第35話 人格交代
3人を送り出し、家に戻った俺の親父は、ソファーに深々と座り込んだ。
(久々に体を動かすと疲れちまうな。そろそろお前に返すよ、光人。)
(どうやれば、いいんだ、親父)
(これから私は意識を空白にする。お前は強く、この体を取り戻すことを考えろ。)
(あ、あー、わかった)
強く自分の体を念じる。
瞬間、フーという感じで自分が光に包まれる感触が生じる。
靄が一気に晴れ、光が目をかがすようにまぶしい。
(よし、うまくいった。)
俺は自分の右手をゆっくり閉じたり開いたりしてみた。
問題なく普通に動く。
俺は大きなため息をついた。
もしかしたらもう俺はこの体を動かせず、親父が俺のふりをして生きようとしてるのではないかと疑っていたのだから。
(心配させて悪かった。私に光人の体を奪うつもりはないよ、これからも。)
(ああ、心配した。この世に未練があってこういう状態になっているんなら、当然、身体を手に入れたいって可能性、考えてた。)
(悪かった、光人。今、何ができて何ができないか、試しているんだ。今回のもその一つだった。タイミングが良かったんでな。)
(つまり、俺が寝たり、意識をなくさなくても体の主導権を入れ替えられるかってことか?)
(そんなところだ。入学式で意識を亡くした時に、瞬時に入れ替われれば、あんな大ごとにならなかったんだが、そこまで都合よくは出来なくてな。入れ替わるのに多少の時間がかかることもわかってたし、実際さっきの入れ替えでも、数秒の単位でタイムラグが発生する。)
(結局入れ替わったとしても倒れた後で、騒ぎにはなると。)
(光人の体だ。脳が疲弊していたのは事実だし、学校側も光人の事情は分かっているから、倒れたとしても何とかなると思ってな。まあ、休んだおかげか、それとも柊夏帆のおかげか、こうしてコミュニケーションが取れるようになったのは有り難い。)
親父が俺の体が欲しいわけではないことはとりあえず納得できた。
だが、今の言葉に引っかかった。
(柊先輩が、何か関係するのか)
(当然だろう。お前は夢で見たあの少女を強く意識していた。というか、私が意識していたともいえるんだが。それが、現実に現れ、その衝撃で一時的に脳がパニックを起こし、意識が飛んだんだ。過労のせいもあるがな。)
(柊先輩を意識する?)
(死ぬ直前に見た美しい少女が何者か?興味はもつだろう。特に私の場合、事故現場にいた少女の痕跡を消されてるとなると、尚更だ。お前が無意識に共有していた記憶が夢として発現し、記憶に残ってる。そこに現実では見たことのない少女が目の前に現れれば、脳も混乱するってもんだ。一時的なパニック状態で、すぐ解消したが、その後は過労による肉体の限界で、寝てしまった。脳を休めるには、私の意識も眠らせないとならないから、ついでに私も付き合ったって訳だ。)
(それのどこが関係あるんだ。今の説明は倒れた原因だろう)
(いわゆるショック療法さ。脳がパニックを起こしてくれたおかげで、分断されていた私の意識と光人の意識に接点が生じたと考えられるからな。)
(そうなのか。というか、親父の魂は俺の脳内にいるってこと?)
(私という人格がどういう形で存在しているのかは今のところ不明だ。だけれども、私の人格もしくは記憶はこの光人の脳内に刻まれてると考える方が納得できる。)
(よくわからないんだが。そう考える根拠みたいなもんってあるのかよ、親父)
(最初にお前だけが持つ記憶を、私が言おうとしたことを忘れたか。)
(えっ、あれか。)
(そう、お前の黒歴史の一つだよ。二戸詩瑠玖への告白)
(やめてくれ~!)
(あれを私が普通に知っているわけがないだろう。お前の記憶を知らなければな。お前の記憶、つまり光人の脳内の記憶だ。)
(あっ、深く考えてなかった。だけど、俺は親父の記憶なんてわからないよ、どういうこと?)
(それは私にもわからない。私の記憶を光人、お前に分かるようにできるか試してみたが、うまくいかなかった。)
(そういえば、倒れて寝ている最中の親父との会話でも情報の共有がどうとか。その後、親父の意識が深いところに沈んでいく瞬間があったような。)
(よく覚えているな。まさにその時さ。私の情報を何とか光人に伝えられればと試してみたんだが、失敗した。たぶん、まだニューロンのつながりが弱くて、情報を大量に扱えないようだ。)
(ニューロンって、あの神経の。)
(わからないことが多すぎるから、学術的なことは後回しにして、光人や、静海、舞子の幸せのための行動を優先しているんでね。これから時間があれば、お前に負担を掛けない程度にやってみるよ。)
親父はかなり詳しく状況を知っているようで、なおかつ、俺の知らない秘密をもってそうだが、今のところ、聞くべき段階ではないのだろう。実際知らないことも多そうだ。
(それよりも、光人、ママに連絡して、ママの勤める川上診療所で見てもらうように頼め。学校に報告するにしても、診てもらわないとな。)
「ああ、お袋に説明するのか~。また、心配かけちゃうな~」
自然と言葉が口から滑り出した。
やばい、今は一人だからいいが、脳内の親父と喋ってるときに口に出たら、危ない奴認定、でちまうな~。
(ああ、気をつけろよ。それに、愛しい宍倉あやねるに会いたいなら、しっかり医者に診てもらえ!)
(愛しいってなんだよ!あやねるとか言うんじゃねええええ~~)
俺は心の中で絶叫しながら、顔が赤くなってくるのがわかった。
いや、宍倉さんがいくら優しく見えても、もう、あんなことは御免だ。
二戸詩瑠玖。
その名が浮かんだ。
(こりゃまた重症だな。あやねる、頼むよ~)
(だから、あやねる、言うなあああああああ)
俺は脳内でため息をつく超絶過保護親父に困りながら、スマホでお袋、白石舞子の携帯に電話した。




