第206話 事故の秘密を知る二人
場所をソファに移して、話をすることになった。
生徒会室のソファは、低めのテーブルに一人掛け用のソファが2脚くっついてその斜めにも一人掛け用のソファがある。
2脚のソファの対面に長いソファが置いてある。
そこの中心に俺、右隣にあやねる、左隣に静海が強引に座った。
微妙に狭い。
二人の体温が分かる程度に密着する結果になっている。
それを対面のソファに座る秋葉さん、呆れたというか、やっぱり「女泣かせのクズ野郎」と思ったかのような冷たい視線が俺たちを見ている。
が、両脇の女子二人は全く意に介さない。
俺だけが肩身の狭い思いをしている。
斜め前のソファに座る岡林先輩も苦笑している。
「噂では聞いていたけど、本当にモテ男さんなんだね。申し訳ないんだけど、普通の男の子にしか見えないんだけど。」
秋葉さんがそう感想を漏らした。
その意見には俺も賛成である。
この状況は何なんだろう。
まだ知り合って3日目の女子とつい最近まで自分をゴキブリでも見るような眼で見ていた妹が、ここまで自分に愛情を示しているのは、やはり異常だと思える。
それぞれの事情はあるんだが、こういう風に他の人に見せつけるのはどうなのだろう。
「なんかすいません。二人が変に意地張ってるみたいで。」
「えっ、別に、そんなつもりではなくて、ただ、光人君といたいだけだよ。」
「別に兄妹なんだから、普通だと思うんですけど…。」
と、二人が秋葉さん、岡林先輩に説明とは言えない言い訳をしている。
岡林先輩は、やれやれという感じで軽くため息をついた。
「まあ、座る位置はそれでいいんだけど…。何か飲む?麦茶くらいになっちゃうけど、いい?」
「あ、じゃあ私が仕度します。」
そう言って秋葉さんはすぐに立ち上がり、生徒会室の柱に隠れているところに冷蔵庫があるらしく、慣れた雰囲気で紙コップと麦茶の入ったボトルを取り出している。
「カホの所によく遊びに来てたから、すっかり慣れちゃってね。生徒会に入ればいいんだけど、本人いわく、部活が忙しいから駄目なんだって。」
岡林先輩がそう言って、秋葉さんを見た。
秋葉さんは紙コップを各自の前において、麦茶を注いでいく。
「ですけど先輩、ダンス部をやってて、生徒会と両立できると思いますか?」
「それはかなり大変なんだけどさ。カホも1年の時はダンス部だったけどすぐ辞めて、生徒会に入ったんだよ。」
岡林先輩が、柊先輩の個人情報を淡々としゃべっていく。
「お姉ちゃんは生徒会に入りたいからダンス部を辞めたわけじゃないんですよ!男子のいやらしい目線に耐えられなかっただけですから!」
うーん、思春期の男子には耳の痛い話が飛び込んできた。
昨日の部活紹介でも、やっぱり、ダンス自体のすばらしさもあるけど、演じてる女の子の動きをエロい目で見てしまうことは否定できない。
目の前にいる柊先輩に似ているダークブラウンの髪の毛の少女が躍るダンスには興味がある。
あの柊先輩もダンスを踊っていたのならそういう目で見られてしまうのも良く分かる。
秋葉さんも十分綺麗なんだけど、柊先輩を見ているためか、それほどインパクトがない。
これは年齢的なのか、何かが微妙に欠けているのかは俺にはよく解らなかった。
「あくまでも個人的な感情だけどね。でも、その結果、読者モデルをすることになったんだもんね。昨日の写真部の紹介の時のカホの写真、見たでしょ。鳥肌立っちゃたよ。」
「そうなんですけど。別に私はお姉ちゃんみたいになりたいわけじゃないですから。」
少し拗ねたように秋葉さんは言っている。
憧れる姉であると同時に比較される対象としては嫌なんだろうな。
「でも、秋葉さんみたいに綺麗だったら、私ももう少し違う人生があったのかな?」
急に静海が年寄り臭いことを言い出した。
充分、美少女だと自分で言っていたと思うんだが…。
上を見たらきりがないんだろうな。
「えっ、静海ちゃん、だっけ。静海ちゃんもすんごく可愛いと思うけど…。結構、男の子から声掛けられたりするんでしょう。」
「まあ、ぼちぼちとはありますけど…。まだ、恋愛とかはよくわかんなくて…。」
「そうだよ、静海ちゃん。静海ちゃんはまだまだ先の話だから、柊さんの横のソファに移動した方がいいんじゃない?」
「それは何でですか?よくわかんないな。」
いかん。
変な争いが起き始めてる。
(本当に光人はモテモテで羨ましいよ)
(親父は愛するお袋がいるんだからそれで十分だろう)
(まあ、そうなんだけどな。死んだ後も、愛する人といられるって、ある意味幸せだよな)
死んでもラブラブらしい。
それはいいが、いい加減本論に移って欲しい。
「岡林先輩、朝言ってた柊先輩についてのこと、聞いてもいいですか?きっと、秋葉さんがここに居るのもその関係ですよね。」
「そうなんだけど…。」
そう言って、あやねるに視線を向ける。
俺もつられて、あやねるを見た。
つまり、部外者がいることに、岡林先輩はどうするか考えているという事だろう。
「宍倉さんが生徒会に入ってくれるのは、凄く嬉しいんだけど…。これから話す内容は、生徒会とは関係ないんだよね。」
言いにくそうに、出来ればこの場からいなくなって欲しい、と暗に言ってるわけだ。
ただし、そういう流れになることが分かってて、あやねるはここに居る。
「この話が、俺の親父の事故絡みであることは薄々感じてました。そのせいで、柊先輩が俺に変な関心を寄せていることも分かってます。単に従弟の命を救ってくれた男性の子供、というには執着が少し異常です。今目の前にいる秋葉さんが、柊先輩ほどの関心を俺には寄せていないことからも、柊先輩に何か別の理由があると思っています。そうすると、この宍倉さんが、そのことを知りたいと思っても、俺は別に不思議ではありません。」
なぜここにあやねるがいるかという事を、俺は少し早口で語った。
この話にあやねるは少し拗ねたようね、照れたような顔つきになって、もじもじしてる。
前に座ってる秋葉さんが、変に俺の目を見てくる。
秋葉さんも何か知ってるような感じだな、これ。
「うーん、確かに光人が言うように、あの事故からお姉ちゃんは少し変な感じになっちゃたのは事実。今はかなり良くなったんだけど。そして、それは光人が、そして静海ちゃんも関係があるの。」
「ああ、やっぱり秋葉ちゃんも知ってるわけだね。私も、白石君たちのお父さんの事故から、従弟の蓮君が心配で休んでそばにいるって聞いて、会いに行った時のカホは明らかにおかしかったの。だから何が起こったか、問い質したんだ。そのことは、本当はカホの口から言うべきなのは分かってるんだけど、見ていられなくてね。特に白石君のカホに対する態度は、明らかに警戒を感じるの。それが何故かは解らないけど、きっと、カホの隠していることに敏感に感づいてるんじゃないかと思って…。」
岡林先輩と秋葉さんの話がどこに行きつくのかは、見当がついている。
その当事者が俺の頭の中で教えてくれたことだから。
そうか、そういう事か。
すでに俺が異常に柊夏帆に対する警戒の心情に気付いてたんだ、岡林先輩は。
その理由を本人から聞いているのなら、確かに知りたい。
「それで、カホには内緒なんだけど…。あの事故とカホの本当の関わりを、白石君たちに知ってもらいたいの。何があって、どうしてそうなったかという事も含めて。でも…。」
また視線があやねるに向く。
「分かっています。ここで聞いたことは絶対他ではなすつもりはありません。私にも、聞かせてください。白石君とは別の理由で、私は知りたいんです。白石影人という人のことを…。」
俺はびっくりして、あやねる、宍倉彩音を見た。
そこには、自分が知っていると思っていた人物ではない表情をした少女がいた。




