第21話 柊夏帆 Ⅶ
私は、両目のカラコンを外し、ケースに入れた。
そして顔をあげて、両目を開いて3人に向かう。
「えっ」
「「ひっ」」
香音は少し抑えめに、他の二人はかなりびっくりしたような声を出した。
左目は薄い碧い瞳、そして右目は、香音ほどではないが黒い瞳。
髪の色をした瞳はどこにもなくなった私の顔。
両目の瞳の色の違う整った顔立ちは、それ故、魔女のような形相に見られる。
「金銀妖瞳。よくアニメなんかで書かれてるけど、初めて見た。」
椎名さんが正確に私の両の瞳の状態を表現した。
香音は大きな目をこれでもかという感じで開いている。
瑠衣はその大きな体を小さく抱えている。
ある程度予想の範疇。
でも、心を哀しみが沸き上がってくる。
カラコンを外すときにあった震えはなくなったが、心は小さく震えている。
「虹彩異色症ともいうらしいの。でも凄い稀だけど、遺伝のいたずらで起きることがあるそうで、私の場合は何かの病気という訳ではないらしいけど。祖母の子供にあたる、私の母と叔父、あと私の妹の秋葉はさっきのカラコンと同じダークブラウンなの。私だけこんなことになっちゃってね。
生まれて目が開いたときに両親がびっくりして、すぐ知り合いの病院で見てもらったそうよ。基本的に遺伝上のもので身体には影響がないってことに両親は喜んだの。
私の家の周りは結構外国の人が多いから、この瞳でも「そんなもんか」という感じで、幼稚園でも仲の良いお友達はいたんだ。小学校でもそんな感じで大丈夫だったんだけど。3年生の時に小学校に転校生の男子が来たの。その子に会った時に「えっ、その目なに!化け物みたい」って言われた。」
「ひどい」香音が言ってくれた。
「それから、その男の子を中心に、私は「化け物」とか「魔女」とか言われて。それがだんだんひどくなって。私は学校に行けなくなった。」
椎名さんの目がしきりに瞬きを繰り返している。
気づいたら瑠衣が縮んでいた体を伸ばし、こちらに顔を向け真剣に話を聞いてくれていた。
香音もこちらを懸命に見てくれている。瞳に涙がたまり始めている。
「両親は学校に抗議して、先生も注意してくれたんだけど、その頃の男の子って、そんなこと聞かないんだよね。結果的に4年生から違う小学校に行くことになったの。
その時に両親が相談して、母と同じダークブラウンのカラコンをすることになったんだけど、目ざとい子はいるもんでね。コンタクトをしてることが見つかって、子供はコンタクトレンズでなく眼鏡をかけるべきじゃないかっていう保護者が出てきてね。
学校は私の転校の理由はわかってるから、病気のためってことで納得させたみたいだけど。公立って個人情報の管理が緩いのか、それとも病気とは何なのか保護者から詰め寄られたのか。
私の虹彩異色症だってのがバレて、結局、6年生の時は1度も学校に行かなかった。
事情が事情だから卒業はできたんだけど。だから私立を受けることになったの。それなりに頭はよかったから6年生からでも日照大千歳中学に受かることができた。
小学時代のカラコンはやはり出来のいいものではなかったから、中学に上がる前に眼科のお医者さんと、レンズを作る会社の研究所とで私の瞳を徹底的に検査したの。
瞳の中の虹彩のパターンや、色合い、その色と合わせたときにダークブラウンになるように調整して。さらに光の反射によるコンタクトレンズの存在を極力抑えるための光吸収素材、その素材に光の様々な波長に対する反射吸収の調整で何とか普通のコンタクトレンズらしくしたの。
この話は、カラコンの調整をしてくれた父の大学時代の友人の方が熱心に私にしてくれた話の受け売りだけどね。
このデーターはのちの研究に大きな成果を得られるということで、作ってもらった開発費用から考えればすごく安くしてくれたみたい。それでも、かなりの金額になったみたいだけど。でもそのカラコンができたことで、私の心配はあらかた解消されたはずだったけどね。
中学からはコンタクトは問題なかったし、カラコンの理由も学校側が理解を示してくれてね。まあ、私の入試の点数がよかったというのもあるんだけど。今まで個人情報は守られたみたい。」
自分の暗い過去を思い出すのは辛かった。
でも、香音と瑠衣に認めてもらうために必死だった。
「ごめんね、香音、瑠衣。黙っていたのは悪いと思う。でも、この瞳の秘密を見て嫌われるのが、怖かったの。」
この言葉に香音はハッとして、テーブル越しに私の肩をつかんだ。
その瞳は、涙があふれ始めていた。
「私の方こそごめん。まさかそんなことあるなんてぇうぇぇぇんんん~~~」
とうとう泣き出した。瑠衣が横から顔を出し、なぜか私の髪をなでだした。
「カホ先輩、がんばった、よくがんばったよ~」
人の髪をなでながらこちらも泣いている。
椎名さんはこの状況にひいているかと思ったが、慈愛に満ちた笑みを浮かべて私たちを見ていた。
が、ふと、眉を寄せた。
「瑠衣ちゃんが今、カホ先輩って、ルイちゃんはカホちゃんより年下なの?」
「あっ、そういえばまだ私たちの年齢って言ってませんでしたね。あの雑誌の年齢は嘘ですし」
そういいながら、泣いている二人にアイコンタクト。
泣きながらうなずいてる。冷静に見ると、ちょっと面白い。
「私と香音が高校1年で瑠衣が中学3年です」
「ルイちゃん中学生!」
素っ頓狂な声で椎名さんが驚いた。
「ルイちゃん、受験生なの」
「あ、いえ、私達中高一貫って言っていいのかな、何で一応受験はしないんで大丈夫です」
何が大丈夫なのか、自分でも分からず口ばしってる。
「じゃ、カホちゃんとカノンちゃん、16歳?」
「いえ、わっ、わたしばぁ、まだぁ、ぢゅうぎょさい。だんじょうび、きてないから」
香音がまだ完全には泣き止まない状態でしゃべる。
「15歳!あー、今の子たちはほんとに」
椎名さんがため息をつきながら、私たちを見つめた。
私はコンタクトのケースからカラコンを取り出し、元の瞳の色に戻した。
二人が泣き止むのを待って、私は本題に入った。
「二人にも私のことを偽りたくなくてこの話をしましたが、椎名さんにもこのことは胸の中にしまっていてくれると嬉しいです。香音、瑠衣、お願いね。」
二人はコクコクと頷いている。椎名さんも頷いてくれた。
「この場を作ってくれてありがとうございます。少し胸のつかえがとれました、椎名さん」
「そう言ってくれるといろいろ仕掛けた甲斐があるわね。先に言ったことは間違いなく実行するから安心して。」
私は一息ついて、椎名さんの瞳に顔を向けた。
「他の二人はわかりませんが、私の連絡先は教えたいと思います。二人が嫌がるようなら、それはもう聞かないということで納得してもらえませんか。」
「えっ、いいの、かほちゃん。」
「お礼という訳ではないですが。これ、私のIDです」
スマホを差し出す。
椎名さんが慌てて自分のスマホを出して、ID交換した。
「柊夏帆さん?お母さんがノルウェー人とのハーフなのよね。」
「はい、母方の祖母がノルウェー人ですが、」
「ちょっと確認していい?お母さんの名前、柊冬花さんじゃない。三松堂書店の」
「母をご存じなんですか?」
「ご存じも何も、すぐそこでしょ、働いてるの。言われてみれば似てるわね。確かに冬花さん、ダークブラウンの髪と瞳してたわ」
椎名さんが顔に手を当てて笑っていた。
食器を下げるタイミングを計っていたのか、長身の男性店員がテーブルにやってきた。
「済んだ食器を片しますね。紅茶のおかわりはよろしいですか。」
あの少し低い声で囁くように尋ねてくる。
私たちのカップは確かに空になっていた。
椎名さんが残っていたと思われるコーヒーを一気に飲んだ。
「私もコーヒーのおかわりよろしく、長谷部君。」
椎名さんが男性店員のものと思われる名前で呼んだ。
微笑みながら「はい、かしこまりました。」と答える。
そしてまた私たちを見た。
「おかわり、私たちもお願いします。」
香音が、泣き疲れたのか、小さな声で言った。
「シフォンケーキ、とっても美味しかったです。」
私も付け加えるように告げると、長谷部さんは満面の笑みでこう答えた。
「お母さんの柊さんもよくそのケーキを召し上がるんですよ。よくお嬢さんを連れて食べさせたい、なんて言われていて。はからずも、召し上がっていただいて、嬉しいです、夏帆さん」
「この字、「かほ」ではなく「なつほ」って読むの?みんな、カホって呼んでたじゃない」
急にすっとんきょうな声でスマホを見ながら椎名さんが苦情を言う。
「カホはあだ名です。私の名前は「ひいらぎなつほ」です。」
一呼吸おいて。
「うちの母はここによく来るんですか。」
「ええ、仕事帰りにたまに。それこそ、椎名さんと来るときもありましたよね」
長谷部さんは優しく笑いかけると、「では、おかわりを持ってきますね。」と言って、厨房に戻っていった。
その先に妙に挙動が怪しい女性がいた。
服装からするとウエイトレスのようだ。たぶん、椎名さんが来ていることから、あの長谷部という青年がこのテーブルを担当することになったのだろう。本来は彼女が注文を聞き、その品物の運搬を担当するところを、長谷部さんが変わってしまい、どうすればいいのか迷ったような雰囲気だった。
椎名さんが大きくため息をついた。
「柊さんの娘さんて解ってたら、こんな回りくどいことしなかったのに。」
「椎名さん、私も母の知り合いって知ってたらこんなに疑わないですんだんですよ。お互い様です。」
ちょっとムッとしながら言い返した。
全身にたまっていた力が抜け、虚脱状態になった。
「私たちも連絡先交換していいですか」
私の母の知り合いってわかって、ほっとしたように香音と瑠衣がスマホを差し出す。
椎名さんが二人とID交換した。
「じゃ、今日はありがとうね。何かあったら連絡して。特に、夏帆さん、冬花さんによろしく。ここは約束通り払っておくから」
「皆さん、また来てくださいね。夏帆さんも柊さんや妹さんと来てくださいね」
長谷部さんが低い爽やかな声で送り出してくれた。
私たちは椎名さんを残して、店を後にした。
「かほ、ごめんね。辛い事暴き出すようなことしちゃって」
「香音、こちらこそごめん、ずーと黙ってて。瑠衣もね」
「そんなことないです。これでもっと先輩に近づけたような気がしますし」
「そう言ってくれると、気が楽になるよ。でも、ホント、嫌われたらどうしようと思ってたんだ」
「私たちがカホのこと嫌いになるわけないじゃん!これからもよろしく」
「うん、よろしくね、香音、瑠衣」
「よろしくです、先輩」
私たち3人は、笑いながら駅に向かった。
椎名さんに会う最大の目的を果たし、壁を越えられたと思っていた。
でも、越えきれず、カラコンを付け続ける私は、まだ許されているわけではなかったことに気づけないでいた。
「書記を務めております、3年A組の柊夏帆です」
その言葉に反応して倒れた新入生がいた。
「白石君」
女子生徒が大きな声で呼びかけている。
そう、その倒れた男子生徒は白石光人だった。
自然に近づくことを考えていた私の自己紹介のタイミングで倒れたことは決して偶然ではないと思った。
私の目の前が暗くなっていく。