第233話 佐藤景樹 Ⅲ
ああ、何やってんだろう、俺。
つい、自分の黒歴史を喋ってもうたあ。
勢いと言えば、勢い。
光人の家庭状況がしゃべらせたと言えなくもない。
あの、鈴木伊乃莉って子の告白に触圧されたと言ってもいいかもしれない。
それと宍倉さんの俺に鈴木さんをくっつくようとする魂胆が見え隠れしていたせいかもしれない。
ああ、でもなあ、やっちまったなあ。
初めて付き合って、ひどい別れをした。
だから、恋愛は当分、遠慮したい。
それだけ伝えればよかったんだが…。
光人に言う分には、ま、こっちも楽しんでるから、って思えんだけど、妹ちゃん、いたもんな。
ああ~、言うつもりなんか、これっぽっちもなかったのに…。
自分の部屋でのたうち回る事、1時間弱。
唐突に、俺の部屋のドアが開けられた。
「さっきから、もー、ドタバタうるせえんだよ、カゲ!」
いつもいきなりなんだよなあ、この姉貴は!
佐藤樹里。
今年21になる女子大生、兼モデル。
うちの母親の経営する芸能事務所ジュリ所属のタレントってやつだ。
大学が東京で、仕事も本社の近くのスタジオが主なんで、今は都内で一人暮らしではあるが、うちの事務所の練習用のスタジオがこの自宅に併設しているので、ちょくちょく帰ってきてる。
というか、こんなに頻繁に帰ってくるなら、何故に独り暮らしなんかしてるのさ、って感じだ。
「ほかの子たちにも聞こえてて、集中力が落ちてんだよ、カゲ!それでなくてもお前がいると若い子がお前のことばっかになるから、この時間は外でなんかしてくんないかな。」
ひどい言われようである。
いつもは部があるからこんな時間に家にはいないことが多いんだけども、さ。
「しゃあないだろう。試験があるって、部が休みになっちまったんだから。バタバタしてたのは確かに悪いけど、スタジオは防音してんだから影響ないんじゃあね?」
一応の反論を試みる。
が、それも無駄なことも知っている。
「ああ、何度言わせる気だ、こらあ!音は防げても、上の階でドタバタされると、振動は伝わるんじゃ、ボケ!」
口の悪さは相変わらずだ。
こんな奴が、新進気鋭の清純派のモデルってんだから笑っちゃうよなあ。
まあ、こんな業界で働いてる親を持つと、女性に対しての認識が覆されるってもんだ。
もっとも、それでも女性に幻想を抱いて痛い目にあってるんだから、笑われるのは俺の方か。
「わかったよ、悪かった。学校でちょっとやらかしたんで、自己嫌悪の陥ってた。」
いかん、変なことを言ってしまった。
明らかに不機嫌そうにしていた姉貴の表情が変わった。
口角が上がって、いやらしそうな口元になってる!
「ほほう、またまた青春の悩みが生じたようだね、わが愛する景樹君。ほら、この心の広いお姉さまが相談に乗ってあげるよ、ほら。」
うざい!
本当にこれが、あのファッション誌に出て美の女神なんてもてはやされている人物とは思えない。
とはいえ、失恋の時にはしっかりと相談に乗ってもらっちゃったしなあ。
無下にもできないんだよなあ。
「別に大したことじゃない。俺が勢いで自分の黒歴史を語っちまったって話。」
「ほお、またなんで?」
「ちょっと面白い奴がいて、そいつと今日は一緒に飯食ったんだ。その時に、そいつの友達もいたんだけど、ちょっと重い話になっちまって…。まあ、それだけじゃないんだけど、その雰囲気にのまれて、俺がなぜ、今は彼女を作らないかって話になったんだ。」
嘘はいってない。
ただ、性別を言わなかっただけ。
「まあ、そういう話か。影が作るきになれば下にいっぱい可愛い子はいるぞ。下は11から、上はアラサーまで。選び放題!何ならハーレムでも作れるときたもんだ。」
いくら見た目が綺麗でも、中身はしっかりおっさんだ。
「いいのか、その可愛い子をほっぽといて。練習中だろう?」
「今は休憩中。だから文句がてら、青春真っただ中の可愛い弟の様子を見に来たんだよ。」
姉貴は黒のスパッツに黄色のレオタードという出で立ち。
セミロングの髪を結って、ポニーテールにしている。
身長は俺より少し低い感じだが、女性としては充分高身長になる。
胸もそこそこあるが、実際のファッションモデルとしては邪魔らしい。
場合によってはさらしでかなり押さえつけることもあると聞いている。
額や首筋の汗をぬぐいながら、持っていたペットボトルを飲んでいる様は、他の何も知らない男性諸氏には十分セクシーに見えるに違いない。
「で、お前さんの新しい恋人候補はどんな娘なの?前みたいなむっつりスケベはやめといたほうがいいな。」
「いや、人の話を聞けよ。友達と飯食いに行って、俺はいま彼女を作る気はない、という話をしたって行ったろうが!」
なぜ、日本語で会話してるはずなのに、宇宙からの交信のような妄想が花開くんだ!
「え、カゲが露骨に性別隠しただろう?ってことはその友人は男でなくて女子なんだろう、その面白いやつは。つまり興味を持ってるということだ。そこでつらい失恋の話をすれば、その娘の興味を自分に向けさせ、あまつさえ同情心から気を引こうという作戦だと、うちの可愛い世間知らずの弟君が考えた、とこの綺麗で聡明な姉は思うわけだ。」
「なぜ、あの話からそこまで考えられるかの方が、俺には不思議だよ。」
「そうか?傷ついた自分の心を直せるのは新しい恋だけだと思うんだがな、弟よ。」
そう言いながら、俺のベッドのドガっという音が響くほどの勢いで姉貴が腰を下ろした。
腰のラインから太もも、そしてふくらはぎと、よく鍛えられてるというように引き締まっている。
そして、余計な筋肉をつけないところが、さすがはモデルということだろう。
「わかった、わかった。悪かったよ。確かに性別は故意に言わなかった。面白いやつって言うのは、それこそ現在進行形でハーレムを作りつつあるクラスメイトの白石光人ってやつだ。その友達って言うのか、宍倉っていう女の子とその友人の鈴木っていうお嬢様の家で昼食をいただいたって話だ。その時に宍倉って子が、微妙に自分の友達のお嬢様と俺をくっつけようとしてる感があってな。そこから、さっきの話につながる。」
「その女子2人にもいったのか、カゲの失恋話。」
「いや。白石だけだ。あいつも結構しんどい生き方してっからな。ついこの間、親父さんを事故で亡くしてるし。」
考えてみれば、失恋、いじめ、父親の死って、本当にしんどい青春だよな、光人の奴。
でもそのしんどさが見られないってのも、考えてみればすごいな、あいつ。
「よくまあ、そんな友達ができるもんだな。同じサッカー部なのか?」
「いや、同じクラスってだけだよ。」
「それも珍しいな。カゲがただのクラスメイトに興味を持つってのも。まあ、波長が合うんだろう。そういう友達は大事にした方がいいな。」
そう言って、姉貴が立ち上がった。
「そろそろ戻るわ。たまにはスタジオに顔を出してやってくれ。下で練習してる子たちの気合が変わるからな。イケメンを見るだけでやる気になるらしい。」
「弟に向かって、よくそんなこと言えるな。」
「当然だ。私の弟なんだからイケメンで当然。それで彼女たちのやる気が出るなら使わなきゃ、損ってもんだ。」
引き締まって高目のヒップを自慢げに見せつけて、姉貴は部屋を出ていった。
「ああ、気が向いたら顔を出すよ。」
閉まったドアに向かい、俺はそう声を掛けた。




