第34話 事故について Ⅱ
親父は少し息をつくと、また話始めた。
母に少し生気が出てきたころです。浅見夫妻からどうしても会いたいとの連絡がありました。
母も何とか立ち直り始め、その姿を見た妹の静海も何とか日常の生活に戻ろうとしている頃です。
鶴来弁護士に立ち会ってもらい、この家に来てもらうようにしてもらいました。
浅見夫妻はその仏壇に線香をあげた後、私たち家族に向き直り、まず感謝の言葉を告げたのち、土下座するように謝罪の言葉を繰り返しました。
あまりにも過剰に謝られたので、こちらも困ってしまいました。
「亡くなってしまったのは悲しく悔しいけれども、父のとった行動、あなたたちの大切なお子さんを守るために飛び込んだ勇気は、褒められこそすれ、謝られることではない。私たちは父を誇りに思っています。」
確かそんなようなことを言った気がします。
その時の二人は、我々ほどではないにしろ、やはり疲れていました。
息子さんは助かったものの、結果的に死亡した人が出てること、その人が息子を助けてくれた恩人であることもあったのでしょうが、ショックで、息子さんがしゃべれなくなっているようでした。
また、息子さんを助けるために人が死んでるということで、心無い人からかなりの誹謗中傷があるようでした。
私の言葉で少しでも心の重さを少なく出来ればいいなと思って言った言葉です。
あとから、感謝の手紙を受け取りました。
特にその後、息子さん、浅見蓮君というそうですが、言葉を取り戻したとのことです。
私の言葉も鶴来弁護士が、報道機関に伝え、誹謗中傷に対して一定の効果があったそうです。
柊先輩の親戚ということは、今日初めて知りました。
まだ、事故のことがすべて終わったわけではありません。
でも、今、何とか日常を取り戻しているという感じですね。
親父の話が終わった。
しばし、沈黙。宍倉さんが涙をぬぐっていた。
「白石君、大変だったんだね。」
泣いてる宍倉さんも、はかなげでかわいいなあ。
(光人、不謹慎にもほどがあるぞ。お前に同情してるんだろうが)
(そうは言ってもさ)
「まあ、白石が大変だろうとは職員会議でも出ていたから、フォローするようにってのはあったんだが、実際に聞いてると、どういっていいものやら。まあ、今は大丈夫そうだからいいけどな。妹の静海ちゃんだっけ、うちの中学の。あの子も大丈夫なのか。」
「さっきの通りです。兄を兄とも思わない態度で、困ったもんですが、元気になったのは、先ほどの通りです。」
うん、うん、と3人が同時に頷いている。なんだ、そりゃ。
「まあ、質問てのもなんだが、この2か月くらいで、その処理をすべて終えたのか?白石一人で。」
俺もそう思う。
俺が、実際やったことは、浅見夫妻に告げた言葉だけだ。
「一人じゃないですよ、先生。ほとんどが鶴木さんという弁護士がやってくれてます。こちらもちゃんと費用は払っていますし。父の知り合いということで、費用は少し安くしてくれてる感はありますが。」
俺の口を通して親父がしゃべってる。
「それはそうなんだろうが。」
少し考えるように岡崎先生が口ごもっている。
それは俺自身が感じていることだ。
これからは、自分の体が親父に操られて具体的に何をやったのか、もう少し知った方がいいと思ってる。
どう考えても、中学3年生ができることとは思えない。
弁護士がサポートしているからと言って。
すでに時刻は午後2時30分を回っている。
みんな、昼食を食べていない。
ここで格好よく作って見せれば俺の株はうなぎのぼり~。
(私に料理を期待するな)
すかさず、現時点で体を動かしている親父が突っ込んできた。
「少し長居してしまったな。白石、これからこの二人を送っていくよ。」
先生がそう言い、立ち上がった。
「こんな時間まで付き合わせてすいません。先生、宍倉さん、鈴木さん。気を付けて、帰ってください。」
俺も立ち上がり、リビングの扉を開けた。
他の二人も立ち上がり、玄関に向かう。
通りしなに宍倉さんが柔らかく俺に向かってほほ笑んだ。
「白石君、私に何かできることがあったら言ってね。今日知り合ったばかりで、何なんだけど。そうだ、連絡先交換してもいいかな」
宍倉さんは自分の鞄から可愛らしいピンクのスマホを取り出して操作した。
QRコードの画面をこちらに差し出す。
親父が慌てて俺のアイボリーホワイトのスマホを出して、宍倉さんに向けた。
電子音が鳴り、交換終了。
「そういえば、妹ちゃん、日照大千歳中学なんだよね。うちの弟も今年中2なんだわ。鈴木悠馬って名前。もしかしたら妹ちゃんと知り合いかも。これも縁ってやつかしら。うちともLINE交換しよ。」
いうが早いか、いつの間にか持っていたゴールドのスマホを俺のスマホにかざした。
すぐに電子音。
はやっ!これが陽キャ元気女子高生か。
「弟さんも日照大千歳中学か。縁って繋がるもんですね。」
親父が丁寧に返す。
玄関を出て、学校の公用車に3人は乗り込んだ。
「まあ、大丈夫だと思うが、病院行ってみてもらって来い。で、明日俺と、柴波田先生にも報告、よろしくな。」
「白石君、明日、学校で!」
先生と、志倉さんから声を掛けられた。
鈴木さんは一応手を振ってくれている。
その後、ちょっと3人が車内で何か言っているようだが、それは俺の耳には届かなかった。
3人を乗せたプリウスが静かに走り出した。
俺の体を操る親父は、去り行く車に軽く手を振っていた。