第250話 俺の恋人
凄い目つきで睨んでくる智ちゃんに、仕方なく俺は後ろに隠れるようにしている伊乃莉を紹介した。
「隣のクラス、1-Fの鈴木伊乃莉さん。宍倉さんと同じ中学校で、親友。」
「なに、それ。いつからコウくんはそんな恥知らずの人になったの!自分を好いてくれている女子の友達に手を出すって、おかしいよ、絶対‼」
輪をかけて起こり始めた。
何で手を出した前提で怒ってるんだ。
今回に関しては純粋にあやねるのことであっているのに…。
「宍倉さんの親友だが、俺は別に手を出した覚えはない。重要な話があったから、そのために会っていただけだ。智ちゃんに文句を言われる筋合いはない!」
強い口調で智ちゃんに文句を言ってしまった。
そんなつもりなかったんだけど、あまりにも理不尽なことを言ってくると、腹も立つってもんだ。
でも、もしかしたら、智ちゃんにこんな強い口調を使ったのは、初めてかもしれない。
俺の口調に、何か言おうとしたが、智ちゃんは結局口をつぐんだ。
「別にこの子と、何かあるわけじゃない。ただ、これから榎並虹心に会うのに、鈴木さんに居てもらえると、心強いと思った。」
「それは変でしょう、コウくん。確かに榎並さんはコウくんに対して、敵対的な態度をとるかもしれないけど、完全な部外者をこの会に入れるのは変だよ。一体、どんな立場だと慎吾に説明する気?」
少し落ち着いたような感じで、俺の考えの弱い点をついてきた。
もっとも、俺が呼んだわけではない。
伊乃莉が勝手についてきたのだ。
(確かに。光人が説明しようにも、全く考えていなかった事態だからな。伊乃莉ちゃん、何考えてるか分かるか?)
(何とも…。伊乃莉が何に興味を持ったんだか、全くわからないよ、親父)
(そうか。少し引いた態度でお前と伊乃莉の関係を思い出すと、少しわかると思うぞ。結構わかりやすいからな、伊乃莉ちゃん)
(そういうもんですかね)
よくわからん!
「あッと、ちょっといいですか?」
さっきの逃げるような対応から一転、会話に入ろうとしてくる伊乃莉。
さっきの態度に驚愕してしまった俺からすると、今更、と思ってしまった。
「私、光人の彼女ってことでいいですよ。」
おい!鈴木伊乃莉!
この期に及んで、何言ってくれちゃってんだよ!
「自分が何を言ってるかわかってるの!えーと、うん、鈴木さん?」
「わかってますよ!私の親友、宍倉彩音がほとんど一目ぼれの状態であり、西村さんも大好きな白石光人君でしょう。そんな彼の恋人になると言ってます。」
目が点になるってこういうことを言うんだな。
俺は完全にこの変な空気を他人事のように感じていた。
その時俺のスマホに新着メッセージを知らせる着信音が鳴った。
時刻を見るとすでに13:10を指している。
「やばい、もうとっくに約束の時間を過ぎてるよ、智ちゃん!早く行こう。」
「ちょっと待って!本当にこのメイクお化け、連れて行く気?」
とうとうメイクお化け扱いになる美少女鈴木伊乃莉さん。
でも智ちゃんのそんな罵倒を気にする様子がない。
「この伊乃莉は俺の彼女って設定でお願いする。確かに、榎並に会うときには、これは有効な気がしてきた。」
そう、この俺に彼女がいるということが解れば、変なストーカー呼ばわりはされないはず。
なんかいい考えに思える。
これが智ちゃんだと、とってつけた感じに思われかねない。
智ちゃんのお顔はちょっと残念なタイプ。
二戸にべた惚れしてた俺が、智ちゃんと付き合っているというビジュアル的に、榎並を納得させるには弱い感じがしたことは、智ちゃんには絶対言えないな。
「なんでそうなるのよ!」
智ちゃんの当然の文句。
「彼女を連れてくれば、榎並が変な噂を言ってくる可能性が低いと思わないか?」
「………。」
無言は肯定のサイン。
俺はすぐに慎吾に連絡を取る。
「悪い、慎吾。ホームにはいたんだが、ちょっと西村っちともめた!」
えっ、なにその呼び方!ってな感じの視線が飛んできた。
とりあえずスルー。
「まだお前ら仲直りしてないの?」
「俺が彼女連れてきたら、怒り出したんだよ。」
「光人、彼女って…。この前言ってた宍倉って子?」
「違う!そういう設定でお願いしたい。俺の対榎並用の盾みたいなもんだと理解してくれ。」
「よくわからんが、わかった!駅前の広場にいるから、早く来いよ!」
「了解。」
怒った顔の智ちゃんがいた。
「電話、慎吾君でしょ。智ちゃんって言ってくれなかった。」
えっ!怒りのポイントはそこですか?
「それはプライベートでだろう?さすがに慎吾相手じゃ、ちょっと…。」
「だからちゃんと慎吾君の前でも言って!」
ふと伊乃莉を見ると満面の笑みをたたえている。
完全にさっきの雰囲気がなくなって、ラブモードになった西村智子という女子を面白がっているな。
「わかった!慎吾の前でもちゃんと「智ちゃん」と呼ぶ!約束するから、今回の伊乃莉の恋人役ということを了承してくれ!」
「伊乃莉?」
「そこ、突っ込むなよ。そういう風に呼んでるんだからさ。もう時間がかなり遅れてるんだ。すぐに慎吾のところに行こう。」
「なんかうまく丸め込まれたような気もするけど…。今回のところはそれでいいわよ。」
そう言って伊乃莉にきつい目で睨んだ。
「今回だけだからね、鈴木さん!今回だけ、コウくんの彼女さんってこと、認めてあげるわ。」
本当に嫌々って感じで伊乃莉にそう言った。
伊乃莉は軽く笑って、「ええ、よろしく、智ちゃん」と返した。
その言葉に、また強い口調で、「智ちゃんはコウくんだけ!」と言って、ホームから改札に駆け足の一歩手前くらいのスピードで向かう。
俺と伊乃莉は目を合わせて、「やれやれ」ってな感じでため息をつき、しかしながら伊乃莉は満足そうな微笑を見せて、改札に向かった。
俺もその後を追った。




