


(相変わらず、ママは光人や静海のこと心配してんな。)


「ホント、岡崎先生にまで確かめてたもんな。親父が死んじまってから、ちょっとしたことで心配する感じが強くなったな。」


 今日、倒れたことを電話してからというもの、何かにつけ、心配を口にする。

 入学式に倒れた、なんてことを聞かされれば、親なら誰だって心配するのが普通とは言え…。


(でも、まあ、何事もなくてよかった。大丈夫だとは思っていたけど、やっぱり、医師の言葉を聞くまでは、落ち着かんな。)


「その大半は、親父の所為だろう。強制的に俺の体を使って、寝不足の状態を作り出したんじゃないのか。」


(それは解ってるが…。あの状態で早く日常を取り戻そうとしたら、ああするしかなかったんだよ。まさか入学式で倒れるなんて、想定の上を行ってたな。若いからって無茶しちゃいかんな。)


「無茶したのは俺じゃない。親父だ。」


 急に俺の部屋の扉が勢いよく開いた。


 俺は、ギョッとして扉を開けた人物に目を向ける。


 静海だった。


「兄貴大丈夫?」


 心配そうに声を掛けてきた。


「お帰り、静海。どうかしたか?」


 静海はぐるりと俺の部屋を見回した後、俺を少し見つめた。


「なんか話し声が聞こえて、誰かと話してるのかと思ったんだけど。誰もいそうにないし、独り言にしては変だし。スマホに向かって話してるわけでもないよね。」


 やばい!親父とのやり取りが、口に出てしまっていたらしい。


「あ、ごめん。今日ちょっといろいろあって、親父のこと思い出していたら、無性に腹立ってきてな。ちょっと親父に文句言いたかったんだけど、自然と口に出てたみたい。わりぃ、気持ち悪かったな。」


(うわあ、少しどころじゃなく、前の静海なら明らかに「キモ」と言われる場面!)


(今は何も言うな!静かにしてろ!)


 また声に出そうなのを、懸命に堪えた。


「うん、まあいいんだけどさ。」


 静海はそう言いながら、俺の机にある椅子に座って、俺に顔を向けた。

 別に気持ち悪がっているわけではなさそうだが。


 俺も体を起こし、ベッドに腰かける。


「まるで、そこにパパがいるように話してる感じだったから、」


 静海は外出の時に来ていた服のままだった。今ちょうど帰ってきたところだろうか。


「静海は今帰ってきたところか?」


「うん、ただいま。もうちょっとしたら夕ご飯できるって、ママが言ってた。ところでさ、兄貴。」


 少しかしこまった言い方で、俺に話しかけてくる。


「出かけるときに変なこと言って、ごめん。兄貴があんな綺麗な女の子たちを連れてくるとは思わなかったからさ。」


「ああ、もういいよ。お前が反省してることは十分わかったから。それに、俺だって、なんであの二人がうちに来ることになったのか、冷静に考えて、よくわかってないんだよなあ。」


「でも、私が変なこと口ばしった時、真剣に怒ってたよね。」


「あっ、うん、まあ。ごめんな、ちょっときつくして。」


 おっと、逆切れでもしてくるか、今度こそ、なんか言われそうな気配。


「まるで、…パパみたいだった。」


 それは、小さな言葉だった。


(まあ、俺本人だからな)


 そして、そんなしみじみとした雰囲気をぶち壊す、バカ親父がここに一人。


(誰が、バカ親父だ!)


(お前だよ、静海がしみじみと親父を想って言ってる言葉を、台無しにすんじゃねえよ!)


(大丈夫!お前が変なことを口ばしらなければ、静海は気付かない。)


 狡猾に俺の弱点(?)を突いてくる。

 確かに、俺が口にしなければ、静海がこんなことを言うこともない、はず。


「兄貴に、謝ろうとは思ってたんだ。今までの態度。変な、汚物を見るようにしてたこと。」


「やっぱりそういう目で見てたんだな。そうだろうとは思ってはいたけど、事実を突きつけられると、つらい。」


「あ、いや、その、……ごめん。」


 静海が申し訳なさそうに、俯く。


 うん、大丈夫、ちょっと泣きそうだけど、親父が死んだときに比べれば、大したことじゃない、はず……たぶん。


(そうだ、問題ない。なぜなら、親父はいつでもお前の心の中に生きているんだから。)


 ふつうは落ち込んでる主人公かなんかを励ますときに使うセリフが、ただ事実を語ってるっていう今の状況、これが大問題。


「あの、あのね、あのさ。でもね。今はそんなことない…よ。兄貴は、ちゃんと兄貴してんだから。今日も、ううん、パパが死んでからの兄貴は、パパみたいに格好よかった。」


(おい、聞いたか、静海の言葉。何時も変に距離を取っていた静海が、私のことを格好いいって。聞いたか、光人!)


(ああ、もう、うっさい。静海が冷たくしてたからって、ちょっと親父のこと褒めるとすぐその舞い上がる思考、やめてくれ!親父は死んだんだから、静海の中で美化されてるだけなんだよ!)


(冷たいよ、光人君。そんなつれない態度してると、女の子に嫌われちゃうぞ。あやねるからも捨てられちゃうんだから。)


(オネエ言葉止めろ。いちいち俺の神経を逆なでることも、な。)


「だから、謝らせて、ごめんなさい、兄貴。ううん、お兄ちゃん。」


「昔の呼び方!どうした、静海?」



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