第42話 伊乃莉と悠馬
麗愛の見当違いな質問に、静海は大慌てで否定した。
「ない、ない。そんなこと。ありえないよ。悠馬はまだ同じクラスだけど、鵜沢君も桐嶋君もクラス違うから、良く知らないよ。」
ここで変な風に鳴海に伝わると、おかしな雰囲気になってしまう。
「へー、鈴木のこと、悠馬って言うんだ。いつから、そんなに仲良しに?」
麗愛がからかっている。
麗愛にしろ、鳴美にしろ、鈴木悠馬に初めて会った時に、鈴木はありすぎるから名前で呼んでくれと言われていたはずだ。
律儀に名前を呼んでいるのは確かに静海だけだが。
「白石、やっと俺を受け入れてくれるようになったのか?」
唐突に鈴木が会話に入ってきた。
「何言ってるの、私たちを1-Bの3美神と持ち上げておきながら、誰彼構わず声かけてんの知ってんだかんね。」
「その3美神はやめよう、お願い。」
麗愛が本当に嫌な顔で鈴木をにらむ。
「わかったよー。俺だって、鵜澤みたいに青春したいんだよー」
「恋愛だけが青春じゃないでしょ。部活に打ち込むのだって、十分青春だと思うけどな。私、ダンス楽しいよ。」
「そりゃ、俺だってサッカーやってるときは楽しいけどさ。まあ、練習やっててもう「嫌だ」って思ったことは何度もあるけど。」
麗愛は中学で高校との合同のダンス部で、しっかりと汗を流してる。
この年では背は高い方で、しかもこの端正な顔立ちは、舞台でかなり目立つ。
ただ、その風貌から、男子よりも女子の人気が高い。
結果、さっきのような百合発言を、そのまま信じられてしまう可能性も高い。
また桐嶋が歌い始めた。
今度は確か声優が歌ってる歌だ。
その歌ってる歌手名でさっきから引っ掛かっていた記憶を思い出した。
「そういえば、悠馬のお姉さん、今日、日照大千歳高校に入学したんだよね。」
「ああ、もう帰ってると思うけどね。それがどうした。」
「そのお姉さんって、童顔のふわふわパーマみたいな髪してない?名前が確か鈴木いのりだと思う。いのりの漢字は解らないけど。」
「ああ、そう。鈴木伊乃莉。うちの姉さんだ。ぱっと見、可愛い系だけど、口が悪いんだよなあ、って、なんで姉さんのこと知ってんの、白石」
「うちに来た。」
「えっ!どういうこと?」
そこに麗愛が割り込んできた。
「さっき言ってた、お兄さんの友達って…。」
「そう、可愛い女子二人のうち一人が鈴木伊乃莉さん。もう一人が宍倉彩音さん。」
桐嶋オンステージが既にワンマンショー。
観客なし。
鳴美と鵜沢もこの会話に参加してきた。
「確かに姉さんだわ。一番の親友がその宍倉さんだよ。うちにもよく来てたし。あれだろう、声優さんによく似てるだろう。」
「うん、私が知ってるくらいだからかなり有名だと思うけど。うちの兄貴はあんまり女の子、得意じゃないはずなんだけど。そんな可愛い二人連れてきたから、私バグっちゃって。なんか引っ掛かってたんだよね。何に引っかかってんのかわかんなくて。さっきの悠馬の言葉じゃないけど、鈴木って名字何処でもあんじゃん。気づくのが遅れたんだよね、悠馬のお姉さんが高校に入学するって話。」
でも、まさか悠馬のお姉さんだとは思わないよ。
「でも、鈴木の家は東京だろう。江東区だっけ。白石の家と反対だよな。」
鵜沢が疑問を声にした。
そう、まるっきり反対方向。
どうやって帰ったんだろう。
「まさか、姉さんが白石の家に行くって、何がおこればそんなことになるんだ。姉さんが白石の兄貴に一目惚れして、あと付けた?」
「ではないと思うよ。どちらかといえば、宍倉さんの付き添いって言ってた。宍倉さんは兄貴と同じクラスだけど、悠馬のお姉さんは違うみたいだし。」
「あ、ちょっと、待って。確かめてみる。」
鈴木悠馬はポケットからスマホを取り出し、指をタップしてる。
「もしもし、そう、俺。・・・今、友達と一緒なんだけど、姉ちゃん、今どこ?・・・いやさ、今日、白石さんって家に行った?・・・どうしてって、ことは、行ったってことだよね。・・・関係大ありだよ。だって、もしかしたらその白石って人が俺の義理のにい・・・うわああ」
『何言ってんのよ、バッカじゃないの』
そこだけ電話先の女性の声が響いた。
あまりの音量に悠馬がスマホを耳から遠ざける。
まあ、何を言おうとしたかは非常にわかりやすい。
「ごめんよ、冗談だよ。っていうか、姉ちゃんの考えとは別の場合でもあり得るんだけど、さ」
そういうと、静海の方を見て不細工な、かろうじてウインクと呼べる、片目をつぶる動作をする。
静海はそんな悠馬を不審気に見つめる。
「その白石って人ね、どうも俺の同級生の兄さんみたいでさ、・・・そう、その静海って子。・・・だからさ、俺が結婚すればその人はやっぱり義理の」
「何言ってんの、お前は!」
静海はすごい勢いで悠馬からスマホを取り上げ、話し始めた。
「先ほどはどうも、白石静海、光人の妹です。」
『あ、どうも。まさか、悠馬の同級生とはね、お姉さん、びっくりしちゃったよ。ところで、うちの悠馬と、そうい』
「違います!伊乃莉さんの弟さんとは今も、これからもそういう関係にはなりませんので、そこのところ、よろしくお願いします!」
『ははは、そんなとこだと思ったよ。まあ、でも、姉の私が言うのもなんだけど、うちの悠馬はそんなに悪くないと思うけどな。少し、軽くて、少しスケベで、少し人の気持ちがわからないくらいで。あれ、あんまりよくないか。でもサッカーは一生懸命やってるよ。』
「それは解ってますけど。ちょっとスケベで、ちょっとエロいし、かなり下ネタ言うしで、私の理想とはちょっと違う感じです。優しいとこはあるとは思いますけど。」
「おーい、白石、本人前にして、言っていいことと悪い事あんぞ。」
鵜沢が、今の静海の言葉にやんわりと声を掛けてきた。
ちなみに、誰も聞いてくれないことに気づいた桐嶋は隅でうずくまってる。
「泣いてなんかないや」というか細い言葉が、悠馬の耳に入ってきたが、悠馬は悠馬で静海の言葉に机に突っ伏していた。
『まあ、あまりいじめないでね、悠馬、ああ見えて、結構撃たれ弱いからさ。それよりも、これも何かの縁ってやつだし、仲良くしよう。彩音、ああ、もう一人いた女の子だけど、妹ちゃんのお兄さん、光人君だっけ、気が合うみたいだから彼女のこともよろしくね。』
「はい、よろしくお願いします。」
静海はそう言うと、スマホを悠馬に返そうとして、テーブルに突っ伏してる悠馬に気づいた。
「はい、悠馬、スマホ、って、どうしたの。」
悠馬は無言でスマホを受け取り、伊乃莉に何か言って切った。
「なにかあった?」
静海が隣の麗愛にきょとんとした顔で尋ねた。
「ルナ、今スマホに言ってたこと、覚えてないの?」
「別におかしなことは言ってないと思うよ。事実だけだし。」
悠馬が崩れ落ちていく。
鵜沢と鳴美が肩をすくめた。麗愛が大きなため息をついた。
「ルナも早いとこ、恋愛に興味持てるようになるといいね。」
麗愛の言葉に、静海は不思議そうに首を傾けた。
桐嶋は隅で、自分を癒すために歌い続けていた。