第232話 須藤文行 Ⅷ
結局入部届を片手に文芸部の前にいた。
一応来週から始まる学力テストのため、部活動は自粛という態を取っている。
逆を言えば、やりたければ部活をしてもいいという非常に曖昧な規制。
入学時の説明で、この学力テストは高校の全学年が4月に受ける。
さらに高校3年生は9月の夏休み明けにもう一度あるとのこと。
で、2年生と3年生はこの学力テストの計3回の合計点数と、出席点、賞罰の有無などで、26の日照大付属の高校の順位を決定。
上位から好きな学部への優先推薦権を得るシステムになっているらしい。
つまり、2年生、3年生にとっては、この学力テストが「入学試験」となっている、と教務担当の先生が説明していた。
つまり、高校に入学したばかりの1年生の学力テストは、参考程度。
でも、この学力テストの参加しないと、この日照大への推薦はもらえないということで、「参加することに意義がある」状態である。
つまり、2年・3年の学生は真剣に取り組まねばならないということで、部活をしているどころではないはず。
そう、そのはずなんだけど、サークル等の文芸部には光がともってた。
深呼吸をして、ドアをノックした。
「どうぞ~。」
少し間延びした声が帰ってきた。
多分大島部長かな。
「失礼します。」
そう言って俺は、ドアを開けて、部室に入る。
部室には大島部長と有坂副部長がいた。
有坂副部長の上目遣いが怖い。
やっぱり、俺、女子と話すのは、特に先輩なんて、ちょっと怖い。
だが、思い出せ、須藤文行よ。
あの禍々しいオーラを纏った宍倉彩音という女子生徒に比べれば、まだ優しい部類、のはず。
「ああ、須藤君、来てくれたんだ。」
大島先輩が歓迎の意を示してくれた。
少し肩の力が抜けた。
そう思った矢先、
「須藤、雅から連絡来たよ。」
少し不機嫌そうに俺を睨んでくる。
ちょっと、待って。
俺、別に有坂先輩を不機嫌にするようなことはしていないはず。
あ、いや、「お前の存在そのものが、不快なんだよ!」などと言われたら、俺は一目散にこの戦場から撤退する。
「有坂!そんな目で後輩を脅さない!今にも回れ右して、逃げる体制になってんじゃん!」
大島部長が、俺の正確な行動予測をしてきて、その手を精神的に封じられた。
「いい、須藤君と白石君はワンセットじゃないんだよ。」
ん?それってどういう意味だろう?
「俺と白石は、確かに友人だと思ってますが、セット販売なら、白石の場合は宍倉さんだと思います。」
「お前、先輩をなめてんだろう?」
あれ、大島部長に乗っかって、この場の空気を和らげるためにジョークを言ったつもりが、地雷を踏んでしまったようだ。
「そ、そういう訳では…。」
「それで、須藤君、今日の来部の目的は?何か、紙を持ってるみたいだけど…。」
大島部長が、俺のどうしようもない状態に助け船をよこしてくれた。
俺はその船にしっかりと乗り込む。
「はい、入部届を持ってきたんですけど…。もし、拒否ということであれば、あきらめて帰ります。」
「誰も拒否らないよ!ありがとう、須藤君。それじゃ入部届、預かるね。」
優しい微笑を讃え、俺から入部届を少しひったくるように受け取る。
なぜ、ひったくる?
「よし、これで君は正式に文芸部員だ。もう逃げることはできない。この部のため、粉骨砕身、その心臓をささげよ!」
急に有坂先輩が、巨人と戦うかのようなセリフを吐いた。
「ああ、ごめんね、須藤君。有坂、演劇部と電脳部からまたシナリオの書き直しを言われて少し壊れてるから。で、愛しの男子が来るかも、なんて淡い期待を抱いてたら、来たのが君で、少しおかしくなっちゃたから。」
「アッと、それは申し訳ない。」
「べ、別に誰かを待ってるとか、ないから…。」
ギャル先輩が、すっかり恋する乙女先輩になってる。
「いるかもしれないと思ってきたんですけど、来週の学力テストって、結構重要なんじゃないですか?新入生はとりあえずの参加って聞いてますけど…。」
俺の質問に、大島部長もギャル先輩も困ったような笑顔をしている。
「うーん、まあ、大事っちゃあ、大事なんだけど…。さてどう言えば嫌味に聞こえないかな、裕美?」
「それ、私に振ってくんの?そうだね、えっと、須藤文行だっけ。」
そう言って奪い取られた入部届をギャル先輩がまじまじと見ている。
「うん、言いづらいから、文でいいよな、呼び方。」
「え、ブンですか…。いや、あんまりそんな言われ方したことないんですけど、先輩が呼びやすいならそれでいいですよ。」
「うん、じゃあ、ブンでいくからな。で、だ。ブンは進学クラスっていう奴だろう?」
「そうですね、特進ではないんで。」
「だと、この学力テストは重要な意味を持つんだ。聞いてると思うけど、高2で1回、高3で2回行われる。この合計点が、系列の大学である日照大学の推薦入学に大きな配点になってんだ。」
「補足するとね。通常の出席状況や、教師からの内申点も影響するんだけど、ぶっちゃけ、この合計点で系列高校26校の学生の順位を決める。そして上から行きたい学部を割り振っていく。当然学部ごとに推薦入学の定員を決めてるから、埋まればお終い。ということで得点は高い方がいい。そういう意味で重要。」
大島部長の補足は、入学の説明会で聞いていた。
だからこそ、今この部室に二人の先輩がいて、だべってるのが不思議。
確か二人とも特進クラスと聞いてたけど。
「ここで問題なのが、これが推薦入学のテストということ。つまり、この制度を使って日照大に入学が決まったら、ちゃんと入学しなきゃいけない。」
「それは推薦入学だから当然だと思いますが?」
俺は、ギャル先輩が至極当たり前のことを言っているので、何が言いたいのか、よくわからなかった。
「ここで質問です。日照大はこの日本において最高の大学でしょうか?」
「いや、それはないでしょう。上には普通に国公立の大学があるし、私立でも早応大学や教立大学とかありますし…。」
「そう、この日照大学は平均よりちょいいい感じの大学ってとこだよね。特進クラスの人間はこの大学より上を目指してんの。」
「それも説明を受けてます。」
「私と大島は特進クラスって言ったと思うけど、国立を狙ってるの。つまり、この大学の推薦はいらない、ということ。」
ああ、やっと意味が分かった。
だからそんなに今回の学力テストに力を入れてないってことか。
「とは言っても、この系列で同学年は1万人以上いるから、正直自分の実力は知りたい。だから勉強はしてるよ。今は休憩ってとこかな。」
「そういいながら、シナリオを書き直してるんだから、全然休憩になってないよね、裕美は。」
ギャル先輩の目は凄い勢いで泳いでる。
「そんな感じだから、私たちはマイペースで頑張ってるよ。ブンちゃんもとりあえずは受験でやったとこくらいは復習しといたほうがいいかもね。」
大島部長がそうアドバイスをくれた。
しかし俺の呼び方がまた変わってる。
ブンちゃんって…。
「そういえば、雅がブンの小説読んだってメールしてきたよ。もう何回か読み込むらしいから、感想はやっぱり週明けって話だった。」
「え、もう読んでくれたんですか?早いな。」
「私も「なるべき」で読んだよ。全般的にスピード感があって、面白い方だとは思った。」
「微妙な褒め方ですね、それ。」
俺も絶賛されるとは鼻から期待していなかったが、言い回しが、告白した相手に友達なら、なんていう感じと言えば、しっくりくるだろうか。
「どうしても、もっとうまいやつのを読んでると、そんな感想になるよ。ただ、これから書き込んでいくと、もっと面白くなる気はした。題材は面白かった。」
なんとなく納得できない嫌な感じだ。
それが顔に出てしまったようだ。
「なんだ、ブン。不服か?ではもっといいものを書いて来いよ。なんなら、この「魔地」をブラッシュアップしてもいいぜ。」
煽るなあ、ギャル先輩。
よし、テストが終わったら、もう一度作りなおしてみるか・
「お、挑戦的な顔になったな、ブン。言いもん作って来いよ、待ってるぜ。」
「もう、なに裕美は新入生を煽ってんのよ。ブンちゃんも裕美の戯言にむきになんないでね。」
大島部長が俺たちの掛け合いに諍いの色を見たのかもしれない。
でもこれはただの勝負だ。
受けて立つよ、ギャル先輩。
「ええ、大丈夫です。ギャル先輩のおかげでやる気が出てきました。今日はさっそく帰って、少し見直してみます。」
「おい、ギャル先輩なんて言うな!」
「ふふっ、わかったわ、ブンちゃん。でもテストもあるから、無理しないようにね。テストが終わった次の日から部活始めるから、来てね。」
「了解です。ではテスト明けに!」
そう言って俺は文芸部を後にした。




