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第212話 宍倉さんと西村さん

 伊乃莉の作ったビーフシチューは、すこぶるうまかった。


 とりあえず、ご飯を自分で盛っていただいた。

 サラダも胡麻ドレッシングをかけておいしくいただく。

 あやねるに「おいしい?」と聞かれたので、サムズアップしながら「ウマ!」と返した。


 しばらくは、ほぼ無口で食を進める男子陣。


 女子は、普通に食べているが、たまに静海が「これ、おいしい!」と言って、にこにこ。

 すると、向かいの悠馬君がなぜか「だろう!」と、どや顔になり、静海が少し引いていた。


「それで?」


 半分くらいまで夢中になって食べていると、伊乃莉が急にそう言いだした。

 まあ、食事を純粋に楽しむ、ってわけではなかったことを思い出す。


「うん。昨日の話、だよね。」


 あやねるがナイフとフォークを置いて、口元を置いてあるナプキンでぬぐう。


 ちなみに、伊乃莉はすでに制服から私服に着替えている。

 ダメージがおそらくおしゃれに入ったのであろう、ジーンズのパンツを履いて、ゆったりとした長袖の薄いブルーのTシャツ。

 で、何故かあやねるも私服に着替えていたりする。

 ひざ丈の赤のフレアスカートに、ブラウンのブラウス。ビーフシチューを食べるため、その上にナプキンという姿。


 もしかすると、この家にお泊りするために、私物を置いてたりするんだろうか?


 悠馬君は一足早く帰ってたので、既に黄色のパーカーに、黒いひざ丈のジーンズなんて格好。


 ほかの男子2人は、制服の上のブレザーをハンガーにかけ、静海はセーラー服のままナプキンをしている。


「昨日、いのすけと別れて、光人君に送ってもらったでしょう。」


 このことから、「えっ」っと悠馬君が驚くが、きっとあやねるの痴漢事件や、電車に関するトラウマなんかも知っているんだろう。

 俺とあやねるを交互に見ているが、その話であることも察しがついているようで、口をはさむことはしない。


「そうしたら、北習橋のホームで西村さんと弓削さんに会っちゃたの。」


「それって、偶然?」


「違う。私と光人君が地下鉄のホームに行ったのを見て、追いかけてきたらしいの。」


「俺と西村さんは幼馴染なんで、本当なら空鉄のホームから帰るから、偶然はあり得ないんだよ。」


 景樹はあらかた食べ終わって、コーヒーを飲んでいたが、今の俺の言葉に俺をまじまじと見た。


「光人さあ、西村さんと幼馴染なんだ。仲いいとは思っていたが。でもさ、光人。西村さんの気持ち、ちゃんとわかってる?」


 景樹はあっさりと踏み込んでくる。


「ああ、わかっているつもりだ。」


「ならいいけど…。本当に「女泣かせのクズ野郎」になるからな、気をつけろよ。」


「単純な思いではないんだが、西村さんは俺にとって恩人なんだ。そのことについては、は今日は話すつもりはないけど…。でも恋愛感情は持っていない。それは昨日、本人に伝えたよ。」


 静海は「うん、うん」と頷いている。


「それでか、今日なんかよそよそしかったの。昨日、光人をめぐって女子が喧嘩してるって言ってたから、相手は誰かと思っていたんだよ。宍倉さんと西村さんだったわけだね。」


「あ、いえ、別に喧嘩していたわけじゃなくて…。なんで光人君が私を送ってくれるかということを説明しただけ。」


 そう言って俯いてしまった。

 あれ、説明するんじゃないの、あやねる。


「まずね、私から簡単に説明させてもらうよ、佐藤君。この中で一番、事情が分かってないと思うから。」


「そうしてくれると助かる。全くの部外者がしゃしゃり出ていいことではないとは思うけど。いろいろ噂が独り歩きしてるからね、光人も宍倉さんも。」


「まずは、あやねる、宍倉彩音が男性恐怖症ということは知ってる?」


「昨日、確かに自己紹介でそうは言ってたけど、光人との関係を見ていると、単純に男から声を掛けられるのがめんどくさいと思ってる、「高飛車な女」と一部の生徒に思われているよ。」


「ああ、そうなんだ。私もね、あやねるの男性恐怖症というか、同年代男子恐怖症というほうが当たってると思うんだけど、ね。実際、中学3年の時は男子を忌み嫌ってたんだよ。ところが高校に入学したら光人に対して、コロッと手の平を返すように距離感が接近し過ぎってくらい、近かったからね。こっちがびっくり!」


 あやねるは伊乃莉の言葉に顔を赤らめて、一回りは小さくなっている。


「でもね、そういう風に普通の女の子になっていくのは、近くで見ていた私からすると、凄い嬉しいの。まず、なんで宍倉彩音という女の子が男性恐怖症になったかっていうこと。話していくね、佐藤君。」


 そう言って、痴漢事件、その後のクラスの男子による悪口、さらに卒業式の告白まがいの嫌がらせを淡々と話していった。

 あやねるはただただ、頷いているだけだった。


 この話を知っているだろう悠馬君はどういう顔をしていいか悩んでるようだ。

 対して、静海は驚いていた。そういえば知らなかったっけ。


「そういう訳で、あやねるが男子に対して、特に光人だけど、普通っていうにはいき過ぎの感はあるけど、仲良くしてるってことはいいことなの。でね、私は私なしで電車の乗れるくらいにはなって欲しかったわけ。ただ、それも徐々に慣らしてっていう経過が必要かと思ったんだけど…。」


 そこで伊乃莉が言いよどんだ。

 なぜかは解ってる。


「急に、光人にその役を押し付けちゃったってことだよな。また、なんで?」


 景樹が、極端に短い時間で踏み切った理由だ。


「なんていえばいいのかな。中学3年の時にああ言ったことがあって、結構私とあやねるが一緒にいることが多かった。別に二人きりってことではないんだけど。女子の中のいい友達と遊ぶにしろ、勉強するにしても、あやねるは私に予定を合わせることが多かった。それが、この高校に入学した途端、私があやねるの思い付きの行動に付き合わされることになっちゃったの。しかもその思い付きの行動ってのが…。」


「光人、男がらみってことか。」


 景樹が伊乃莉の言いづらそうな言葉の代弁をした。

 その言葉に、顔を赤く染めながら、景樹に上目遣いで睨んでくる。

 爽やかイケメンはそんな女子の行為にも慣れているんだろう。

 華麗にスルーする。


「ま、そういうこと。ここで私は考えたの。そんなに光人と一緒にいたいのであれば、いっそう二人で家まで帰ればいいんじゃないかって。」


 それがあの我が儘発言となるわけだ。

 かなり、思い切ったことをしたもんだ。

 それだけ、あやねるの俺に対する想いが深いと判断したってことだ。

 もっとも、昨日のあやねるの母親である真理さんにあやねるの記憶の件を聞いて、自分の中である程度のあやねるの想いの根幹を少し理解した気がしている。


「当然、もしものことがあるといけないから、あやねるの母親には私以外の友人が連れていくとは連絡した。頃合いを見計らって、あやねるに連絡を取ってもらって、状態によっては迎えに行って欲しかったからね。」


 本当にあやねるのために、いろいろ考えてんな。


(本当に伊乃莉さんは凄いね。ただ、彩ちゃんに振り回されて、愛想が尽きたわけじゃないんだな。もっとも、真理さんはその友人が男子の光人だってことも見抜いていたようだけど)


(ああ、完全に手の平で踊らされた感が大きい)


「まさか、あやねるの母親、真理さんが光人を夕食に招待するなんて、考えもしなかった。」


 ああ、それは言わない方が…。


「え、じゃあ、光人はもう宍倉さんちに行って、飯まで食ってんの?」


「しかも、あやねるの両親付きでね。」


「おお!すでにプロポーズ済みとは思わなかった。」


「え、それ私聞いてないよ!あって2日目でプロポーズって、早すぎない、お兄ちゃん!」


 静海が景樹の冗談を真に受けて、急に声を張り上げた。


 いっや、プロポーズなんてしてないから!


「そんな、そんなことしてもらってないよ、私。ただ一緒にご飯を食べただけ。それだけ!ちょっとうちのお父さんが光人君に嫌がらせしたくらい…。」


 嫌がらせ、ね。

 まあ、嫌がらせなんだろうな、あれ。


「は、話を戻す、よ。」


 さっきから顔を赤らめたままで、あやねるがしゃべる気になったようだ。


「伊乃莉の話でもあったけど、光人君が家まで送ってくれるっていうから、甘えさせてもらったんだけど…。」


「そこで、西村さんに摑まった。そういうことだよね。」


 景樹が促す形であやねるに確認する。


「うん。なんで私と光人君がこのホームにいるのかって、詰め寄られた。それでさっきの説明をしたの。私がこの電車通学に慣れるため、男性に慣れるために光人君に付き合ってもらってるって。微妙に納得してないのは解っていたけど、一緒にいた弓削さんがフォローしてくれたの。それがホームでの出来事。」


 景樹はあやねるの話に噂の真相がわかったというようにうなずいた。


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