第41話 カラオケ
6人でコーヒーチェーン店を出て、近場のカラオケに移動。
その時、静海は前から歩いてくる日照大千歳高校の制服を着た女子3人を視界に捉えた。その中に真ん中で笑ってる背の低めな女子高生、兄、白石光人の幼馴染で、恩人でもある女子高生を見つけた。
西村智子である。
「西村さん!」
少し大きめの声で、智子に手を振る。
その声に気づいた智子も、手を振りながら、静海に近づいてきた。
「おお、静海ちゃん!久しぶり、何してんの?」
「友達と一緒にこれから、カラオケで歌ってきます!」
朗らかに笑いながら静海は智子に告げた。
「おお、いいね。うちらは入学式の後、ちょっと部活回ってきて、帰るとこ。あ、そうだ。コウくん大丈夫そう?」
少し心配げな様子。
「ええ、今は多分病院で見てもらってると思います。倒れたって聞いたときにはちょっとびっくりしちゃったけど。全然平気そうだったし。」
「でも無事に帰れたんなら大丈夫かな。保健の先生は寝不足からくる過労だろうって話だったし。」
智子は少し安心したような顔になった。
「一応、担任の岡崎先生って言ったかな。送ってもらってました。あ、それより、兄貴が送られてきたときに、岡崎先生以外に女子が二人、うちに来たんですよ、西村さん、知ってます?」
智子が少しびっくりした顔をする。
「あ、え、えええええええ!」
「やっぱり、びっくりしますよね。私もびっくりして、あらぬことをその女子の先輩二人にぶつけちゃって、兄貴に怒られちゃいました。」
「えっ、それもびっくり!静海ちゃんに怒ったの?あの、コウくんが?」
心底驚いた顔で、静海を見つめた。
「私もびっくりしちゃって。まるでパパに叱られたみたいで、思わずお父さんとか、訳のわかんないことつぶやいちゃいました。」
「あの、コウくんが、は~。ちょっと信じがたいな。信じがたいと言えば、さっき静海ちゃん、女子の先輩二人って言ってたけど」
「はい、宍倉彩音さんと鈴木伊乃莉さんですって。二人とも可愛い感じの方で、なんで兄貴についてうちに来たんだか意味不明」
静海は今の自分の言葉に引っかかりを感じた。鈴木…。
「え、宍倉さん、コウくんちにまで行ったの?え、え、」
その思考も智子の言葉にかき消された。
智子は、目を大きく見開いて、信じられないものを見るような感じになっていた。
「静海ちゃん!なんでその子たち、コウくんちに来たか知ってる?」
「なんか心配で、みたいなことを言ってたような気がしますが…。そのあとすぐ私は家を出たので、詳しくは、ちょっと」
「あ、そう、そうなんだ。引き留めてごめんね、カラオケ行くんだよね。」
「あ、そうだった、みんな先行っちゃてる~。すいません、じゃ、西村さん、また!」
「うん、静海ちゃん、またね。」
智子は少し、落ち込んだ声で、静海を見送った。
静海は先に行った5人を、追いかけて、カラオケの前で無事に合流することができた。
「もう、みんな、早いよ。」
「ルナが、ずーっとあの人と喋ってんのが悪い。」
「ごめん。」
正論を言う麗愛に謝り、一緒にカラオケの部屋に入った。
「ルナ~。コーラでいいよね!もうみんな頼んじゃったから。」
鳴海が静海に声を掛けた。
既に桐嶋がタブレットを操作してる。
「もう、みんなお昼食べたよね。フライドポテトと、ナゲット注文しとくね。」
受付への電話を片手に鳴美が仕切っていた。それをニコニコして鵜澤が見ていた。
なんかいい雰囲気だな。
静海はまだ恋愛は憧れでしかないが、ああいう付き合いを見ると、本当に好きな人と付き合えたら楽しいんだろうなあと夢見てしまう。
静海はまだ付き合った経験はない。
1年入学時から、いわゆる「告白」は受けたことがあるが、それが何を意味しているのか、いまだよく理解できていなかった。
鵜沢と鳴美にしろ、自分の父母、影人と舞子にしろ、仲の良いところしか見ていない。
ドラマにあるような、嫉妬、憎悪、嫌悪などの負の感情は頭の中では理解できるが、まだ実感はできなかった。
恋愛はしてみたい気はするが、このままみんなで仲良く楽しく生きていたい気持ちの方が大きかった。
それに、付き合うことになって、必然的に発生する体の接触には、やはり怖さがある。
好きな人との肌の触れ合いは、漫画などで幻想的に描かれ、興味は十二分にあるが、自分にはまだ先の話だと思っている。
鳴海は幸せそうだった。
鵜沢のことをそんなに好きだったとは知らなかった。
確かに鵜澤陽誠は格好いい。
背はそれほど高くないが、サッカーなどで集中してるときには思わずドキッとすることはある。
鈴木悠馬のように、女子が引くような下ネタも言わないような気がする。
でも、静海はそんなに興味がなかった。
どちらかといえば、静海は鈴木悠馬の方が馬が合う。
でも恋とは違う「友達」だ。改めてそう思うと、ふと兄のことを思い出した。
桐嶋が既に一人で2曲目をうたっている。
激しいリズムの曲だが、内容は独り身の寂しさを込めた歌詞である。
少し不憫に思えた。
そういえば、桐嶋は神代麗愛と双璧といわれる美少女、先輩の山川理美に告白して、あえなく玉砕したとか言ってたっけ。
他の4人はそんな桐嶋を恐ろしいほどの同情の視線を送っていた。
やっと桐嶋オンステージが終わり、次の曲がかかった。
どうも鈴木が入れたようで、鳴美と鵜沢にデュエットをリクエストしてる。
二人は照れながらマイクを手にした。
「どうだった、俺の魂のシャウト。」
桐嶋が、麗愛と静海に絡んできた。
「あ、ごめん聞いてなかった。」
「ひど~い、白石!」
「まあ、それがあんたのキャラ。よかったね、想像通りの反応で」
およよと泣きまねする桐嶋に麗愛が冷たく突っ込んでいた。
「でもどうしたの、ルナっち。さっきから、心ここにあらずって感じで。」
続けて小さな声で、静海の耳元で囁くように告げた。
「まさか、鵜沢のこと、好きだった?」
「え、ひぃえぃえええええええええええ!」
あまりにも想像の斜め上から桂馬飛びしたような言葉に静海はびっくりして、奇声を発してしまった。
ビックリしたほかの4人、特にデュエット中の鵜沢と鳴美が歌うのを止めて、静海を凝視している。
「え、あ、ごめん!レイが私の耳元に息吹きかけるから変な声出しちゃった。ホント、ごめん」
静海は立ち上がって、二人に胸で両手を合わせて、頭を下げた。
他の4人が急に笑い出した。
「ここで百合は、勘弁してくれ!そんなことになったら、俺と桐嶋でBLやらなきゃならんくなっちまうじゃないか!」
「オゥエー」
桐嶋が吐く真似をする。
静海が座りなおすと、「いつそんなことしたのよ?」と麗愛が唇を尖らせている。
思わず静海はその可愛らしいみずみずしい唇に自分の唇を合わせちゃおうかな、なんて考えてしまう。