第264話 伊乃莉と一緒
「お邪魔しました。」
二人がそう言って、玄関から出て行こうとした。
「あーと、伊乃莉、送っていくよ。」
俺は出て行こうとする伊乃莉にそう声を掛けた。
その言葉に嬉しそうに振り向く伊乃莉。
対照的にむくれる智ちゃん。
あまりそんな顔しないほうがいいよ智ちゃん。
隣の美少女の引き立て役でしかなくなっちゃうから。
「その態度、ちょっと不服なんですけど?」
「しょうがないだろう。伊乃莉はここの駅は初めてなんだから。」
「そ、そうだよ、西村さん。私、ここの駅は初めて降りて、駅までの道、ちょっとわからないし…。」
ちょっと困りが押している伊乃莉。
少しわざとらしい気がする。
「そうね、光人。しっかり伊乃莉さん、送ってあげなさい。それでなくとも昼間ナンパで怖い目にあっているんでしょう。」
「その心配もあるから。」
「もう、わかったわよ。私はどうせナンパなんかされませんよ!」
うん、たぶん大丈夫、と心の中では言うが、さすがに表情には出さない。
「そんなことはないと思うけどさ、ここは地元もいいところだろう?」
「そうだけど…。わかった、わかりました!私は素直に独りで家に帰ります!」
恩人に対してはあまり褒められた態度ではないことを知りつつ、そっけない態度をさせてもらう。
さすがに歩いて5分もかからないところで、この住宅街で何かあるとは考えづらい。
「悪いな、智ちゃん。また慎吾と一緒に遊ぼう、な。」
「それ約束だからね!絶対!」
「了解しました。」
お袋がそのやり取りを見ていて、軽くため息をついていた。
小声で、「まったく、うちの子はいつからこんなになったのかしら」と呟きが聞こえた。
それ、どういう意味?
智ちゃんは腕をこれでもかってくらい振り回して、「またね!」と言って去っていった。
俺も伊乃莉を促し、駅に向かう。
「気を付けてね。」
お袋がそう声を掛けた横に、不機嫌な静海が見えたが、何も気づかないふりをして歩きだした。
「西村さん、よかったの?」
伊乃莉が心配そうに俺に囁いてきた。
「いいか、悪いか、ってことで言えば悪いんだろうな。でも、こうしないとずっとついてきて、伊乃莉とまともに話ができん。」
「そうだね。下手すると光人が私を送るって言って、門前仲町まで来たらついてきそう。」
「ん、俺、家まで送るつもりだけど。」
かなり驚く顔をした伊乃莉。
駅まで送るつもりだという俺の言葉を額面通りだと思ったらしい。
「えっ、いいよ、そこまでは。家まで来たのも半ば強引に言ったの、私だし。」
「話したいことがあるのは事実だよ。駅行くまでに終わらなければ、駅前の喫茶店でもいいかと思ったけど、さっきのお袋の言葉で思い出したよ。こんな美少女を一人で帰しちゃいけないな、と。」
「いや、私も、ある意味慣れてはいるから。昼はちょっと油断してあたふたしたけど…。普段は全然大丈夫なんだよ。本当だよ。」
そんなことを言ってるうちに、駅が見えてきた。
「もう着いちゃったしね。あきらめな。」
「うん、わかった。じゃあ、よろしくお願いします。」
「そう、素直なのが一番。」
二人で改札を抜け、ホームに出る。
ちょうど電車が到着した。
お袋に言われるまで、チャラ男さんに声を掛けられて、怖そうにおびえている伊乃莉の顔を忘れていたことに、実は申し訳なく思っていた。
電車の中は空いていて、すぐに二人で座る。
「まず、ありがとう。榎並と会うところに来てくれて。伊乃莉がいなかったらどうなってたかわからなかったよ。」
「お礼を言われることじゃないよ。私が変な風に煽っちゃったじゃない?あんなことしなければ、何事もなかったかもしれないよ?」
「仮にそうだとしても、どこかで爆発してるよ。あの場だからこそ、慎吾も俺の味方になってくれたけど、榎並と深い仲になった後ではどうなってたかわからない。しかも、今回は伊乃莉が第三者としていてくれたからこそ、みんなが必要以上に興奮することがなかったと思う。」
「そうかなあ。でも、もし本当にそう思ってくれたのならうれしい。私はあやねるからのまた聞きだったから、あの壮絶さって、想像してなかったから。」
そう言いながら、少し身震いしている。
思い出してしまったのだろう。
俺は何も考えずに、右隣にいる伊乃莉の肩を抱きしめてしまった。
あ、やべえ!
と思ったのだが後の祭り。
伊乃莉が怒って、またビンタしてくれればよかったのだが…。
そっと俺の胸に顔をうずめてきた。
「だ、大丈夫か?」
「うん、こうしてると落ち着く。」
あ、ダメだ、
心臓が壊れそう…。
「凄いね、光人。ドキドキしてる。」
「いや、それは…。」
「私もね、こうしてると、落ち着くんだけど…、やっぱり、ドキドキする。」
何、矛盾したこと言ってんですか!
(うーん、ラブコメだなあ)
(うるさいわ!)
私はいったいどうすればいいんでしょうか?




