第29話 積極的な宍倉さん
「私も白石君を送るのに付き合います。」
さすがに俺も宍倉さんの言葉に唖然とした。だって、宍倉さんち、完全反対方向じゃないか。
「さっきの話、詳しく教えてほしいんです。白石君のお父さんが亡くなってるなら、お線香あげたいですし。」
何、この積極性。
えーと、知り合ったのって、ほんの数時間前だよね、宍倉さん。
「友人も一緒に連れてってくれたら、尚嬉しいんですけど」
宍倉さんが何言ってんのか、わからない。
ふと、横の岡崎先生を見ると、完全に頭を抱えている。
そりゃ、そうだよね。うん、俺も同感。
本音を言えば、宍倉さんと数分でも一緒に居られるのは嬉しいけど。
「いや、時間もかかるし、お昼時でもあるからさ。その鈴木って子と帰った方がいいんじゃないか。ご両親も心配しているよ。」
岡崎先生がすごく真剣に宍倉さんを諭している。
が、頑なに先生の案を突っぱねる。
先生に拒否されたことで、より強い語調になった気がする。
「両親には、友達ができたんで帰りが遅くなることを今LIGNEで伝えました。伊乃莉にも事情を説明するLIGNEを送ったら、了解とのことです。お昼に関しては、お金を少しは持ってます。帰りがけにでも食べますので、心配しなくても大丈夫です。」
事故の事情はともかく、うちの父に線香をあげたいなんて言ったら。
(うーん、いい子だ、光人!連れっててやれ)
ああ、さっきの電気が走ったような痺れは親父の所為か。
(やっぱり、さっきの親父との会話は夢ではなかったんだ。)
(当たり前だ。ただ、段階を追ってお前と話ができるようになってるが、いつでもお前といることは忘れるなよ。)
「ええ~」
親父と頭の中で会話しているつもりが、口をついて出てしまったらしい。
「白石君は、私が白石君のお宅に行くのは嫌?」
「あ、ごめん、今のはそんなつもりじゃなくて…。宍倉さんといられるならうれしいな~何て思っちゃって。」
「えっ」
宍倉さんが急に顔を俯かせて、声に詰まった。
耳がどんどん赤くなってる。
さっきまであんなにグイグイ来てたのに。
あれ、っていうか、さっき俺なんて言った。
親父と会話してるのが声になって出て、誤魔化そうとして…。
(宍倉さんといられるならうれしいな~何て思っちゃって。)
(リピートすんな、くそ親父。)
(いや~、なんか自分の言ったこと忘れてそうだから、再生してやった。)
(いいかげんにしろ、忘れたわけじゃない、なかったことにできないか考えてたんだろうが、あんな恥ずかしいこと、本人の前で言っちゃって)
脳内で人のチャチャを入れてくる親父と言い合いしていると、俯いていた宍倉さんが、顔をあげた。
見事に顔が赤くなって、少し涙目になってる気がする。
あれ、もしかして俺、女の子を泣かせちゃった?
(知らないうちに、俺の息子は女を泣かせる男に成長していた)
(うるせーって言ってんだろう。人の心の動きにいちいち批評を入れるな。)
「セ、先生。白石、くんも、こう言って、くれてるんで、あの、その、えーと、一緒に行かせてください!」
(おい、光人!私の知らないうちに、この子に何したんだ)
(何人聞き悪い事言ってんだよ!何もする分けねえだろう。この状況で親父に知られずに行動できる方法があるならぜひ教えてくれ!)
(無理だ)
あ、やっぱりずっと俺のやることは親父の監視付きですか。
(そうなる)
(人の独白まで絡んでくるんじゃねえ)
岡崎先生が、宍倉さんの言葉と態度に、視線を俺の方に向け、変な目つきになってる。
(安心しろ、お前の考えてることは間違ってない。この先生は、保健室で絶対光人がこの女の子に手を出したと思ってる。)
親父のありがたくもない解説が頭にこだましてる。
「先生!その眼付、何ですか?俺、宍倉さんに何もしてませんよ?」
「いや、俺は何も言ってないんだが…。でも、宍倉の態度見てるとな」
宍倉さんが顔が赤いままもじもじしてる。
あ、ダメ、可愛さが劇まし!
(激しく同意)
(いいから、やめろ、な、親父)
「ま、いいか。宍倉、その鈴木って子と一緒に白石の家に連れて行ってやるが、また俺はこの学校に戻ってくる。車は学校の公用車だからな。帰る途中の適当な駅でおろすから、二人で帰宅ってことで、いいか」
岡崎先生は妥協点としてそんな提案をしてきた。
「はい、ありがとうございます。」
宍倉さんの顔が笑顔に輝く。
本当に、宍倉さんに何があったのだろうか。
友達を巻き込んでまで。
「ちょっと車とってくるんで、お前たちは校門で待っててくれ。」
岡崎先生はそう告げると、そそくさと職員室の方に向かって歩みを進めた。
俺と宍倉さんはその姿を見送って、昇降口に向かって歩き出した。
しばらく無言で歩く。
適当な話題が出てこない。
当たり前と言えば当たり前だ。
つい数時間前に知り合ったのだ。
その間に異常な事態、端的にいえば俺が倒れた、なんてことがあったのだ。
話題なんてそうそうない。
そーっと、横を歩く宍倉さんを覗き見る。
目が合った。
びっくりして、慌てて顔をそむけてしまった。
「白石君、やっぱり、迷惑だったかな。」
少ししょんぼりしたような声で聞いてきた。
「白石君がいじめられてた話聞いてて、なんかしてあげたいって思ったの。でも、できることなんて何もなくて。」
そむけた顔をもう一度宍倉さんの方に向ける。
宍倉さんの頬はまだ少し朱色に染まってる。
それでも一所懸命に俺を見ていた。
思わず歩みを止めた。
「そしたら、柊先輩が、白石君のお父さんの事故を聞いてきて。そんなことが白石君に起きてるなんて。でも二人の会話じゃ、お父さんが柊さんの従弟を助けて亡くなったってことしか分からなくて。でもそんなことより、いじめの時に助けてくれたお父さんを亡くして、白石君が本当に大丈夫なのかな。教室の時の白石君は明るくて、まさかそんな重いものを背負ってるようには感じなかった。でも、急に倒れて、多分つらいはずなのに、柊先輩は自分のことだけで、いっぱいいっぱいに見えて」
(この子、なんなんだ!なんでこんないい子がお前のそばにいる!)
(俺のこと心配で、一緒に居たいってこと?)
(なんで疑問形なんだ、光人!そう言ってんだろう。)
親父の心が頭に響く。
宍倉さん、中学の時何かあったのか。
「あの、変な事言っちゃって、ごめんね。でもできれば、何があったか知りたい。白石君が話したくないなら、聞かないけど。何か力になりたいの」
やめて、そんな、うるんだ瞳をこっちに向けないで。
なんか、俺、耐えられなさそう。
自分の中の熱いものが急速に大きくなっている気がする。
(安心しろ、光人。私がいる。)
急速に冷めた。
そうだ、24時間体制の監視の目があった。
「ありがとう、今は鈴木さんだっけ、待ってるし、岡崎先生も来るから、急ごう。」
「うん、わかったよ、行こう」
何か吹っ切るような感じで宍倉さんは歩き始めた。
俺は慌てて宍倉さんを追いかけた。