第220話 光人の過去
すっかり氷が解けたアイスティーを一気に飲み干した。
人の失恋の話を、こんなに真剣に聞いたのは初めてだ。
ある意味、俺の失恋とは違う辛さがある。
そう感じた。
俺の場合、告白してあっさり振られ、親友だと思ってこの恋の相談していた男と付き合い始めた。
だが、彼氏がいるのにもかかわらず、俺とよくだべったり、遊んだりしてくれた。俺は振られたとはいえ、好きな子だった。
そういう関係でも楽しかった。
それが、多分、いけなかったと思う。
彼氏がそんな俺たちに嫉妬した。
親友だと思っていた奴だった。
俺から相談を受けていたにもかかわらず、好きだった女の子と付き合うような奴でも、友達だと思っていた。
二人の関係を問いただされたその子は、俺が付きまとっていると奴に言ったらしい。
奴は俺に詰め寄ってきて、言った。
何、未練たらしく付きまとってんだ!
うざいんだよっ!
自分の顔を見た事あんのか?
ウジ虫みたいな顔して。
コバエの様に、詩瑠玖にたかりやがって!
気持ち悪いんだよ、お前は!
初めて会ってから、今まで付き合ってたことに感謝の一つもしろってんだ!。
もともと、お前みたいな陰キャ野郎、大っ嫌いだったんだ!
可哀想だと思ったから、言葉かけてやったのによ。
勘違いすんじゃねえよ!
罵詈雑言を浴びた。
いったい何を言われているのか、自分で理解するのにかなり時間を要した。
さらに、奴は所属していた陸上部の中で俺の誹謗中傷を繰り返し言ってたらしい。
最初はそんなことを信じなかった後輩でさえ、繰り返される悪口に、俺を疑うようになっていった。
そして、俺を退部に追い込んでいった。
その頃には、俺はかなり疲弊していたんだと思う。
それでなくても中学受験の失敗で、落ち込んでいた俺だ。
今までそれなりにやってきた陸上部の連中が、たかがたった一人の悪意に負けていく人の心の脆さを嫌というほど思い知らされた。
その頃には俺は、人と会うのが怖くなっていた。
学校に行くのでさえ、苦痛を伴っていた。俺がそれでも学校に行くことが出来たのは、慎吾と智ちゃんのお陰だった。
そう、幼馴染のあの二人がいなければ、完全引きこもりになっていたに違いない。
妹にゴキブリを見るような眼で見られ始めたのもあの頃からだろう。
だけど、俺の不孝はそれだけでは終わらなかった。
このころですら、両親は俺のことを心配そうだったが、とてもじゃないが、親に相談できる内容ではないように思ってたし、それ以上に親に干渉されたくないと思っていた。
本当は、こんないい親に相談するべきだったのに…。
慎吾や智ちゃんに励まされながら、何とか学校に行っていたある時から、陰湿ないじめが始まった。
最初は気のせいかと思った。
鞄の中に入ってるはずの教科書がなくなったと思ったら机の中から出てきたり、筆箱がないと思ったら、落とし物箱の中に入ってたり…。
だが、それはどんどんエスカレートしていった。
上履きがなくなり、流しに水浸しで置いてあった。
帰ろうとしたら靴がどぶに捨ててあった。
その日にノートに書いた部分が丸ごと破られていた。
朝教室に着いたら、机の隅に、他の人には目が付かないように「死ね」と書いてあった。
俺の陸上部での噂はすでに学校に広まっていた。
奴の悪意に底がなかったようだ。
いつしか俺は、二戸詩瑠玖に纏わりつくストーカーという事になっていた。
そう考えると「女泣かせのクズ野郎」という噂は、俺にとっては逆に勲章みたいにさえ思えてくる。
俺に対するいやがらせ、いじめはある程度人の目に着くようになっていったが、周りはストーカーの変態なんだからやられて当然という空気が流れていた。
智ちゃんはそんな俺を庇って、何かあれば声を出してくれた。
慎吾も陰で悪口を言ってるやつに、圧を掛けていたことは後から知った。
数々の嫌がらせ、いじめの時に必ずいる奴らが、実行犯であることは解っていた。
その3人は、ここ最近奴とよく一緒にいることを慎吾から聞いていた。
警戒はしていたが、ついには足を引っかけられたり、掃除中のバケツの水をかけてきたりと実力行使をし始めてきた。
智ちゃんからの勧めで、担任教師である渡辺俊哉にも相談したが、適当に放置された。
結果、あの3人から殺されかけたと言ってもいい、事件を起こされた。
親父には感謝してる。
そんな親父がもういないことが、急に実感として湧いてきた。
たとえこの頭の中にいるとしても…。
「大丈夫か、光人。お前…。」
「えっ?」
気づいたら、涙が落ちていた。
親父、ごめん。
本当に心配をかけて…。
(大丈夫だよ、光人。お前は今、こうやってお前を友達としてみてくれる人たちに囲まれているんだから…)
「ごめん、景樹。お前の話を聞いていたら、いろんなことを思い出しちゃって。俺の死んだ親父は本当に俺たち子どものことを思ってくれていたんだな、って。聞いてくれるかな、景樹。俺の話も。」
「ああ、聞かせてくれ。」
俺は、先ほど思い出していたことを言葉にしていった。




