第247話 ナンパ
喫茶店を出ることにした。
やたら人から注目され、会計時にはいたたまれなくなったのか、伊乃莉はさっさと表に出てしまっていた。
確かに奢るって言っちまったしな。
会計するお姉さんから微妙な視線を感じながら、代金を支払った。
とりあえずは、言うべきことは言ったし、これでよかったんだよなと思いつつ、喫茶店を出たのだが…。
伊乃莉が見知らぬ男たちと何か話している…。
と思ったら、伊乃莉の顔が嫌そうに歪んでる。
ああ、やっぱりね。
ナンパだ!
20歳前後くらいの男2人。
片方は金髪。
もう片方は黒髪だけど、耳に何個かピアスしてる。
これはまさしくラブコメ定番だ。
俺は懸命に頭の中のラブコメを検索。
ナンパへの対応を探った。
ここで他人のふりは論外。
知らない人ならいざ知らず、友人である伊乃莉の嫌そうな顔を無視することはできない。
伊乃莉なら軽くいなすこともできるかと思ったけど、全然ダメそうだ。
だからと言って、実は強いけどその素性を隠してる、なんて事のない俺にとって自信満々で「その子、嫌がってるだろう」とか言って伊乃莉を庇う事は出来ない。
とすると、とりあえず知らないふりして「知り合い?」なんて伊乃莉に聞きながら、中に入るしかないか。
うわあ、怖いんですけど…。
あとは、実はいい人でした系であることを願おう。
殴られたら痛いだろうな。
平手でそこそこ痛かったもんな。
グーパン来たら、気絶しそうだ。
その間に伊乃莉に逃げてもらうしかないな。
(本当にこういうことってあるんだな、頑張れ光人!)
(他人事のように!)
伊乃莉は元々かわいい子だ。
それが今日はメイクの効果もあってめっちゃ可愛くなってたりする。
勇気があれば声を掛けようと思うのかもしれないが…。
「伊乃莉、ごめん!待たせちゃったな。」
とりあえず、謝りつつ接近。
で、今まさに、そこに人がいたことに気づいたように装い、って、足が震えてるよ!
「誰?知り合い?」
と、さも彼氏的な態度をとる。
だめだ、体に震えが…。
「あ、光人!」
伊乃莉の顔が心細さに震えている。
それが俺の顔を見て、明らかに表情を緩めた。
やめて、その顔!
そんな顔をこの状態でしたら、そこにいるナンパ野郎様の嫉妬心を大いに煽っちゃうから。
この近くに交番ってどこだっけ?
騒ぎになったらすぐに来てね、お巡りさん!
俺は伊乃莉を庇うようにして、男たちの前に出た。
伊乃莉が首を横に振りながら俺の陰に隠れる。
つまり、知り合いではないとのことで…。
万が一、社長さんの命により連れ戻しに来たってパターンも考えてたんだけど、ではなかったか…。
「この子、俺の彼女なんですけど、なにか?」
俺は一生懸命、振るえないようにしてセリフを吐いた。
胃に痛みが…。
「ああ、なんだこいつ!お前なんかに用はねえんだよ。」
ああ、実はいい人でもないわけですね。
そうですよね、そんな都合のいいわけがない。
黒髪の男がこちらの前で邪魔するような動き。
「俺の彼女もあなたたちには用がないんで、どいてもらえますか。」
うわ、うわ、うわあああああ。
この人、すげえ睨んできてるんですけど!
「なら、お前が消えろ!そっちの子を置いてな!」
そう言って右の拳を握り締めてるのが分かった。
あれ当たったら、痛そうだな…。
そんなことを考えていたら、その黒髪の男の前に金髪の男が出てきた。
黒髪の男を手で制している。
「間違ってたらごめん。君、白石光人君、だよね?」
金髪の男がそう言ってきた。
懸命に自分の中の金髪の知り合いを脳内検索。
あ、あっぱり知り合いに金髪さん、いらっしゃいませんでした。
「ええ、まあ、そうですが…、俺のこと知ってるんですか?」
俺の名前に、先程右拳を握り締めていた黒髪の男の顔が、驚きに変わっていた。
「一部では有名人でしょう、白石影人さんの息子さんは。」
この人、動画見たんですね。
すぐに削除するように依頼してたんだけど…。
誰が撮ってたか知らないけど、記者会見で、まだ中学生だった俺の顔は流さないってことだったはずなんだけど、ネット上に流れちゃったのは知ってる。
でも普通、こんな奴の顔、覚えてないよね、こんな陰キャ野郎の顔なんて。
自分で思うだけで泣けてきちゃうよ。
(ガンバ!光人)
いらぬ応援である。
「ごめんな、君。えっと、伊乃莉さん?つい綺麗で一人だと思って声かけちゃってね。」
よかった、金髪の男がいい人だった件。
「白石光人君、申し訳なかった。」
頭までさげられてしまった。
ちょっと待って。
あの動画を見たとして、何故謝罪?
「俺、小学校の時に車に轢かれたことがあったんだ。」
急に、何を話しだしてんだろう、この人。
「横断歩道を青信号で歩いていて、わき見運転の車にはねられて、足の骨を折った。だから、子供が車にはねられそうになって、それを助けるためにその車に飛び込んだ白石影人さんを尊敬してます。」
「えっ!」
(えっ!)
「そして、子供を助けた父親を誇りだと言った光人君、君の立派な態度に感動しました。」
「はっ?」
金髪の人はそう言って、俺の手を強く握ってきた。
「今日は本当にごめんなさい。デートの邪魔しちゃったようで。君が幸せそうであって、本当に良かった。」
そう言って、また深々と頭を下げ、連れの男を促してそのまま僕たちの前から遠ざかっていった。
呆気にとられてる俺と伊乃莉を残して…。
身体の力が抜けていった。
思わず倒れそうになったところを伊乃莉に支えられ、近くのベンチに座った。
そして自己嫌悪が襲ってきた。




