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第242話 記憶の封印

「光人、それ、どういうこと?」


「引っ越した先は今までの小学校の隣の学区だった。小学校までの通学距離はそんなに変わらないらしい。だとね、わざわざ転校しなくても今までの小学校に通うことはできたんだ。しかも、こういう選択肢があった時、大抵の保護者は子供の環境を変えたくないから、転校させないことが多いらしい。」


「じゃあ、それって…。」


「そう、伊乃莉と別れなくて済んだんだよ。当然他の友人ともね。」


 そう、親友と呼べるくらいになった人と別れなくてよかった。

 伊乃莉のことを忘れることはなかったはずだ。


「じゃあ、じゃあさ。なんで転校しちゃったのよ!私に一言もなく…。」


「あやねる、宍倉彩音が選んだわけじゃない。選んだのは父親の敏文氏だよ。」


「だから、なんで…。」


「真理さんが言ってたよ。あのビルで会計事務所を開いている敏文氏は、あの近辺の商店で構成される商店街に属している。そこの会長という人に頼まれたらしい。子供が引っ越してくるなら、そこの学区の小学校に転校させてほしいと。」


 そう言った俺の顔を「何を言ってるのかわからん!」と思いっきり書かれた感じの表情をした伊乃莉の瞳が見つめてくる。


 やめろ、その顔。


 あまりにも小動物的な顔は俺の心を鷲掴みにしてくる。


「よく意味が分からないんだけど…。たぶん、その会長さん、私知ってると思うんだけど、なんでそんなこと言ってくるの?」


「あやねると伊乃莉の住んでるあたりって、子供減ってるだろう?」


「うん、まあ、そうだと思うけど…。でもそれって、どこでもでしょう。」


「そう、どこでも似たり寄ったりだよ。大規模に宅地を作ってる東京近郊は違うけど、さ。だかっら子供の取り合いってことになる。」


「それがよくわかんないんだけど。」


「公立の小学校って、1クラスの定員みたいなものがあって、それを超えるとクラスを増やさなきゃならないらしいんだ。で、逆もあって子供が少ないとクラスを減らすことになる。」


 まだ何が言いたいのかわからなそうにしている。

 わからないけど興味があるから、こっちをじっと見てるその瞳や表情。

 やばい。

 気を緩めると伊乃莉に魂を持っていかれそうだ。


「一人でもその定員を超えると、自動的にクラスが1つ増える。すると当然先生が一人増えるわけだ。さらに1クラス当たりの生徒数が減るから、先生一人当たりの面倒を見る生徒が減って、負担は格段に減る。学校全体から見ても職員が一人増えるだけで、すごく楽になるって寸法さ。」


 そこで初めて、伊乃莉の顔に浮かんでいた?マークが消え、そこに!マークが乱舞している表情になる。

 よく言えばそこに花が咲いたような表情だ。


 俺はこんな伊乃莉のハートをつかめる男に少し嫉妬を覚えてしまった。


「そのために宍倉彩音という小学生を利用したってわけ?」


「そんなに悪党が考えるようなことはさすがにないと思う。単純に、引っ越して自分たちの学区に来てくれると、小学校の先生が助かるっていう程度の考えだと思うよ。頼んだ会長さんとしては。」


「でも、あやねるパパはそういう風な軽い考えではなかったって言うことね。」


 まさにその通りだと思う。


「なんでも独立してそのビルに事務所を構えて数年しかたっていなかったらしい。でも敏夫氏というこの界隈の重鎮ともいえる後ろ盾を亡くしたばかりだった敏文氏は、その会長の軽い願いを断るという選択肢は考えられなかったんだと思うよ。結果、あやねるは転校して、友達を失った。記憶ごと。」


 納得したような、納得してないような…。


「う~ん、その転校の経緯が、本当かどうかはともかく、それで記憶をなくすというのがどうも、引っかかるんだよね。」


 この話だけならそうだろうね。

 伊乃莉の考えは間違ってないよ。


「そう、転校だけならね。可愛がってくれた祖父の死、生まれ育ったアパートの破壊、転校、それによる親しい友人との突然の別れ、懐いていた薬局の優しいおじさんの消失。でも、おそらくそれだけじゃないと思うんだ。」


「そ、そうね、そんなに重なって、まだ、あるっていう事ね。OK、ちょっと、休憩しましょう。あまりの情報量に、ちょっと私の心が追いついていないみたい…。」


 うん、俺も少し喋り疲れた。

 のど、痛い。


 氷が解けて薄まったコーラを一気飲みした。

 既に炭酸も結構とんでしまっている。


「ここからの話は、完全に俺の想像。しかも男子の俺がしゃべると、絶対に女子は引くな、って内容だったりする。そんな話なんだけど、この事が重なったから、小学生の宍倉彩音は記憶を封印して、つらい心の傷をなかったことにしようとした。さらに、人とのかかわりが自分を傷つけることも充分に思い知らされて、人とのコミュニケーションを放棄して、伊乃莉が中学2年の時に会った、宍倉彩音が出来上がったと思ってる。」


 俺の話に伊乃莉の瞳が挙動不審に泳いでいるのがよく解った。


 これはおそらく、これから話す「女子がドンびく話」を想像しているに違いない。


 いやね、俺だって、出来ればこんな話は他の人、特に女性に語ってもらいたいんだよ?


 本当にそれだけは解って欲しい。

 この話をして、今の可愛い伊乃莉さんに罵詈雑言を浴びせられたら、知らなくていい世界の扉を開きそうになっちゃうからさ!


 そこのところは理解して欲しい、と心底俺は思って、話し始めた。


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