第238話 胸に拘る伊乃莉さん
目の前の美人が伊乃莉だという事は解っているのだが、やはり少し緊張してしまっている。
おかしいな。
あの岡崎先生を変態扱いしていた毒舌少女のはずなのに、年齢が5歳くらい上がってる感じがする。
大体、なんでそんな綺麗な格好をしてくんだよ!
「私の隠れた美しさに直面して緊張するのは解るけど、誘ったのは光人でしょ。」
「はい、確かに私が伊乃莉さまをお誘いしたわけですが…。ぶっちゃけさ、いつもの伊乃莉と違って、緊張すんの!なんで、今日はそんな綺麗になってくんだよ。思いっきりドストライクでどうしていいかわかんないんだよ、俺。」
「その言い方、微妙なんだよね。もしかすると光人は年上好き?でも、その割には柊先輩には冷たい態度を取ってるみたいだけど。」
「単純に綺麗な女性が好きな普通の男子高校生だよ。伊乃莉の印象は岡崎先生を変態扱いする毒舌な女子高生なんだよ。そんな、大人の格好というか、綺麗に目元が作られて、プルンとした唇が視界に入ると、照れちゃってどこ見ていいのかわかんないの!」
「まあ、嬉しい事言ってくれてるとは思うんだけど…。所々に棘がある気がするんだよな。この格好を誉めてもらえたのは純粋に嬉しい。お礼は言っておくよ。ありがとう。別に光人に会うからってこんな風にしてきたんじゃないからね、念のため。」
「さすがにそんな誤解は出来ないよ。単純に、そういうコーディネートっていうのかな、が好きなんだろう?」
「その通り。おしゃれが好きなんだよね、自分でも、他人でも。そういう根天から言うと、光人も今日の格好はすっきりしてていいと思うよ。前の妹ちゃんの言葉だと、かなりひどい格好で来たらどうしようかと思ってたからね。」
「ひどい格好してたら?」
「そのまま帰ってた。」
「だろうな。」
そうなるよな。
だけど、この伊乃莉の格好はな。
こう二人で座ってても結構チラチラ見てくる人がいるくらい、注目を集めてるよな、こいつ。
「このスタイルは全くの私の趣味。いい感じでできたから、見てもらいたいっていう欲求はあるんだけどね。でも、変な奴らにじろじろ見られるのは嫌だからさ、男の人が一緒だと、結構そういう事が少なくなるんで、今日は久しぶりに頑張った。」
なんとなく言いたいことは分かった。
わかったが、俺のこの思いを何とかして欲しい。
何で男はこう、見た目だけでドギマギしてんだっての。
「だとすると、家からここ迄に変な事なかったのか?」
「ああ、まあね。声を掛けてくる奴はやっぱりいるよ。でも、これからデートだって言うと大抵は何となく、離れてくれる。これが女子同士だとうっとおしいのが付き纏ったりしてね。私がおしゃれ好きで、友達にもするから、結構周りの子もキラキラしてんだからしょうがないんだけど。だから、あやねるも結構可愛くしたのは自分だって自負はあるんだよ。」
と言って、さして大きくもない胸を張って見せた。
あ、胸見てると何故だろう、落ち着く。
だが、その視線を敏感に感じたんだろう、急にその胸を両手で隠すような態度を示しこちらを見た。
「今、私の胸に視線を移したよね。」
「思いっきり胸張ってたからな。そりゃ、目も行くよ。」
「違う、その眼は。なんか、すんごくムカついたんだけど。きっとあやねるの胸を見るときと気持ちが違ったはず、だよね。かなり悪意が強い風に。」
うん、何を言ってるかよく解らないんだが。
悪意なんかちっとも持ってない。
それどころか、凄い安心感があったのだが。
「その眼だよ、変に落ち着いた眼。女性の胸を見る目じゃないよ、その目は。普通女性の胸を見るときって、もっと欲望的なんじゃない。」
「えっ、だって伊乃莉の胸見てるのが、今は一番落ち着くんだからしょうがないだろう。」
「なに、それ!その落ち着くって何よ!」
「今日の伊乃莉は着れすぎて、どこ見ても、つい見惚れちゃうんだよ。目は言わずもがな。唇も思わず吸い込まれそうになる。ところがその胸を張っても、全然問題がないことに、何故か落ち着くんだよね、うん。」
(おい、光人!その発言、まずいって!)
「本当に光人は、しゃべる時は一拍おいて考えてから話した方がいいと思う。」
と、同時に頬をビンタされてしまった。何故?
「何故かわかってないことに、また腹立ってきたわ。」
「ああ、ごめん。女性の胸をじろじろ見ちゃいけないってことだよね。ちゃんとわかってるよ、ごめんなさい!」
(だから、それはその通りなんだけど…。光人は本当にわかってないんだね。はあ、これが童貞の底力ってやつか…)
「光人の言ってることに間違いないよ。でもね、あんた、私の胸が小さいことを、暗にディスってるんだよ。私が綺麗ってことを前面に出して!」
うん、ごめんなさい。
全くその点を考慮しませんでした。
というよりか、伊乃莉さん。
声大きいから。
それでなくても綺麗な美少女ってだけで人の注目集めてんのに、胸の話を大声で言うのは辞めた方がいい。
「わかった。全く無礼で申し訳なく思っています。いますので、大きな声でそういう事はやめた方がいい、よ。」
そう言って周りを示す。
伊乃莉がそんな俺に従い周りに目を向けた。
慌てて目を逸らす周りのお客さんたち。
苦笑いを浮かべて注文した飲み物を持っているウエイトレスさん。
「よろしいでしょうか、お客様。」
苦笑いでニッコリという、常人では不可能な仕草でウエイトレスさんが聞いてきた。
俺は「どうぞ」とだけ言って、ウエイトレスさんを促した。
俺にコーラを、伊乃莉に紅茶とケーキのセットを置いて、苦笑い笑顔のまま去って行った。
伊乃莉は綺麗な顔を真っ赤にして俯いている。
「光人、光人の所為よ!ワタシ、ワルクナイ。」
少し片言になってる伊乃莉。ちょっとかわいい。
「悪かったよ。お前が綺麗すぎるのが悪いんだって。ここは奢るから、機嫌直してくれよ。」
(そのナチュラルに女の子を持ち上げる言動。とても私の息子とは思えんな。私は間違えて、他人の男の子に憑依したのか?)
(いや、俺が光人なんだが、親父)
「本当に光人は「女泣かせのクズ野郎」だね。」
伊乃莉が少し涙目になって、そんなことを言っている。
いや、やめて。
今、まさにその状態になっちゃてるから。
今二人がここに居る意味を思い出してください、伊乃莉さん!




