第27話 ダークブラウンの髪の美少女
「白石、二人きりだからって、宍倉によからぬことでもしたのか」
突然、男の声が頭上からした。見上げたら、微妙な顔で保健室の入り口に岡崎先生がいた。
後ろからにやけた感じの柴波田先生も覗いてる。
うわー、とんでもないとこ、みられてる!
「いや、あの、何も、何もしてません」
俺は大慌てで、二人の先生が考えているであろうことを否定した。
とはいえ、泣き止んでくれてはいるようだが、宍倉さんを泣かせてしまったのは紛れもない事実。
「ただ、ちょっと悲しい昔話をしていただけで」
しどろもどろになりながら、何とか説明する。
「はぁい、じらいじぐんに、なにがざれだわけじゃないでず。」
かなりの涙声で、それでも俺の無実を伝えてくれた。
「白石、中2のいじめの件か」
びっくりした。なんで知ってるんだ。
まさか、聞かれてた。
話の内容もだけど。宍倉さんに手を握られて顔が熱くなってるの、みられてた?
「そんな驚かなくてもいいだろう。中学からの申し送りでその辺の事情は聞いているよ。宍倉が同情するのも頷ける。」
かなり驚いた顔をしていたらしい。
でも、中学からそんな情報がこの学校に来てるとは思わなかった。
「宍倉も、しっかり顔を拭いとけ。せっかくの入学式当日に何かあったと親御さんを心配させるぞ。」
ちょっと、その言い方。
すごく気になるんですけど、岡崎先生。
宍倉さんにも中学でなんかあったんすか。
「白石、調子はどうだ。いいようなら送ってくぞ。入学式で倒れたってのはちょっと心配だからな。柴波田先生は睡眠不足だって言ってけど、学校側としても最低限のことはしないといけないってことで、高校の公用車貸してくれたから。」
そうしてくれるなら助かるけど、宍倉さんが心配だな。
「宍倉、お前も心配だから送ってくぞ。」
「先生、ありがとうございます。でも、白石君とは帰る方向逆みたいで。」
あ、っていう感じで岡崎先生が「しまった、そうだった」と言ってるのが聞こえた。
ここからうちに来てから東京方面じゃ、めちゃ時間かかるよな。
「まあ。そうなんだが、今の状態のお前を独りで帰すわけにもいかないんだよな」
どうも、宍倉さんにも中学時代に傷ついたことがありそう。
だから、俺のいじめの話に共感してる感じがある。
「いいや、とりあえず一緒に車に乗れ。行きながら考える」
強引だなあ。でも、しばらく宍倉さんと一緒なのは嬉しい。先生邪魔だけど。
「じゃ、行こうか。柴波田先生お騒がせしました。」
「いいえ、大したことがなさそうで安心よ。でも、一応病院で見てもらって、報告してね。白石君」
そう言いながら、ニヤニヤした顔で俺と宍倉さんを見ている。
きっとこの人、ラブコメ、少女漫画大好きなんだろうな。
宍倉さんが立ち上がり、俺もベッドから抜け出した。
宍倉さんが抱えていたカバンを受け取る。
ずーっと宍倉さんの膝に置かれていたやつだ。うらやましい。
宍倉さんも椅子の脇に置いていたカバンを持ち上げ、岡崎先生の後に続き、保健室を出ようとした時だった。
ダークブラウンの髪の毛の少女が近づいてきた。
柊夏帆先輩。
俺がその姿を見て、倒れてしまった女性。
その美しい艶やかなダークブラウンの長い髪が、舞い散る光の微粒子を受けて煌めく。
「岡崎先生。」
「なんだ、柊」
呼ばれた先生が答える。
「さっき、私が演壇にいたときに倒れた新入生がいましたが、確か岡崎先生のクラスの子ではありませんか」
「ああ、お前の時だったけな。柊も調子悪そうにしてたようだが、大丈夫か」
先生はそう言いながら、俺たちの方に視線を動かした。
「はい、お陰様で。ここのところ、少し疲れがたまっていたようで。倒れたときの音にびっくりしちゃって、よろめいちゃいましたが。それで、その生徒さんは大丈夫なんですか」
「ああ、睡眠不足だそうだよ。白石、宍倉、ちょうどいい、紹介するよ。」
一瞬、柊先輩の体がビクンと体が緊張したような気がした。
「さっき、生徒会役員の時、紹介があったと思うが、3-A特進クラスの柊夏帆だ。学力優秀な先輩だが、まあ、見た通り、この高校で1,2を争う美女だ。ちなみにファッション誌で読者モデルもしているということだ。」
「岡崎先生、その発言は下手するとセクハラ案件じゃないですか。」
柊先輩が先ほどの緊張がなかったかのように、柔らかい笑いで先生を諭す。
俺と宍倉さんも保健室から出て、柊先輩に軽く頭を下げた。
「1-G岡崎先生のクラスの白石光人です。先ほどは、先輩の自己紹介中に倒れるなんてマネして、申し訳ありませんでした。」
「私も岡崎先生のクラスの宍倉彩音です。よろしくお願いします。」
続けて宍倉さんも柊先輩に挨拶した。
その声に柊先輩は顔を向けると、急に眼を見開いて宍倉さんを見つめた。
「え、何、こんな子いたの、うわー可愛い。岡崎先生、またかわいい子集めてんですか。」
変なテンションで宍倉さんを誉めたかと思うと、岡崎先生にとんでもないことを言い始めた。
宍倉さんは上品そうな柊先輩の急変に明らかに戸惑って、俺の背に隠れるように距離を取った。
「柊、ちょっと待て。何俺が学校でハーレム作ってるような言い方すんだ。俺が組み分けしてんじゃねぇぞ。その、可愛い女の子みるたんびに、その態度はよろしくないぞ。だから女子生徒の憧れの対象の割には、彼氏できねえんじゃないか。」
「またセクハラ案件ぶち込みますね、先生。わ・た・し・は、彼氏ができなかったんじゃなくて、作らなかっただけです。あ、でも…」
最初の勢いはどこへやら、だんだんトーンが下がっていった。
これは何かあると思うのは、その場にいた全員が感じたことだ。
「お、口を濁したな。さては、」
「そんなことより、白石君だっけ、大丈夫?」
自分の立場が悪い方向へ行くことを感じ取ったようで、ちょっと強引に、本筋に戻してきた。
「あ、はい。大丈夫みたいです。心配かけてごめんなさい。一応、午後にでも医者で見てもらう予定です。」
「あー、ならよかった。入学式からの説明会で無理させちゃったかなーって」
「すいませんでした。」
妙なテンションも、優しい気づかいも、柔らかい笑顔もいちいち絵になるな。
動くたびに揺れるダークブラウンの髪が外から校舎に入ってくる光できらめいている。
少し見惚れてしまった。
すると、後ろに隠れている宍倉さんが俺の手の袖口を軽く引っ張った。
「白石君、柊先輩見過ぎ、失礼よ」
俺の耳に届くか届かない声で言った。
「逃げなくても大丈夫だよ、宍倉さん、だっけ。可愛い子見ると、私、嬉しくなっちゃうんだよ。岡崎先生の恋人の向井先輩もすんごく可愛いの」
「馬鹿、何言ってんだ!えっ、お前、なんで知ってんだよ。」
柊先輩は長い髪をたなびかせながら、岡崎先生に体を向けて、少し首を傾けた。
岡崎先生の横から見ていて、自分を綺麗に見せるすべをよく知っているなあと感心した。
読者モデルなんかしてる人は、こういうことを自然にできるものなのだろうか。
「知らないわけないですよ。向井先輩は生徒会のOBなんですから。ここ最近、良く生徒会室に来て、やっと岡崎先生を落とせたって自慢してます。あといかに岡崎先生が素晴らしいか、延々語っていきます。ラブラブですよね。」
「噂の出どころは生徒会で、うわさを流してるのが張本人か。」
うわー、詳しい話は知らないけど、なんか凄いことになってるみたい。
「ねえ、宍倉さん、生徒会入らない?私も生徒会にいるのはもう3月ほどだけど、一緒にやろうよ。宍倉さんみたいなかわいい人がいると、男の子たちの仕事の効率が上がるんだよ」
「えっ、えっ、いや、その」
宍倉さんが返答に困ってる。グイグイ来るな、柊先輩。
「柊、いい加減にしとけ。宍倉怖がってるぞ」
先生が暴走気味の柊先輩を止めにかかった。
「宍倉さん、興味があったらよろしく!」
そう言って、保健室から離れようとしたかと思ったら、くるっ、という感じでこちらを見た。
そして、俺たちの方に数歩近づいてきた。