第259話 異様な雰囲気
「白石君を、信じます。」
榎並が、震えるようにして言葉を口にした。
さて、その言葉が真実か否か。
俺は大きなため息をついた。
その言葉、態度から、今は真剣にそう言っているのだろう。慎吾との仲もあるんだから至極当然の答えだ。
だが、果たして、それがいつまで続くか?
「という事だそうだ。俺は別にどっちでもいいんだが、慎吾、どうする。榎並はお前とは別れたくないってことだろう?」
「俺だって、別れたくはない。でも付き合うときの最低の条件をさっき虹心は破って、あろうことか光人に向けて聞くに堪えない暴言を吐いた。初めてさっきの録音を聞いたくらいに気分が悪くなったんだ。それも本当なんだよ。虹心の本心が知りたい。仮にこの場で本心を隠されて付き合ったとして、うまくいくとは思えないんだよ。」
「そんな、あんな酷いこと、うち、言ったってこと…。」
榎並がまた涙ぐみそうになった。
「ほ、本当に、そう思ってる、榎並さん。」
落ちこんでいたと思っていた智ちゃんがそう榎並に声を掛けた。
横顔しか見えないが、かなり真剣に榎並を見ているようだ。
先程の俺を庇っての反論がかなり厳しめだったのを思い出したのだろう。
それでも、そんな智ちゃんの視線を正面から受け止めている。
今回は榎並の言ってることを信じてみようと思った。
「本当だよ、西村さん!さっきはごめんなさい。」
「本気で謝る気があるんだったら、謝る相手を間違えてない?さっき、この録音を聞く前の謝罪は本気ではなさそうだったし。」
うん、智ちゃんもそう思うよね。
どう考えても慎吾と別れたくない一心で言ってた見たいだったもんなあ。
だが、まさかあんな証拠が出てくるとは露ほども考えていなかったのだろう。
本当にちょっと懲らしめただけと信じていたんだろうな。
(光人を助けに行った時の惨状は酷かった。今も元気に生きていることに、本当にうれしい)
(そう言ってる本人が先に死ぬんじゃないよ、まったく)
(いや、順番通りに死ぬことは、非常に自然だよ。親より早く死ぬことほど、親不孝のことはないんだからな。覚えておけよ)
(お、おう)
榎並が立ち上がって俺に身体ごと向いた。
「白石君!本当に、ごめんなさい。白石君の事、誤解してました!今までのことも含めて、謝ります。ごめんなさい!」
深々と頭を下げる。
なかなか頭を上げようとしない。
両脇からわき腹を突かれた。
「光人、一言許すって。」
「コウくん、頭をあげてって。」
伊乃莉と智ちゃんから囁くように言われた。
「ああ。」
言おうとした。
「あんな酷いことをされたなんて知りませんでした。」
「許す」と言おうとしたらその前にかぶせられた。
俺が何も言おうとしないことに、焦ったのだろうか。
「あの、こんなこと聞くのも何なんだけど、あの、録音されていた嫌な感じの音、何?」
話から想像はつくだろうけど、いわなきゃだめかあ~。
「うーん、想像はついてると思うけど、思い出すだけで痛みが思い出されちゃうけど…。これも、以下に奴らがひどかったかってことを分かってくれれば、いいか。」
大きく息を吸い、吐く。
「腹を蹴られた時の音と、靴で側頭部を押し付けられた音、そして尻を蹴られた音、だった。」
榎並と伊乃莉が口元を手で押さえてる。
もしかしたらかなり胸やけのような気持ち悪さに襲われたようだ。
榎並は思う存分気分を害して欲しいが、巻き込んだ伊乃莉には悪いことをスタと思ってる。
怒りに任せて録音しておいた音源を聞かせるべきではなかったな。
「腹を蹴られ、胃の内容物を吐き出し、それすら罵倒され、頭を踏まれ、人格を否定され、さらに尻を蹴られた。自分で人の尻を蹴って痛めといて俺のせいにされてる。奴らはそんなクズな奴らだ。全員殺したいぐらいだ。今、自分で聞いても怒りが込み上げてくる。」
智ちゃんと伊乃莉がまた泣き始めてる。
しまった、泣かせるつもりはなかったんだが。
これでまた「女泣かせのクズ野郎」のスコアを増やしちまってる。
「まあ、そういう訳だ。二戸がこの暴行についてどのくらい知ってるかは知らないが、十中八九、三笠は知ってると思う。俺を懲らしめろと命令したのは三笠以外ないからな。岩谷達が三笠の意を忖度してって可能性もあるけど、小遣い貰えるって喜んでることからも、まず間違いない。そこまで追い込むことが出来なかったのが悔しいよ。陸上部で一緒のいたときは親友なんて思った自分に腹が立つ。」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。」
泣きながら、俺に謝ってくる。
俺は慎吾を見た。
慎吾が頷く。
そしてそっと榎並を優しく抱きしめた。
ちょっと甘い空間がそこに展開されて、俺は胸焼けしそうになった。
まあ、いいんだけど。
それより、このテーブル席が異様な雰囲気のためか、周りの席に人がいなくなっている。
さらに、店員さんが遠巻きに囁いている。
甘い空間の慎吾君や、是非しっかりとした説明を山口君にしてください、お願い!




