第43話 西村智子 Ⅲ
西村智子は自分のベッドの上で大きくため息をついた。
まさか、光人の家にまで行くとは思ってもいなかった。
智子は、入学式に倒れた光人のことを心配はしていた。
しかし、担任の岡崎先生に状態を聞いたときに、ただの睡眠不足による過労とのことで、深く考えていなかったのだ。
ここ最近の光人の周辺事情を知っていれば、疲れていることは容易に想像つく。
今朝がたの様子では心身の調子はよさそうだったが、入学式の緊張が重なれば、疲労がピークに来て、ああゆう風になるのも理解できる。
さらに岡崎先生が家まで送っていくのであれば、これ以上光人に関わることは避けた方がいいように思えた。
今でも智子は光人に対して、微妙な距離を置いている。
父を失った光人やその家族とどう接していいか、いまだ考えがまとまらず、距離感がつかめない。
ああ、コウくんちにお線香をあげに行ったときには、慎吾がいてくれたからな。
一人では、どうしていいか判らない。
これでまだその故人を知らなければ対応も浮かんだかもしれない。
しかし、幼馴染とはその両親とも近い関係だ。
優しかった影人叔父さんの顔が、コウくんを通じて現れると泣きたくなってしまう。
智子もさすがに学校では普段通りに接したいと思ってる。
でも、一人で光人の家に行くことは、まだ今の智子には荷が重かった。
今日、学校が終わったあと、光人のことが気にはなった。
が、大沼和歌子と弓削佳純から部活の見学に誘われた。
もともとテニスは続けるつもりだったからテニス部には入部するつもりだった。
ただ、佳純が先輩から演劇部に勧誘されてるとのことで、付き合ったのだ。
佳純の中学の先輩、演劇部の部長でもある浅田りゑは、優しい感じのショートボブの似合う大人っぽい人だった。
中学時代は佳純と同じテニス部だったらしいが、高校からは演劇にはまったとのこと。
高校に入って体が丸くなって動きづらくてテニスを止めたと笑いながら言っていた。
では太っているかというと、決してそんなことはない。
というより、女性らしい丸みで、温かい感じが周りの雰囲気を柔らかくしている。
明日の午後に部活動紹介と見学の時間が設定されており、演劇部も明日の紹介の準備をしていた。
軽い演劇を披露するらしい。
内容は見てのお楽しみとのことで、うふふと軽く浅田部長は笑っていた。
佳純も興味はないわけではなく、ちょっと悩んでいる感じだ。
とりあえず今日は挨拶ということらしい。
テニス部の方は和歌子が既に入部していて、今日は明日の説明会のため休みということだった。
3人でファミレスに入り、昼食がてら今後の高校生活の希望や不安をおしゃべりしていた。
日照大千歳中学出身の和歌子がいてくれるおかげで、結構高校生活の様子が分かったのは有り難かった。
とりあえず、週明けの学力テストは受験勉強程度のものらしいが、受かってからろくに勉強をしていなかったので、少し焦りが智子にはあった。
あまり気にしなくても大丈夫と和歌子が言ったので、この際気にしないことにしようと心で決め、帰ろうとしてた時だった。
白石光人の妹、静海は前に会った時より、かなり元気であるように思えた。
大きく手を振って、智子に挨拶してきた。
こんなところで会えてビックリしたが、その後の静海の口から宍倉さんが光人の家まで言ってたことにさらに驚いた。
息が止まる思いだった。
考えてもいない展開に、何とか自制心を最大限発揮し、静海には何事もないようなふりをして別れたのだが…。
その後、家までの帰りの記憶が定かではない。
光人とは同じ小学校でもあるのだから、ご近所さんといっていいだろう。
佳純と和歌子が智子のことを心配していたような気もするが、津田川の駅ですぐに分かれたので、多分大丈夫だと思う。
一応明日の朝に二人には軽く謝っておこう。
コウくんに友達を作れなんて言った手前、明日、どういう態度を取ればいいんだろう?
っていうか、なんでこんなに私動揺してんの?
夕食の時に両親からも心配されてしまった。
光人の中学でのいじめは、保護者たちの間でも学校側に強い不信感を持ってしまっている。
私立なら公立よりもそこのところは大丈夫だろうと親たちは思っている節があるが、今日の智子の態度で、その不安が頭をよぎっても不思議なことではない。
「少し緊張して疲れた。」
ということで押し切った。
疲れていることは間違いない。
ただ、その原因が緊張でないことに問題がある。
私はコウくんのこと、どう思っているかわからない。
変なことは考えないようにしよう。
今日はまだ高校生活の初日。
これからのスクールライフをより良くしていこう。
智子はそう思って、ベッドに潜った。
白石光人。
宍倉彩音。
二人の顔が考えようとしないようにするのに、何度も頭の中を駆け巡った。
LIGNEは入れておこう。
体調が心配なのは本当だし。
とりあえず、スマホを取り出し、光人の体調を気遣うメッセージを入れた。
本当に聞きたいことは結局かけずに…。
二人に何があったんだろう。
しばらく、考えすぎて寝付けなかった。