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第216話 葛藤

「光人も、静海ちゃんも、それは解ってあげてね。」


 そう言って伊乃莉が俺と静海に微笑んだ。


 重い話だが、確かにそういう事を経験すれば、伊乃莉のお父さんはうちの親父に特別な感情を抱くわけだ。


(ううう、いい話やな、光人)


 うちの親父様が俺の頭の中で泣いている。

 くそうぜえー。


「いのすけの家のことは少し聞いてたけど、そんな大変だったの知らなくて、ごめんね。」


「ああ、別にそんなにしんみりしないで。私が生まれる前の話。普通に事故の怖さと、子供を助けること、助けられた家族の気持ちの一端を知ってもらいたかったんだ。」


 柊先輩の気持ちを知って欲しいという事だろうか?


 ただ、柊先輩の場合はまた少し違う。

 さっきの伊乃莉の話で、伊玖美さんが自分の身を挺して助けたのではなく、他の誰かに助けられて、さらにその人が死んでしまったという状態だろう。

 子供は助かったが、自分が手を緩めなければ、という後悔が残る。


 さらに柊先輩はその事実を隠していた。

 本人が意図したかどうかは関係なく…。


 状況を聞けば理解はできるが、それを隠して変に俺に接近してきてるのは、何と言ったらいいか分からない。

 ただ、やはり心の中に不穏な気持ちが残ってしまう。

 静海はどう思っているのだろうか?


「私が白石兄妹に伝えたかったことはこれだけ。あとは二人の気持ち次第。誰もどうしたらいいかなんて、分からないから、自分で考えるしかないし…。どうしようもなかったら、分かる人の相談するのがいいと思う。それこそ、その張本人にぶつかるのも手だよ。」


 つまり、柊先輩に直接聞けという事だろう。

 だが、既に今回岡林先輩から聞いた話以外はもう確認している。

 だが、今回の話は岡林先輩が約束を破ってまで俺たちに伝えたことだ。

 柊先輩にはこの嘘を伝える気があると思う。思いたい。

 でなければ自分に接触する意味がわからない。


 伊乃莉の言いたいことは分かった。

 これは俺達、兄妹に対するアドバイスと受け取るべきなんだろう。

 この意見は確かに、自分たちにとっては選択肢を増やしたことだろう。


「ありがとう、伊乃莉。辛い話だとは思うけどな。よく考えてみるよ。柊先輩のこと、まだよく解らないことが多いけど…。」


「私も、お父さんの死を、前向きに考えて行こうと思っています。ありがとうございます。伊乃莉先輩。」


「ああ、さっきも言ったけど、私は別に辛い想いはしてないよ。私の生まれる前の、私の父と母のなれそめの話。ただ、人は何かしらのつらい経験があって、人それぞれの発露の仕方があるってだけ。さあ、食べてない人はちゃっちゃっと食べちゃって。まだ食後のスイーツあるから。とはいっても店の売り物だけどね。」


 そう言って伊乃莉は笑った。


「うん。光人君、静海ちゃん。さっきの生徒会室の話はあるけど、やっぱり、何かしらの理由はあると思うんだ。私も柊先輩の考えてること、分かんないことあるけど…。生徒会に入って、そういうところも含めて、より成長したいと思ってる。光人君は生徒会には興味ないって言ってたけど、柊先輩のこと、何も分からなくて嫌いになるのはおかしいと思うから、私は頑張ってみるつもりだよ。」


 あやねるが、そう力強く宣言した。頑張りたいと思えることは良いことだ。


「なんだかよく解らないけど、姉貴の言ったことは、確かに最近両親から言われたことなんだ。なんでそんな話をするのかよく解んなかったけど…。そういう意味があったんだな。単純に白石が元気になってよかったと思ってたんだけど。なんかあったら、俺にも言ってくれよ。」


「いえ、間に合ってます。」


 食い気味に拒否の言葉を吐く静海。


 あれ、ここでは悠馬君の優しい言葉にほだされるとこじゃ…。


 あ、悠馬君の口が極端に空いてる。何か白いものが出かかってる…よ。


「まあ、そういわずにね、静海ちゃん。悠馬も心配してのことだから、さ。あんまり冷たくしないで上げてね。」


 伊乃莉が慌ててフォローを入れた。


「ああ、悠馬ごめん。そうだね。人の好意は素直に聞いとくよ。なんかあって、お兄ちゃん、お母さん、友達や伊乃莉さんたちに頼ってもダメな時はお願いね。」


 それって、ほぼ、悠馬君まで行かないってことを、遠回しに見せかけて、ストレートに拒否ってるよね。


(いいぞ、静海。男を調子に乗らせてはいかん)


(さすがに、涙目になってるよ、悠馬君。親父もそんなことで喜ぶなよ)


 景樹は悠馬の気絶しそうな顔に笑いながら、一連の話には、口を挟まなかった。




 伊乃莉が出してくれたケーキ各種を一通り食べ終わり、先ほどとはうって変わって、学校のことなど、たわいもない雑談をしていると、急に俺のスマホが震えた。


 LIGNEだった。

 伊乃莉から。

 トイレに立つように指示、と言うか命令。


「俺ちょっと、トイレ行きたいんだけど。」


「あ、じゃあ私が案内するよ。」


 あれ、何であやねるが…。

 完全に勝手知ったるというやつだな。


 と言うか、それは困るんだよな。


「あやねるは座ってて。ここは私の家だから、私が案内するよ。」


 慌てたよぶりを見せずに、あやねるの肩に手を置き、座ってるように言う。


 俺は椅子から立ち上がり、伊乃莉の手招きに応じる。

 少しふくれっ面のあやねる。


 リビングから出て少し玄関方向に出て、右に曲がる。


 と、そこでみんなからか見えない位置になったところで、俺は伊乃莉に話しかけた。


「急にLIGNEで「トイレに行け」って何なんだよ。」


「だって、意味ありげな視線で私をチラチラ見てたでしょう。この家に目がくらんで、阿多ネルから私に乗り換えようとしてるのかと思って、注意しようかと。」


「この家がなくても充分魅力的だろう、伊乃莉は。」


「え、まじ!まじで口説いてんの!」


 適当に揶揄おうとして反撃を受け、慌てるのはどこぞの文芸部の先輩と一緒だな。


「伊乃莉はあやねるに忘れられても、しっかりと友情を大切にするいい女って話。」


 この言葉に、少し赤らめた顔の色が消え、逆に少しきつい目つきになった。


「それ、どこで…、って真理さんしかいないか。」


「そう。昨日、俺を招待した目的は、俺が白石影人の子であるかどうかと、宍倉彩音という可愛い我が子のことについて。あやねるの将来的な話がメインだった。当然あやねるがいなくなったタイミングで話したんだけど。」

 ふう、と軽くため息をついた。


「あんまり遅いと、あやねるが逆上しそうだから、後で連絡して。」


「了解。」


 そう言って俺は指し示されたトイレに向かい、伊乃莉はリビングに戻った。


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