第265話 ラブコメ的恋愛回避法
結局乗り換えの西舟野まで肩を抱く状態になってしまった。
伊乃莉のほほが赤くなってる。
おそらく俺の顔も赤いに違いない。
地下鉄のホームに移動するまで二人とも無言だった。
来た電車に乗り込む。
こちらも空いていて二人並んで座った。
「あーと、さっきはごめんな。肩なんか抱いちゃってな。」
「気にしなくていいよ。怖くて震えちゃったんだから。で、何か聞きたいことがあったあんだよね、私に。」
「そう、だった。俺の家に来るときに変に智ちゃん、煽ったろう。あれで一緒に来ることになった気がするんだけど…。なんで?」
ああ、という感じで納得顔になった。
「大したことじゃないよ。榎並さんだっけ?あの事の話で、かなりエキサイトしてたよね、彼女。正直、西村さんが光人のことどう思ってんのか、気になった。それだけ。」
「わかったのか、うちに来ただけで。」
「私が煽って、来る!ってなったところでね。かなり本気なんだって。で、光人はそれをわかってて友達でいようって言ったんでしょう。どうして?どこが気に入らないのか、逆に気になる。西村さん、かなり可愛いよ?」
「それは主に性格的にだろう。智ちゃんが俺に対して、そういう気持ちを持っていたことは何となく分かってた。で、そういう風にならないように俺が避けてた。大事な友人をなくしたくなくて。」
「そこがわからない。なにが気に入らないの?」
「顔。」
「うわ、引くわ、その答え!」
「しょうがない。こればっかりは自分でも嫌な奴だってわかってる。あんなひどい性格でも、二戸のことを引きずってるのは主に顔が好みだってこと。性格がいいし、話していて気楽なんだけど、恋愛対象として考えた時には、もうどうしようもないんだよ。もっと俺が大人になれば変わるんだと思うけど、変に、アニメや漫画、ラノベに染まった結果かもしんないけどさ、こうなっちゃったんだよ。」
「まあ、あの系統はみんな美女美少女しか出ないよね。漫画でギャグメインだととんでもない人が出てくるけど。」
「テレビや映画、SNSみたいなもんだって、みんな普通以上の女の子だろう。男は結構まんべんなく出てるけど…。」
「言われてみればそうね。私が言うのもなんだけど、化粧の技術もかなり高くなってるし。」
「別に智ちゃんが極端にひどいなんて思ったことはないんだよ。でも、優しくされて、ふと恋愛対象としてみようとしたときに、残念だな、って感情が出てくる。ひどいやつだと思ってるよ、自分でも…。」
「そんなときに自分に好意を持ってくれる美少女あやねると会って、しかも向こうがやけに好意的…。」
「自分が持てるタイプではない、ってのは中学の時に思い知らされたから、自惚れだと思ってたけど、親父関係だと思ったら、納得してる自分がいた。こんな自分をどういう理由でも好いてくれる人が居るって思ったら、結構自分に自信がついた。」
「なんとなく光人の行動が解ってきた気がする。」
「えっ、どういうこと。」
「自信がついて魅力的に見えてるって話。特に中学の失恋、いじめの体験で自己肯定感が小さかったのが、言い方は悪いけどお父さんの死を乗り越えてあやねるに認められた。この体験で自信を持った。その結果、自分を極端に卑下しなくなった。そんなとこかな。」
「他人に自分の心理を分析されるのは嫌なもんだな。自分のことを棚に上げるけど。」
「そうね。しっかりとあやねるの心理分析してたもんね。では、自分のことをわかったところで、光人はあやねるとどうなりたいの?」
「前にも言った通りだよ。宍倉彩音を支えていく。彼女が過去と向き合う日はそう遠くないときに来ると思うから。」
「どうして?」
「俺、というか親父の面影に会って自分が惹かれていることを自覚したら、もう後戻りはでいないだろうからね。」
「そう、かもね。でも、もしすべてを思い出して光人を拒絶するようなことがあってらどうするの?」
「仮定の話だから、その時にならないと何とも言えないけど…。俺が必要ないなら仕方ない。素直に身を引くよ。できれば友人としては関わっていきたいけど、さ。」
「そうね、仮定の話ね。私も、その時に備えておかないとね。」
「えっ、なにを?」
「内緒。」
電車はちょうど駅に着くとこだった。
「ああ、もう駅だね。降りよう、光人。」
「ああ。」
電車が止まり、ホームに降りて、改札に向かう。
急に伊乃莉は俺の手を掴んで引っ張った。
「えっ、どうした。」
「送ってくれるんでしょう?早く!」
「ああ、わかった。」
急に駆け出す伊乃莉に引っ張られるように階段を上がり、地上に出た。
もう日が傾いてきている。
結果的に、伊乃莉を1日引っ張りまわしてしまった。
駅から伊乃莉の家はそれほど遠くない。
さすがにここまでくれば、変な男に絡まれることもないはずだ。
昨日来たのに、また今日もこの駅に来てるのは変な感じだ。
いや、それを言うなら一昨日もこの駅には来たっけ。反対側だけど。
「伊乃莉、悪かったな。今日1日付き合ってもらって。」
「ううん。楽しかったよ。光人のこともわかった気がする。ただ、今日のことはあやねるには内緒!でしょ。」
「そうしてもらえると助かる。話してる内容がないようだからな。」
「うん、そうだね。」
相変わらずでかい家だ。
というよりも普通にスーパーマーケットだもんな。
「じゃあ、さすがにここでいいよ。今日はありがとうね。」
「こちらこそ、だよ。いろいろ助かった。」
「ここまで送ってくれたことに、お礼を言ったの。ここから帰ると結構時間かかるでしょう?」
「それは、そうだけど…。あんなとこを見ちゃったら、心配にもなる。」
「だから、お礼として、ね。ちょっと目を瞑ってくれるかな?」
何やら不穏な香りが、する。
この場所だと、近くに川も湖もない。
崖もない。
よしまずは落とされることはないな。
とすると、車道側が一番危険か。
俺は伊乃莉より車道側にいる。
2歩ほど下がって、押されても車道に出ない位置に移動。
「ちょっと待とう。何故に、今そこに移動した?」
「いや、もしかしたら背後から可愛い伊乃莉さんを襲おうとする不埒な奴がいるかもしれないと思って。」
「私は目を瞑って、って言ったんだよ。その移動の仕方、私が車道に光人を押し出すとでも考えたんじゃないの?」
「ま、まさか、そんなこと、考える、訳、ないじゃないか。ハハハ。」
さすがにあからさまだったか。
「もう、いいから目をつむりなさい。」
「はい!」
ちょっと、伊乃莉さんの瞳に影が差し始めたんで、慌てて目をつぶる。
瞬間、甘いイチゴのような香りが俺を包んだ。
チュッ。
そんな音と共に、頬に柔らかな感触!
「えっ!」
慌てて右頬に手をかざすと、微かに湿っぽい。
やばい、これは・・・。
「お、俺、何かしましたか、伊乃莉様?」
少し、後ずさり、怯えるような態度を取る。
もう、これはあれをやるしかない!
「何、ってそれは…」
伊乃莉の頬が赤く染まっている。
これは夕日の所為ではないだろう。
「今、俺の耳元で舌打ちしましたよね!」
「はあ~。」
伊乃莉の目がこれでもかってほど見開いた。
「な、なに言ってんの!こっちは、勇気を出してやったのに!」
「すいません。全く心当たりがないんです。舌打ちの理由、教えてもらえませんか?」
「もう、知らない!」
そう言うと、体を翻して、走り出した。
自分の家に向かってかけていく。
「伊乃莉、俺、なにしたか教えてくれよ!」
「自分で考えろ、バーカ!」
伊乃莉はそう言って家に駆けこんでいった。
そう、これでいい。
某ラブコメでは男子は着ぐるみを着ていて、直接唇の感覚が解らないからの誤解だったが、俺はわざと誤解したようにふるまった。
伊乃莉の行為は一時の気の迷いだ。
ナンパ男から守った俺に感謝している気持ちを恋愛感情と錯覚しただけだ。
俺はそう思いながら、来た道を戻り始めた。
伊乃莉ちゃんと光人を見ている女の子に、二人とも気づいてないな、これ。




