第218話 喫茶店にて
さすがに二度目だし、高性能かどうかわからないナビが俺の頭にはついてるから、駅には迷わずに行けた。
「宍倉さんちも鈴木さんちも、この東京に土地を持ってるってだけで凄いよな。」
景樹がそんな風に二人の家について評した。
「そりゃあな。でも、景樹ってさ、やっぱりお坊ちゃまなのか?」
「えっ、急にどうした?光人。」
「いや、この土地を持ってるってことには驚いても、家自体にはあんまり驚いてるようには見えなくてさ。」
「ああ、そういえば、あんまり、リアクションとらなかったもんな、俺…。」
そう言って苦笑してる。
静海も景樹の態度に、ちょっとした違和感があったのか、俺の言葉に頷いていた。
「そう言われちゃうとな、一応の説明はしといたほうがいいか。光人って、結構有名人で、プライベートも他人に知られちゃってるからな。これからの友達付き合いを考えると、先に行っといたほうがいいと思うしな。ちょっとそこ、寄ってくか?」
あ、昨日のチェーン店だ。
俺の顔に微妙な表情が出たようだ。
「あっと、ここになんか、ある?」
「いや、別にいいんだけど。昨夜、ここであやねるのお父さん、敏文氏にいろいろ聞かれたとこだったんで、昨日のことがよみがえっただけ。」
「二人っきりでか?それはちょっとやだな。違う店にするか?」
「いや、大丈夫。敏文さんがいるわけじゃないし。」
俺はそう言って、自分から先に昨日来たその店に入った。
時間的には中途半端だったため、すいている店内の奥の4人掛けのテーブル席に座る。
奥に入った俺の隣に静海が座り、俺の対面に景樹がつく。
すぐに店員が注文を取りに来た。
「俺はアイスコーヒー。光人と静海ちゃんは何にする?」
「じゃあ、俺はアイスティーで。」
「私はレモンティー、ホットで。それとこのチーズケーキのセット。」
その注文に、「えっ、さっきケーキ食べたよね?」という目を俺と景樹でしてしまった。
店員さんは全く気にせず、復唱して戻った。
「だって、食べたかったんだもん。」
と、可愛い顔で少しすねた声が返って来た。
「あんまり食べると太るぞ。」
「あ、それ、絶対女の子に言っちゃいけない言葉!」
「まあ、そうだな。おいしそうなものを目の前にしてる女の子に絶対言ってはいけないな。」
爽やかイケメン野郎が、モテ男としての常識である、って感じで俺に静海の援護に入って言ってきた。
「確かに女の子には言ってはいけない言葉かもしれんが。可愛い妹に対する戒めとしては兄として当然!」
俺は完全に開き直った。
「というところだが、静海はちょっと痩せ傾向だから、それくらいの甘いものは取らないと、逆にがりがりになっちゃうな。ちゃんと大きくならなきゃいけないところもあるわけだし。」
自然と胸に目が行ってしまった。
その視線静海が気づいた。
「お兄ちゃんのエッチ!それ絶対セクハラだよ!」
いかん、セクハラ認定を受けてしまった。
(自分の妹に欲情するのは、お父さん感心しないな)
(静海の成長を心配しただけで、どこも欲情なんかしてねえぞ!)
「兄妹の痴話げんかはそれなりに楽しいが、空いてるとはいえ、お客さん、それなりにいるからな。気をつけろよ。」
周りを見てみる。
確かに微妙に聞き耳を立ててる感じ。
そのタイミングで注文の品物が届く。
景樹はアイスコーヒ-にミルクだけ入れてかき回す。
「景樹って、ガムシロ入れないの?」
「ン、ああ、もう砂糖やシロップは入れてないね。というか、中学の時にみんなでサテン言ったときにさ、やっぱコーヒー苦いから砂糖入れたんだ。したら佐藤が砂糖入れてるって言われてね。それ以来、砂糖は使うもんか!って感じ。で、コーヒーの苦さも慣れた。」
なんか、景樹が名字呼び嫌うのを理解したように思う。
そうは言っても俺はアイスティーにガムシロ入れるけどね。
静海もチーズケーキにかぶりついている。
さっきはモンブラン食ってったっけ。
「どうする?鈴木さん呼び出すか?」
景樹が急にそんなことを言い出した。
「ふへぇ。」
チーズケーキを食べていた静海が変な音声を発した。
ここで、何故伊乃莉の名前が出るんだ?
「えぅ、どうしてそんなことになる?」
驚きで固まっていた俺は、何とかそんな言葉を絞り出した。
「そんなことって、光人。宍倉さんの前じゃ言えないこと、鈴木さんと話したいんだろう。鈴木さんの家でトイレに行くタイミング、何かのメッセージを受信した後だったし。宍倉さんが人の家を案内するのも、いかがなものかと思ったけど、いつもなら鈴木さんは宍倉さんに案内役を譲るはずなのに、自分から光人の案内をするっていうのも、意味深だよね。しかも、いくら広い家だからと言って、鈴木さんが戻ってくるのが遅いと感じた。この事から、俺は二人で何か話さなきゃならないことがある。しかも宍倉さん抜きで…。だけどトイレの案内の時間では短い。単純にその次の設定をした。そう思ったんだ。違うか?」
こいつ、なんなんだ?名探偵?それともテレパシストか?
「いや、探偵はしたことないし、超能力は信じないよ。鈴木さんちに盗聴器も仕掛けてないし、悠馬をスパイに仕立てたこともない。」
これは、俺が考えそうなことを、先に列挙したというところか。
いや、さすがにあの短時間であの家に盗聴器を仕掛けてたら、景樹は某国のスパイに違いない。
「俺自身がこの国で超法規的活動を行っている諜報員でもないから、その目をやめろ。」
どうやら俺の視線が、景樹にあらぬ疑いをかけていることを雄弁に語ったのだろう。
「あのお、佐藤先輩は、伊乃莉先輩と付き合っているんですか?」
とここで、斜め上方から投げ込まれた槍のように、唐突に静海がその恋愛脳をフルパワーにして、佐藤に挑んできた。
「いや、静海ちゃん?なんでそういう考えが涌いてきたの?」
景樹はさすがにその言葉は想定外で、その理由を静海に尋ねた。
「だって、そうじゃなきゃ、伊乃莉先輩のこと、そんなにわかるとは思えなかったんだもん。」
「もし仮に付き合ってんなら、こんな形で会ってないし、ここで呼び出させようなんてしないよ。」
「じゃあ、伊乃莉先輩に一目ぼれをして、お兄ちゃんと伊乃莉先輩の意味ありげな行動に不安になったとか?」
「うーん、一度、僕と鈴木さんをくっつけようとするの、やめない?」
景樹が困ったような顔でそう言い、俺に視線を投げてきた。
「だって、お兄ちゃんと伊乃莉先輩がそんな秘密の行動を取るような仲になって欲しくないんだもん。」
だもん、とか可愛く言われてもね。
こっちには全くそんな気がないからな。
「モテモテだね、光人。まさか実の妹まで…。いや、待てよ。実はこの二人、血がつながってない?」
独り言のような言い方をして、俺をおちょくるのはやめてくれ。
「いや、俺と静海は間違いなく実の兄妹だよ。もし仮に父親が違ったとしても、母親は同じだから。」
(光人お~。変なこと言うなよ。二人とも俺の子だよお~)
親父が俺の言葉に泣きが入った。
「誰もそんなこと疑っちゃいないんだけどさ。その父親が違う可能性をさりげなく言うなよ。一瞬信じそうになったよ。」
「私もだよ、お兄ちゃん。亡くなったお父さんが悲しむからそんなこと言わないで。」
いや、すでに泣いている。
「まあ、それは冗談だが、まぎれもない兄妹だよ。」
「いや、静海ちゃんの光人の態度を見てるとそんな感じに見えなくてな。話を戻すけど。別に俺は、今誰とも付き合ってはいない。鈴木さんにも惚れてはいない。ただ、この二人が宍倉さんの耳に入れたくない話となると、宍倉さん本人の話になるかな、と思ったんだ。」
全くその通りだが、この話は、他のヒトにも聞かれたくはない。
「まあ、景樹の言う通りだが。伊乃莉と少し話して、情報の共有をしておいたほうがいいと思ってる。でも、その話を他人に聞かれては困るんだ。少しデリケートなことなんでな。」
「ああ、わかった。ごめんな、光人。早い方がいいかなと思ってな。」
「気にしなくていいよ。なんか気を使わせて悪いな。」
「まあ、そういう性分なんでな。自分ではそれほど自分を嫌ってはいないつもりなんだが、このおせっかいなところは、正直持て余してるよ。」
そう言って景樹はアイスコーヒーに口をつけた。
「あんまり人に喋ったことはないんだけど、聞いてくれるか、光人。」




