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第3話 入学式の朝

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 自分の目の前に小学生くらいの男の子がいた。


 固まって動かない。


 自分の体が、何かに突き動かされるように飛び込む。


 男の子を突き飛ばす。


 瞬間、身体に強烈な衝撃を受ける。


 跳ね飛ばされ、宙を舞う。


 その視界にひきつった少女の顔が飛び込んできた。


 美しい少女だった。


 綺麗なダークブラウンの髪と瞳を持つその少女の顔は、恐怖に青ざめていた。


 そう認識したと同時に体はアスファルトに激しく叩きつけられ、激痛が駆け抜ける。


 声にならない叫びが口から吐き出された。



 自分の叫び声に俺は慌てて起き上がった。


 見慣れた天井が視界に広がる。


「…夢、か」


 気持ちの悪い汗が全身を包んでいる。

 心臓が恐ろしく早鐘を打っている。


「またか。今日は入学式だってのに」


 この2か月の悪夢の日々がまだ終わっていないような気がして、いつにもまして嫌な気分になる。

 ため息が自然と出てしまう。


 急にドアが開いた。


「兄貴!どうしたの、大きな声を上げて」


 隣の部屋で寝ていたはずの妹の静海(ルナ)がパジャマのまま俺の部屋に飛び込んできた。


 ここ1年で身長とかいろいろ育ってきているこの妹は、兄の俺から見てもかなりかわいい部類だとは思う。


 が、最近でこそ昔のようにしゃべるようになったものの、2か月前まではまるで汚物でも見るような目で俺を見ていた。


 こちらも外見、中身ともに陰の者でしかない自覚があり、完全に階層上位の妹からはゴキブリ以下の存在に思えたことは想像に難くない。


 2か月前の事故が起きるまでの交わした言葉は「キモっ」だけだった。


 今は、こんな俺のことを心配して飛び起きてくれるようになった。


 家族との会話はコミュニケーションの最低限のものであろう。

 それが普通に行われるようになっているのは喜ばしいことなのだと思う。


 それでも、あの事故なんか起きないほうが、妹と口をきけないつらさよりはるかにいい。


 事故―親父の死亡事故なんかより…。


 まだ、親父の死を思い出すと泣きそうになる。


「大丈夫だ。また嫌な夢を見ただけ、さ。」


「そう、ならいいけど。今日、入学式なんだから、胸張ってパパにいい顔見えるようにしてよね」


「ああ、頑張るよ。」


「そうだよ!しっかり、ね!」


 妹はそう言って、部屋を出ていった。

 遅れて俺の部屋に来ようとしたお袋に事情を説明しているようだ。


 とりあえず時計に目をやると結構いい時間になっている。

 セットしたアラームが鳴るまであと数分になっている。


 日照大学付属千歳高等学校。

 

 今日から俺が入学する高校。マンモス大学といわれる日照大学の26ある系列高校の一つだ。


 妹の静海はこの高校の付属中学に通っているため、今日まで春休みである。


 俺もこの中学入試を受けたが、ほかの私立中学も含めて全敗。

 地元の千城市立伊薙中学に3年間通った。


 この間、中学受験の失敗、失恋、友人の裏切り、いじめと人間不信のオンパレードとなり、両親をかなり心配させた。


 だがその両親の特に親父の尽力のおかげで、人並みに中学受験の失敗のリベンジができた。


 その矢先の親父の死は結果的に残された家族の絆を強めた。

 だが、俺もお袋も妹も、まだ完全に悲しみから脱却できたわけではない。

 その一つがこの夢というわけだ。


 汗を吸って気持ち悪いシャツを着替えて、真新しい制服を身に着ける。


 紺のスラックスに白いワイシャツ。胸ポケットに日照大学付属千歳高校の頭文字Nをかたどったワンポイントが入っている。エンジのネクタイを首に巻く。


 中学の制服は学ランだったので妙な気恥しさがある。

 その上に紺のブレザーを羽織る。

 机の横においてあるかばんを持ち、部屋から階下のリビングに足を入れた。


「おはよう、光人。大丈夫?」


 明るい声でお袋が声をかけた。


「夢見が悪かっただけ。いつものことだよ。」


「ならいいけど。朝ごはん準備できてるから、お父さんに挨拶してから食べな」


「あいよ」


 仏壇の中に、祖父母の写真と父・白石影人(シライシエイト)の写真がある。

 俺の合格発表の直後に撮った家族写真の時の父の笑顔の写真。

 線香に火をつけ、ゆっくり手を合わせた。


(いろいろ心配かけたね。今日は入学式だよ。親父がいなくなってしまったことは悲しいけど、その行動はすごい誇りに思ってる。きっと天国にいるだろうから俺たちを見守っていてくれよ)


(ああ、すぐそばで見てるよ)


「えっ」


 なんだ、今の声は?


「どうしたの」


 お袋が声をかけてきた。

 急に驚いたような声を出した俺に心配そうな顔を向けている。


 いつも夢にうなされているところを見てるから心配にもなるよな。


「いや、何でもない。親父の声が聞こえたような気がしたんで。きっと、気のせいかな。」


「気のせいじゃないわよ。パパのことだから心配で光人にまとわりついてるかもよ」


 本当にそうだったら、いいのに。


「やめてくれよ、お袋。親父の霊憑きなんてあったら、せっかくの新しい出会いの場が無茶苦茶だよ」


「何ひねくれたこと言ってんの。パパのこと尊敬してるくせに。」


「そりゃ、尊敬はしてるし、好きだけどさ。さすがに幽霊とかは、ちょっと…。」


 照れ隠しのように、付け加えた。


 親父の凄さはこの3年間で嫌というほど思い知らされてる。

 俺のためにあれだけのことができて、しかも人を助けるために…。


「早く食べちゃいなさい、さめるわよ。」


 食卓には二人分の食事が用意されていた。湯気を上げているご飯とわかめの味噌汁、焼き立ての鮭と漬物。


 うちの典型的な朝ごはんだ。


 妹の静海はどうせあの後二度寝を決め込んだのだろう。焼かれた一人前の鮭の切り身にラップがかかっている。


「ごめんね、入学式に出れなくて。」


「しょうがないよ、親父のことで長く休ませてもらったんだろう。一人でも俺はもう大丈夫だから。」


 本当につい最近まで俺は人間不信に陥り、他人と会うことに異常におびえていた。

 お袋の心配も当然だ。でも親父の様々な援助は確実に俺の中で生きている。


 お袋の白石舞子(マイコ)は診療所で看護師をしている。


 この入学式シーズンで他の同僚たちの休み希望が重なり、それまで親父の事故死の後処理でずいぶん休ませてもらったことから、今日の出勤を申し出たという。


 親父の死のショックは俺たち以上だと思うが、俺たちが私学に通学している事情もあり、働く気力が出てきたとのことだ。

 体を動かし、ほかのことを考えないようにすることは、精神衛生上いいらしい。


「いただきます」


 お袋の用意した朝食をしっかりと食べる。

 一緒にお袋も箸をつけた。


「今日は何時頃帰ってくる予定になってるの」


「午前中には終わるはず。明日からオリエンテーションとかだったはずだ」


「お昼用意できなくてごめんね。お金置いてくから適当に、お願いね。」


「おーけー。静海はどうするって」


「午後から友達と遊びに行くそうよ」


 しゃべりながら、そそくさと朝食をほおばる。

 しっかりと食事もとれるようになった。


 とはいえ、ここ最近妙に疲労感を覚える。

 しっかり寝てるとは思うんだが、父の死による環境の激変の所為か、疲れが芯に残ってる妙な感じ。

 夢見の悪さも手伝って、眠りも浅い気がする。

 お袋に入らぬ心配をされそうで、全く言ってないが。


 いや、もう大丈夫だ。


 自分を奮い立たせるようにそう言い聞かせる。


「ごちそうさま」


 食事を終えたところでいい時間になった。

 通学には大体1時間くらいかかる。


 食器をシンクに放り込み、鞄を抱えて玄関に向かった。


 お袋が追いかけてきて声をかけた。


「光人、本当に大丈夫?もし何かあったらすぐにクリニックに連絡入れてね」


「わかってるよ。じゃ、行ってきます」


 高校指定のローファーに足を突っ込み、玄関を出た。


 新しく通う高校に期待とともに不安があった。


 幼馴染で自分がいじめにあった時に助けてくれた恩人の「村さん」こと西村智子も同じ学校だ。

 だが、俺をいじめていたグループの一人、大江戸天(オオエドタカシ)も入学すると聞いている。

 あれだけ問題になったのだから、もう俺に変に絡んでくることはないと、思いたいところだが。


 嫌な考えを振り払うように頭を振り、新しく通う高校に向かうため、最寄りの駅に歩き始めた。




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