第209話 鈴木家訪問途中の電車にて
鈴木伊乃莉の弟、悠馬は先に帰ったらしい。
静海の言葉に微妙に傷ついてるのかもしれない。少し可哀想になった。
俺、あやねる、伊乃莉、静海、景樹の5人で、今伊乃莉の家に行くための地下鉄に乗っている。
生徒会室でのある意味衝撃的な告白は、静海の中では何とか納得しようとしているのが分かる。
なんとなくテンションがおかしいのだ。
「お兄ちゃん、静海は大丈夫だからね!柊夏帆さんを「人殺し」なんて言わないから。」
言ってることは、まあ、そういう事なんだろうけど。
柊夏帆先輩が現場にいた事実。
それを隠蔽しようとする両親や親戚たち。
心情は理解できる。
知っている人は知っている読者モデルとしてのKAHO。
マスコミの興味をそそらせるには、うってつけ。
だから隠した。
うん、浅はかだとは思うけど、理解はできる。
それがいいか、どうか。
静海も柊夏帆に何が起こっていたかの、ある程度は理解して、納得しようとしている。
そう、納得をしているのではない。納得をしようとしている。それが、おかしなことになっている。
変に明るいのだ。
さて、どうしたものかな。
「あやねる、何かあったの、静海ちゃん?」
伊乃莉が、静海のことを俺に聞かずに、あやねるに聞いている。何故?
「いのすけ、光人君が変な顔になってるよ、なんで俺に聞かないの?って顔だよ、あれ。」
「いやあ、シスコンに聞いても、まともな答えは返ってこないでしょう。どうしたって身内をかばうだろうからさ。」
「まあ、何かあったと言えばあるんだけど。私は何か言える立場じゃないんだよ。ごめん、いのすけ。」
一応誰にも言わないって約束だからそうなるよね、あやねる。
「あの柊先輩を「人殺し」という単語で表現することに、凄い興味あるんだけど。光人、お前達兄妹と柊先輩の関係って、何?」
「景樹も知ってるだろう。俺たちの親父が命懸けで救った子供の従姉だよ、柊先輩。だから。俺たちにすんごく感謝してるって話。もっとも助けたのは親父であって、俺達じゃないんだけどな。」
「それは知ってるけど、「人殺し」って言葉は出てこないだろう?」
興味100%で目をキラキラさせて来る爽やかイケメン景樹君。
「人殺し!」って、普通の人は口にする機会は確かに少ないかもしれない。
「なんというか、静海の感情がこの頃不安定なんだよ。ただ、うちの親父が亡くなった原因が、柊先輩の従弟であるってことでね、そんなことを口ばしったことがあったんだよ。」
「うーん、確かに、それは情緒不安定だね。」
景樹は静海をみながらそう言った。
「本当に、光人の周りは、ネタの宝庫だな。不謹慎なのはわかってるけどな。」
「まあ、そうかもな。」
「あの鈴木さんだっけ、あんまりよく解んないんだけど、どんな子なんだい?」
「珍しいな、景樹から女の子について聞くの。ていうか、初めてか?」
「うーん、そうかもな。ここ3か月くらい女子とは距離を置いてたからな。」
あれ、踏み入っちゃいけない話だな、これ。
「基本姉御肌だな。俺も3日だけどな、知り合って。とりあえず、あやねる、いや、宍倉さんの保護者ってとこだな。」
「なんとなく、それっぽいのは、分かるな。まあ、宍倉さんが今回の集まりに俺を巻き込んだ理由も、宍倉さんと女子の間であった話を宍倉さん抜きでされると嫌だ、ってだけじゃないのは解ってるけどさ。」
「そうだな。ちなみに地下鉄のホームでの話、俺の幼馴染の西村さんとの話なんだけどね。」
「そんなことだとわかった。光人も西村さんの気持ち、分かってんだろ。」
「まあね。」
「面倒臭いだろう?」
「つまり、イケメン君は、いつもそれで困ってるってとこかい。」
「そんなとこだよ。ただ、今回の鈴木さん?には、何というのか、俺に対してそれほど興味がなさそうなんだよ。だとすると、色々助けてもらえそうな気がしてね。本当のところ、そこが気になってんだ。」
景樹の言葉になんとなく、景樹の今の状態が見て取れた。
特に今野瞳さんの積極的な態度が露骨だからな。それも絡んでそうだな。
「何男同士でしゃべってんのさ。こんなに美少女がいるのに。」
男二人の内緒話が気になるのか、伊乃莉が俺たちの前に立って文句を言ってきた。
いや、君はそんなこと、気にしないでしょうが!
と思ったら、伊乃莉の後ろに、微妙な表情をする、あやねると静海を発見。
これって、俺たちがBL界に殴り込みに行くとでも想像しているのだろうか?
「もうそろそろ、駅だから、気を付けてよ。」
つまり降りる駅だからお知らせにやってきたってことね。
変な言い方はよしてほしい。
電車が減速し始めた。
昨日も降りた門前仲町である。
5人で電車を降り、改札を抜けると、あやねるとは反対の方向に伊乃莉は歩きだす。
「伊乃莉の家は、あやねるとは反対なの?」
俺は先頭を歩いてる伊乃莉にそう声を掛けた。
「うん、そう。と言っても地下鉄だから、あやねるの家との行き来は、そういう事はあまり気にしないね。あやねるが引っ越す前はもうちょっと近かったけどね。」
この言葉にあやねるの顔が曇る。
「ねえ、なんでいのすけが私の前住んでいたアパートのこと知ってんの。中2で知り合った時は、もう今のとこだよ。」
ああ、そうだった。あやねるは小学3年の時に伊乃莉と遊んでいた記憶が消えているんだ。
確か伊乃莉もそのことを知っている筈だが…。
伊乃莉を見たら、やっちまったあ~という顔で俺を見た。
俺を見ても、答えが出るはずないでしょう。俺がこの件では謝りようがない。
「えーとね、あやねる。一度引っ越して、駅と反対側に行くことになったって、出会った時に、言ってたよ。それで凄い近いねって言って、それから今の家とうちと、結構行ったり来たりしたんじゃん。」
そんな冷や汗ものの会話をしながら、地上に出た。
あやねるが、一生懸命思い出そうとしている。
「そうだったっけ?」
「そうだよ。うちに来る途中でこの辺っていってたよ。」
「そうだったかな。」
まだ完全には納得していなかったが、それでも信じることに決めたらしい。
「よし、じゃあ鈴木家観光ツアーの皆様は私に付いてきてくださいね。」
何とか誤魔化せたいのすけがそう言って、先頭で鈴木家に向かった。




