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第4話 幼馴染の少女

 電車を乗り継ぎ、バスに乗り換えて日照大学付属千歳高校校門前まで。

 家から計1時間弱。1年前に静海(るな)の入学式に来たことを思い出した。


 1年前のその日、来るつもりはなかった。

 自分が中学受験で落ちた場所だ。


 だが、かけていた迷惑を考えると父親から「カメラで撮ってくれ」の一言を断れなかった。

 泣く思いで両親と妹についていって、校門の前で笑う3人をファインダーに収めた。

 気を緩めると視界がかすれそうになる涙をこらえて…。


 目の前では、中学生の制服であるセーラー服を着た少女を真ん中に親と思われる男女が挟むようにカメラに向かい微笑んでいた。


 静海も写真撮影の時は微笑みを向けていたが、終わると同時に「早く消えて、キモっ」と蔑むような冷たい視線を俺に送ってきた。


 よれよれのパーカーに薄汚いジーンズ、ボサボサの髪の毛。

 入学式を迎えた学校の華やかな雰囲気にはそぐわない自分の容姿は、妹だけではなく、その場にいる人々の鋭利な視線が突き刺さっている気がした。


 確か、妹の吐いた言葉から逃げるようにこの場所から立ち去ったと思う。


 だが、まさか親父を失って、この場所に来ることになろうとは思いもしなかった。


 いや、ネガティブな思考はこの際なしだ。

 胸を張っていこう。

 親父は俺の誇りで、俺はその親父の息子なのだから。


「何突っ立て、感慨にふけってんのよ、こうくん」


 懐かしい声とともに、いきなり後ろから肩を叩かれた。


「感慨になんかふけってねーよ、村さん」


 その言葉に、よく知るその少女は明らかに不機嫌な顔を俺に向ける。


「ちょっと、そのひと時代昔の刑事みたいな呼び方やめてって言ってるでしょう。私の名前は西村智子!智ちゃんかせめて、西村さんでしょ」


 ちょっと膨れた顔をこちらに向けて、上目づかいで怒ってきた。

 とはいえ、身長が150cmない西村智子が立ったまま俺を見れば大抵の場合上目づかいになる。


「わかったよ、西村。」


 一応、村さんの要望に応える。


「ただ、静海の入学式から1年経つんだな~と思っただけだよ」


「そっか、静海ちゃんここの中学校だったもんね。しばらく会ってないけど、大きくなったんじゃない、特に胸とか」


 いきなり下ネタぶっこんできた。相変わらずの距離感だな。


 でも、俺にとって恩人の一人であることは間違いない。


「しばらくったって、この間うちの親父の仏前に慎吾と一緒に線香あげに来た時、挨拶してただろう」


「やっぱり、あの時の女の子は静海ちゃんなんだね。前にあった時とえらく雰囲気が変わっちゃってたから、親戚の女の子が来てるのかなって、思っちゃったんだよね。コウくんのことも嫌ってなかったようだし。それまでの静海ちゃんってさ、コウくんを見る目がえらく冷たくてさ。虫でも見てる目でさ。」


 まあ、確かに。ちょっと前までの静海は村さんの言ったとおりの表情してたんだよな。


 親父のことに触れたとき、村さんは少し緊張したような表情をした気がする。でも、すぐにその緊張は消えて人好きのするいつもの顔に戻った。


 そして、平然と無駄話を続ける。こういう配慮ができる子だ。


 これでもう少し顔が整っていたらと思う今日この頃。


「まあ、親父が死んで心細いんだと思うよ。でも、今日は友達と遊びに行くみたいだから、もう大丈夫だと思う。」


「ああ、それならよかった。じゃ、私先に行くね。今年一年また同じクラスだから、よろしく!」


 その言葉を残して、村さんは元気よく走っていった。


 そう、もうクラス分けは終わって、みんな自分のクラスはわかっている。

 ふつうは入学式前に大きく掲示されたりするのだろうが、入学手続きや学割の証明書の発行などもあり、事前に知らされていた。


 同じ伊薙中学からは5人が入学している。


 西村智子が一緒なのはすでに知っていたが、まさか大江戸天(オオエドタカシ)が同じ高校に進学するとは思わなかった。

 それほど頭はよくなかったはずだが。クラスが違うことが不幸中の幸いだ。


 そのまま高校用昇降口に向かい、上履きに履き替える。

 1年生の教室は4階だ。


 今日は中学高校の新1年生のみ登校で、2年生・3年生は基本的に春休み最終日である。

 静海も休みなのはこのためだが、一部の上級生は新1年生のために登校しているとの事。

 生徒会、新聞委員会、放送委員会、文化祭実行委員会などだそうだ。

 これらの委員会は各クラスから出されるのだが、それ以外の希望者も率先して勧誘するらしい。


 ちなみにほかの部活動は、別の日に部活動紹介としてオリエンテーションの中に組み込まれている。人数を確保するための勧誘で委員会が優先することになんとなく違和感を覚えるのだが。


 4階まで階段を上がり、自分のクラス1年G組を目指す。


 この高校の1年は全部で8クラス。

 AB組は特進クラスと呼ばれる成績上位組だ。

 日照大学の系列校であるが、この高校のブランドイメージを上げるために、国公立を含む難関大学を目指す。

 CDE組が日照大学付属千歳中学からの内部進学者、FGH組が外部からの受験合格者という組み分けだ。


 内部進学者はすでに高校範囲の学習内容までカリキュラムが進んでいるので、1年次はクラスを分けるとのことを説明されている。


 1-Gと書かれた教室の扉を開いた。

 少しざわつく感じの教室内の目が一瞬、値踏みをするようにこちらに向けられる。

 その光景は封じ込めていたあの光景、あいつらが主導して起こしたクラスで敵意を向けられた感覚と重なった。


 クラス全員から向けられる、刺すような視線。


 俺はその光景に全身が硬直する。


「コウくん、遅いよ」


 村さんの陽気な声に、呪縛が解けるように体が弛緩した。


 視線を村さんに向ける。


 彼女は知らない女子二人と一緒にいた。

 空いている机によりかかるようにしている村さんの隣には少し背の高めな肩甲骨くらいの髪を紫色のシュシュで纏めた少女と二人に挟まれるようして椅子に座っている少女。


 少し気後れしつつも、さりげなさを装い(装えてるよな)、彼女たちに近づいた。


「4階まで階段ってマジしんどいよね」


 村さんが俺に負荷がかからないよう自然な言い方でしゃべりかけてきた。


「エレベーターあるんだから使わせろっていうのよ、ね、弓削ちゃん」


 村さんは、クラスの後方廊下側に座っている少女に語り掛けた。


 その問いかけに、違う少女が答える。


「仕方ないよ。エレベーターは先生や保護者のみって決まってんだから。中学からそうだよ」


「中学からの内部組が言うんだもん、にっしー。規則破っちゃだめだよ」


 先ほど、弓削ちゃんと村さんから呼ばれた、席に座っている少女が諭すように微笑んだ。


「えっ、もう友達出来たの、村さん。はやっ」


「村さん、やめい」


 軽く突っ込んできた。ノリがいいね、村さん。


「朝も注意したよね。きみは数少ない友人を、そんなになくしたいのかい」


「滅相もございません。西村様!ご慈悲を」


 ちょっとおどけて返答する。

 心が軽くなっていくような感じだ。

 村さん、これでお顔が静海くらいあれば確実に天下統一できるだろうに。

 つくづく残念でならない。


「白石光人君。今心の中で、刑事呼ばわりして、さらに失礼なこと、考えたでしょう」


「え、西村様は強コミュ力だけでなく、テレパシースキルまで持ってんの。」


「やっぱり失礼なこと思ってたんだ。」


 思いっきり肩を叩かれた。

 素晴らしいフォアハンド、さすが元テニス部!


 2人の会話に紫のシュシュの子の笑顔が弾けた。


「西村さん、えーと、白石君だっけ、二人仲いいね、もしかして付き合ってんの?」


 えっ、なんでそうなるの、紫のシュシュの人!


「まさか、こんな素晴らしい方が私のような下々の者と付き合うなんて。恩人ではありまするが、そのような身分ではありません」


「すごい悪意を感じる言い方」


 怒られた。


「私、大沼和香子。ここの内部進学でB組なの。もともとテニス部で西村さんとも顔なじみ。こっちの弓削佳純と同小でね。この子もテニスやってて、西村さんとはかなり親しいの。その縁で話すようになったの」


「付け足すとね、弓削ちゃんとここ受けたときに同じ教室だったからさ、合格発表あってすぐに連絡とったのよ」


「で、春休みに3人であったりしてたのよね、にっしー」


 椅子に座っていた子、弓削佳純さんが微笑みながらこちらにしゃべりかけてきた。


 少し茶色がかったショートカットの髪の毛が特徴的な日焼けした顔はリスのような小動物系で可愛らしい。


 対する大沼さんは西村より顔一つくらい背が高い。


 制服のチェックのスカートから伸びた脚はなるほど、テニスで鍛えたであろう筋肉質で引き締まっている。


「コウくん、どこ見てんの?」


 村さんの指摘に、慌てて大沼さんの足から視線をそらす。


 俺の行動に気付いた大沼さんが、恥ずかしそうに顔を赤らめた。


 いかん、セクハラ案件だった!


 そんな俺たちに弓削さんは少し笑ったかと思ったら、その瞳が瞬間何かを感じたような動きをした。


「えっ、白石君て、あの…」


 言葉が続かない。

 あっ、知っているのか。


「ごめん、コウくん。弓削ちゃんには話しちゃったんだ」


 少し押し殺したような声で村さんが、謝った。


「あ、いや、大丈夫。もう大丈夫だよ、西村さん。もう落ち着いたから」


 恥ずかしそうにしていた大沼さんがそんな会話に「なに?」とつぶやいた。

 何のことかわからないといった顔の大沼さんが西村と、俺を交互に見比べた。


 まあ、西村からは言いづらいよな。


「うん、大沼さん。別に隠しておくことじゃないんだけどね。この間うちの親父が事故でなくなってね。ちょっと落ち込んじゃってた時があったから。そのとき西村さんには心配かけちゃってね。」


「えっ」


 大沼さんが固まった。

 さすがにこんな時に出す話題じゃないんだけど、話の流れで、仕方ないよな。


「大丈夫だよ、大沼さん。もう全然平気だから!」


 と言っても、そうそう雰囲気を変えることは難しいか。


「ちなみに、3人はやっぱりテニス部に入るの」


 ちょっと強引に話題を変えてみた。

 村さんがそれすぐに察した。


「私はそのつもりだけど、弓削ちゃんは考えてるんだよね」


「ああ、そう、ちょっと考えてるの。前の中学でテニス部の時の先輩がね、高校で演劇部に入ってて誘われてるんだけどね。」


 弓削さんも重たい雰囲気を察してこの話題に乗ってきてくれた。

 正直親父の死についてはまだ軽くは話せないな。


「あっ、そうだ、コウくん。黒板に席が張り出されてるから、確認した方がいいよ」


 やはり雰囲気の重さに耐えられなかったように、村さんが前方の黒板に目を向けた。


「そうなの?じゃ、ちょっと見てくる。名簿順だろう」


「コウくんも早く友達作った方がいいよ」


「了解」


 そのタイミングで、大沼さんが席から離れた。


「私もそろそろ自分のクラスに戻るね。白石君、じゃあね。西村さん、弓削ちゃん、また」


 そう言いながら1-Gから出ていった。


 俺もそのまま黒板に張り出してある席順を確認に向かった。


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