第262話 静海の決意
「コウくんは確かに変わりましたよ、お母さん。前は守ってあげなきゃって感じだったんですけど。」
「そうね。お父さんが生きてた頃は、本当に心配したわよ。中学受験の失敗の時もそうだけど、いじめが起こってるときは、西村さんが泣いて駆けこんでこなければ、分からなかったわ。」
「私だって、どうしていいか分からなかったんですよ!私を庇ってあいつらにコウくんが連れていかれて…。あいつらが学校から出てきたって、出て来なくて…。暫くしても来ないからおじさんを呼びに行ったんです!」
さっきの録音を聞いていて、本当に心が軋む感覚を再確認した感じだ。
智ちゃんに録音を勧められて本当に良かったと思う。
動画まであれば確実だったのだろうが、それを自分自身が見たら、心がおかしくなってしまった気もした。
「わたし…、初めて光人が中学にあったことを聞いたんですけど。いや、あやねるから少し話は聞いてたか。でも、あんなにひどいことが起きてるって知らなくて………。」
「光人、伊乃莉さんに聞かせたの、あの時のこと?」
「聞かせたって言うか、聞かせざるをえなうというか…。」
「どうして?」
そこを突っ込まれちゃうとなあ。
(今日のこと、話しておいた方がいいかもしれんな。舞子さんなら、ちゃんとわかってくれると思うし)
(お袋に話すのは大丈夫だと思うけど、あやねるのこと、トラウマっていうんだろうな、これ。できらば静海と智ちゃんには言わないほうがいいと思うんだよな。どう思う?親父)
(そうだな、そこはうまくはぐらかすしかないだろうが…。伊乃莉ちゃんの想いは汲み取った形を見せる必要はあるだろう。でないと、昨日の今日のこの伊乃莉ちゃんの態度の変化を納得させられないぞ。下手なことを言うと、隣にいる智ちゃんが何をするか分からん)
(西村智子という子は、俺にとって安心できる異性の友達だった。何でこうも変わっちゃったんだろう?)
(わかってるだろう、光人。鈍感系ラブコメ野郎はやめておけ)
(ああ、俺が宍倉彩音という女の子に惹かれているという事実。そして、勘違いかもしれないけど宍倉彩音は俺に好感を持っている。それが親父の影響だとしても)
(ちゃんとわかってるじゃないか。だから焦ったんだろう。簡単な話だよ。智ちゃんはずーっとお前が好きだった。でも中学受験、二戸詩瑠玖への恋と失恋、いじめと会って、その感情を打ち明けることが出来ずにいた。高校受験が終わったら、もしかしたら告白をしようと思っていたのかもしれないが、そこで父親、つまり私が事故で死んでしまった。どうしていいか分からずにいたら、光人に急接近してきた美少女の出現。こんなところが物語として出来上がるんだが)
(ながながと負けフラグ幼馴染のラブコメストーリーをありがとう)
うすうす分かっていたことを、あらすじ風に言われると、なんか智ちゃんが哀れになってしまった。
本当にいい子なんだけど(顔を除く)。
気づいたら親父との会話で長い間自分の心に潜っていたらしい。
「大丈夫、光人?」
お袋に心配されてしまった。
伊乃莉がかなり心配そうだ。
少し涙目。
いや、伊乃莉さん、あんた今日泣きすぎですから!
「ごめん、思い出させちゃったかな?」
智ちゃんもいじめの件で俺が落ち込んでると思っているらしい。
本当に優しい子なんだけどなあ。
「大丈夫、ちょっとぼーっとしちゃったみたい、ハハハ。」
そう言ってごまかそうとする。
「ねえ、お兄ちゃん。なんかぶつぶつ呟いていた気がするんだけど…。誰かと話している感じだったけど?」
す、鋭い!
だが、呟くようなことはしていなかったはず!
「いや、そんなこと、ないよ。静海の気のせいだよ。」
「ふーん、そうかな?それより、そんなに酷かったんですか、その音声って?」
何を考えているのかわからない顔の静海の眼は何かを見透かそうとした感じだった。
だがそれ以上俺の心の中には触れず、いじめの証拠となった俺に対する岩谷達の音声について、瞳が潤んでいる伊乃莉に問いかけた。
「うん、ちょっとショックだった。たまに報道番組で証拠としての音声が流れるのを聞いたことはあるけど、あんなのの何十倍も生々しくて気持ち悪かった。人の悪意って、本当に醜いもんだって、初めて感じた。」
伊乃莉の環境だと媚び諂う者もいれば、逆にその立場に嫉妬し心無い言葉を吐く奴もいたとは思うが、それでも純粋とすらいえる悪意の如何に力強いことか。
「聞きたいのであれば聞かせるよ、静海。でも、聞いて気持ちのいいものではないことは心しておけよ。」
「わかってる!とは言い切れないけど…。でも、お兄ちゃんの傷は、今更だけど、知っておきたい。」
そう言って、肩をすぼめた。
その当時、静海は中学受験でかなり神経質になっていた。
だから極力この件に触れないようにさせていた。
だからその後に殆ど引きこもりになった俺を冷たい目で見るようになっていった。
多少の事実と多くの噂が静海の耳に入ったはずだった。
静海もあの当時のことを受け止められるようになったと思うべきなんだろうな。
「いいんだな、静海。」
「うん。」
決意の表情を確認し、ポケットから出した携帯から、再生のボタンを押した。
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