第243話 初潮
「男の俺が想像して話すことじゃないことは解っているんだけど、これから話すのは生理の話。」
言った!
言ってしまった。
もう、あとには戻れないぞ、俺。
あっ、親父が完全に逃げるような意識してやがる。
さっきまでは、俺を肯定するような感じの意識があったのに…。
「えーと、セイリノハナシ…。ああ、家を片付けるとか、そう言った整理の話ね、うん、そうだよ、ね?」
うわあ~、目の泳ぎ方が半端ないですよ、伊乃莉さん!
話を聞きたくないって感じがよく出ておりますが、違いますよ!
明らかに今、あなたが想像した通り!
子供を授かるために女性の身体に起る生理現象である「生理」です。
「わかった!恥ずかしがった俺が悪い!ごめん、謝るよ、伊乃莉。ちゃんと話をしよう。俺も恥ずかしいし、こんなこと女子に話したらキモがられると思ったが、そんなんじゃダメだな。いいか、伊乃莉、俺はこれから女性の生理現象としての「生理」の話だ。覚悟して聞け!」
「え、ええ、わかったわよ…。わかったから、もう少し声のトーン下げよう、ね。それでなくてもうちら、ちょっと、人の目を集めてるからね、ね、ね!」
そうでした。
俺たち、いきなりビンタ喰らうようなことから始まってるから、カップルの痴話喧嘩みたいに思われてたんだよな。
今までも結構深刻な顔して話してたし。
OK!落ち着いて話をしよう。
「わかった。落ち着こう、うん、落ち着こう。」
「そうね、落ち着いた方がいいよね。ごめん、男の子が生理の話をしようなんて、ちょっと想像の範囲を超えてたしね。でも、あやねるの今の状況の原因に関わるんでしょう?私も光人が変態でそういう話が好きな趣味の人だとしても、頑張って聞く。例え、そういうのが好きな変態さんの話でも、耳をふさがずに聞くよ、うん。頑張れ!私。」
ああ、やっぱり、毒舌悪口が迸るんですね。
俺、そんなに好きでこの話、するんじゃないのに…。
「オレ、そんな変態じゃなないんだけど、伊乃莉さん。そんな綺麗な女子高生に言われると、俺、泣いちゃうよ。しょうじき、まだ生理という単語しか言ってないのに…。」
「もう、ごめん。変に力入ってるからさ、少しチャチャ入れたくなっちゃった。へへへ…。じゃあ、ちゃんと聞きます、生理の話。」
「じゃあ、じゃあ、話します…。生理の話って言っても初潮の話なんだけど。」
「変態、やっぱり変態さんじゃない!生理の話を男子とするのだって、恥ずかしいのに、初潮って…。変態でロリコンじゃない。」
もう、やめて、お願いです、伊乃莉さん。
もう。お家帰りたい…。
「しょ、しょうがないじゃん!あやねるの心の傷に深くかかわる話なんだから、どうしても、初めての話に…」
「今度は、初めての話って、そこから行く!初潮の次は初体験!」
「伊乃莉さん、伊乃莉さん。声、少し音量下げて…。さっきから、本当に俺たち痴話喧嘩で別れ話中の修羅場カップルになっちゃてるからね。」
「ああ、ごめん、変態でロリでエロの光人君。少し興奮しちゃって…。って、ち、違うよ!こんなエロの話で興奮って、違うからね‼」
自分で俺に変態のレッテル貼っておいて、興奮してるエロガールになっちゃてるよ。
なんか、完全に言葉に舞い上がってるとこ見ると、最初の俺のふりでかなりいろいろ、想像してたようだ。
やっと、自分が落ち着いてきたよ。
あれだね、やっぱり、人の興奮見てると冷静になるってやつだな。
「あやねるにいろいろなことが起こった時に、初潮も始まったんじゃないかと思ってる。」
いきなり、言うべきことを言った。
最初に結論を持ってくる。プレゼンテーションの基本。
「俺はあの時期に環境が変わりすぎたせいか、それとももともと始まる時期だったのかはわからないけど、あやねるの初潮が来たと想像してる。」
「変態…。」
「もう、それはいいから。男だからよく解らないけど、女性の初潮は、それなりに精神的に衝撃があるんじゃないかな。どう、伊乃莉の時?」
「この状況でそれ、聞いてくる?やっぱり変態…。」
「わかったから、どうなんだよ!俺は本当にわかんないし、聞ける相手がいないんだから。」
「だって、妹いるじゃん!静海ちゃんに聞いて見なよ。」
「聞けるわけないだろう!それでなくても、ついこの間まで俺をゴキブリ視るような眼で見てた妹だぞ。またあの暗黒時代に逆戻りしちまうよ。」
「今の妹ちゃんの雰囲気だと大丈夫だと思うけどな…。」
「万が一、まだ来てないってなったら、どうすんだよ。伊乃莉責任取ってくれるのか?」
「えー、中2でしょう?来てないって…こと、あるかもね、うん。少ないけど、中学できたって女の子、いたわ。」
「話がそれてるから、もう一度聞くよ!伊乃莉はどうだった?」
「本当に変態だね、光人。まあ、話が全然進んでないから、恥ずかしいけど、言うよ。別に、って感じ。」
「おい、それのどこが恥ずかしいんだよ。」
「生理の話を男子にすること自体が恥ずかしいの。別に、女子の第二次性徴の話は聞いてるし、準備もしてたしね。生理が来た時は「ああ、こんなもんか」って感じだった。ただ、早く来ちゃったことか、準備が間に合わなかったりして慌てた子は確かにいたよ。あと、生理前後の体調の変化がひどい子もいるから、人それぞれって感じかな。」
「ああ、そうなんだ。じゃあ関係なかったかな。なんか、そうすると俺だけ変な想像した変態扱いされちまうな。」
「それは安心していいよ。もう私の中では光人は「変態で女泣かせのクズ野郎」って更新されたから。」
「どういうレッテル貼ってんだよ!」
どんどん俺のイメージが悪くなっていく。
悪魔めいた笑みを浮かべる伊乃莉。
くそっ、それでも魅力的に見えるのが腹立つ。
「で、なんでそんな変態想像をすることになったの?流石に何もないところからそこまで想像するほどの変態脳は持ってないでしょう?」
(ぎくっ!)
(やっぱり親父が変態脳だとバレてるぞ)
(ち、違うだろう、光人。この話はギャルの有坂裕美さんの日向雅さんを語った時、あやねるの態度からの推測だろう?)
(そういう事にしといてやるよ)
「変態脳とか言うのはやめてくれ。これは文芸部に見学に行ったときなんだけど。うちのクラス、1-Gに日向雅という子がいるんだけど、その子について何か知ってるような副部長の有坂先輩に聞いたんだ。」
「ああ、あのやけに目立ってたギャルみたいな先輩ね。確かやけに光人に絡んでたな。」
「そうなんだけど。その日向さんの事を聞いた時に、何故か初潮の話になったんだ。」
「光人、なんでそんなときに初潮の話が出てくんだよ。」
「まあ、それは個人的な話なんでちょっと…。ただ、それまでは別に普通だったあやねるが急に俯いて、ちょっと体調が悪くなったような気がしたんだよ。その時は別にすぐ普通になってたし…。そんなに気にしてなかった。ただ、あやねるのうちに行って、真理さんからあやねるの精神的な障害の話聞いて…。いえに帰る途中で、初潮の話を聞いてた時のあやねるを思い出したんだ。だから何かあると思ったんだけど…。」
俺の話を最初は揶揄う気満々という感じで聞いていた伊乃莉が、急に黙り込んだ。
さっきまでの「変態」を連発していた雰囲気がなくなってる。
「光人、その話、もしかしたらありかも…。」
伊乃莉がポツリと呟いた。




