第25話 保健室での目覚め
意識がゆっくりと浮上する。俺は深い眠りから目覚めたようだ。
今自分の頭の中にめぐる情報に混乱していた。
目を開くと、目の前に女性がいた。
混乱する頭でその女性を見つめる。
日照大千歳高校の制服、ブレザーにエンジ色のリボンタイを首元にしている。
ボブカットの可愛らしい女子生徒。
宍倉彩音さんだった。
目を開けて、宍倉さんを見ているとかまぼこ状の瞳と目が合った。
みるみる目が大きく開かれていく。
「先生、白石君、目を開けました。」
急に大きめの声をあげられて、びっくりした。
俺は確か、柊先輩を見てて…。
そうだ、意識を失っちまたんだっけ。
宍倉さんの後ろから白衣姿の女性が現れた。
少し脱色されたような茶色の髪を後ろで束ね、銀縁の小さめの眼鏡をかけている。
長めのまつげを携えた切れ長の目と少しうるんでるような瞳がこちらを見ている。
ピンクのルージュが引かれた肉厚の唇が開いた。
「起きたようね。初めまして、養護教諭の柴波田明菜。入学式で倒れたっていうから救急車呼ばなきゃなんないかと思ったら、寝息立ててるんだもん。拍子抜けしちゃったよ」
やっぱり睡眠不足による過労か。
「よかったよ~。もう、目、開けないんじゃないかと思っちゃったんだから。」
宍倉さんが、今にも泣きそうな感じで言った。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「彼女、心配だからってずーっと君についてたんだよ。緊張からくる寝不足だろうって言ったんだけどね。」
「あ、ありがとうございます。新入生の白石光人です。柴波田先生」
「うん、ま、大丈夫と思うけど、一応、帰ってからどっかの病院で見てもらいなよ。で、この子は君の彼女かい」
「えっ!」
唐突に柴波田先生がとんでもないことを言ってきた。
そういえばなんで宍倉さんがいるんだろう。
あのあと、どうなったんだろう?
「いえ、違います、私たちはまだ、そんな関係では」
宍倉さんの耳が真っ赤になっている。
照れてる美少女の図、可愛いなあ~。
ていうか、今、宍倉さん、「まだ」って。
えっ、どういうこと?
「担任の岡崎先生に連絡してくるよ。初々しいカップル、いや~青春だね」
あ、この先生楽しんでる。
まあ、俺も宍倉さんの照れてる可愛い顔を見れて御の字ってやつだけど。
俺は上半身をベッドから起こして、改めて宍倉さんに顔を向けた。
「ありがとう、宍倉さん、付き合ってくれて。俺、どうなったの」
赤くなって、顔を隠していた宍倉さんが、何とか顔をあげて俺の目に視線を合わせた。
目が合った瞬間、また顔が赤くなった気がする。
そんな表情されたらこっちまで顔に熱を帯びちゃうよ。
「う、うん、あのね、急にね、白石君が前のめりに椅子から転げ落ちちゃって。須藤君が抱えて起したんだけど、全然目を開けなくて。委員の説明会はいったん中止してね、岡崎先生が白石君を背負って保健室まで連れて行ってくれたの。」
宍倉さんはその時あったことを、しどろもどろで説明してくれた。
その間も俺に目をそらしたり、合わせたり、またそらしたり、忙しい。
「ごめん、急に気が遠くなっちゃって。でも、今、宍倉さんはどうしてここに」
「う、うん。白石君を岡崎先生が連れってって。説明会が再開されて、終わった後、教室に戻ってね。岡崎先生は戻ってこなかったから副担任の石井先生が明日からのスケジュールの説明して。終わったの。」
「あれ、自己紹介とかは。」
「岡崎先生いなかったのと、白石君がこうなっちゃったから、なしって感じ。そこで今日は解散になった。」
まあ、この調子なら、しっかり今日寝れば、明日は大丈夫だろう。
ああ、でも、宍倉さんが横にいてくれるのいいなあ~。
あれ、今の話からだと、なんでここに宍倉さん、いるんだ?
「宍倉さんは、帰らなくて大丈夫?ご両親、待ってるんじゃない?宍倉さんと居られるのは嬉しいけど。」
いかん、嬉しいなんて、余計な事言っちゃったあ~。
あ、また宍倉さんが俯いた。
「あ、それは大丈夫。お父さんは会計事務所やってて、来てないの。お母さんは、お父さん心配で、入学式終わったらすぐ帰ってるはず。」
「あ、でも、岡崎先生に連絡するって柴波田先生言ってたよね。あれ」
「あ、あの、あのね。石井先生が「白石君は極度の緊張で倒れたみたいで問題ない」って言ってるのに、岡崎先生帰ってこないから。あの、その、ちょっと心配になっちゃって。終わった後の石井先生に保健室に言っても大丈夫か聞いたの。そしたら、「ついでだから、白石君のカバン持って行ってあげて」って言われてね」
すごいもじもじしながら、そんなことを恥ずかしながら言った。
ダメだ、可愛いしかない。
あれ、でも、これって、え、でも、今日会ったばかりだよね、宍倉さん。
ここまでしてもらうようなことって、俺、何かした?
「あ、ここに白石君の鞄あるよ。さっき配られたプリント、悪いと思ったけど鞄の中に入れちゃった」
俺の心の耳が、宍倉さんの語尾に「てへ♡」と付けていた。
宍倉さんの膝に乗っている俺の鞄を見つめる。
その場所、変わりてー。
「あ、どうもありがとう、そんなことまでしてくれて。で、岡崎先生はいまどこに。宍倉さんが僕を見てなくてもよかったんじゃないかな」
その言葉に、顔をあげた。
少し不服そうな顔してるのは何故。
「私が来たら、岡崎先生、凄いニコニコして、「あ、いいとこに来てくれたな。ちょっと席外さなきゃならなくてな。時間あるなら白石みといてくんないかな」って言って出て行っちゃった。柴波田先生も言ってたけど何故か「青春だな~」とか言って出て行ったんだ。」
岡崎先生のそのニコニコの笑顔、きっとニヤニヤだと思う。
「あ、なんかごめん、迷惑かけちゃって。早く帰りたいよね。宍倉さんの家ってどこら辺?」
あ、いけね、女の子の家の場所聞くなんて、変態扱いされかねん。やべぇ。
「う~ん、大丈夫だよ、今日は入学式だけで早いし。家は東京で、こっからはちょっと遠いけど。」
「東京か、遠いね。どのくらい時間かかるの、通学」
「1時間ちょとかな。そこまで遠くもないよ。白石君はどの辺?」
「千城市の伊薙ってとこ、知ってる?」
宍倉さんは少し首をひねった。
まあ、東京の人は知らないよね。
「私とは逆方向だね。伊薙って、最近聞いたような気がするんだけど、思い出せないな。あ、そうだ。白石君は西村さんと仲いいの?」
急に村さんの名前が出てきて、俺はちょっと慌てた。
あれ、なんで知ってるの。
「先生から白石君の鞄頼まれて、白石君の席の鞄とプリント片付けてたら、肩叩かれてね。ちょっとお話したんだけど。」
ちょっと、村さん、いったい何を言ったの~。
「西村さんと白石君は同中なんだよね。「コウくん、いいやつだからよろしくね」って言われた。コウくんて呼ばれるくらい仲いいんだね。」
え、なんか、ちょっと不機嫌ぽいけど。
「もしかして、…。付き合ってる…の?」