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第20話 柊夏帆 Ⅵ

「もう一つの理由…。私たちから連絡させるため、ですか」


 私は意地悪そうな微笑みを浮かべる椎名さんに向かい、固い口調を意識して告げた。

 そんな私に椎名さんが軽く笑う。人を試す嫌な顔だ。


「椎名さんから連絡を取りたくても、連絡先は瑠衣のお父さんの事務所。しかも法律事務所だから、私たちが連絡することを嫌がっていた場合、面倒なことになる可能性がある。そんなところですか。」


「そうね、その考えでおおむね正しいわ。「憧れのモデル」のコーナーなんてのじゃ、変にあなたたちが納得して、こちらに文句を言おうとは思えなっかたし。」


 そう言ってコーヒーに口を付ける。


「付け加えるなら、かほ、かのん、狩野るいで検索掛けても、あなた方と思われる人物はヒットしなかった。」


 私の呼び方に至ってはタダのニックネームで、正確な呼び方ではないからなおさらだ。


「当然でしょうね、名前だけではとんでもない数ですもんね。まあ、狩野という苗字は少ないと思うけど。」


「SNSもやっていないようで、本当に困ったのよ。あなたたちと縁が切れるのは。こんな素敵な手つかずの原石が目の前にあるのに。」


「椎名さんは編集者ですよね。芸能事務所のマネージャーかなんかの副業でもやってるんですか。それとももっといかがわしい…。」


「あ、そういうことじゃなくて。確かに私は栄光社の編集者だけど、女性ファッション誌の編集者なの。才能を持ったモデルが目の前にいたら、触手は動くわよ。ファッション誌の命は流行を確実に作っていくことだけど、それを体現するのは人間、つまりモデルなの。影響力、まあインフルエンサーってやつね、それを持つスーパーモデルを発掘して、JA専属にできれば売り上げは桁違い。さらにそのモデルを冠した企画やコラボ商品を作れば我が社の利益は計り知れない。」


「確かに、憧れのモデルが使ってると言えば、情報が流れた矢先にその商品は品切れなんてよくある話だよね。」


 瑠衣が腕を組んで可愛い頭を上下に振りながら、訳知りなことを言う。

 やっぱりモデルに興味があるようだ。

 ふつうの子がやると可愛らしいしぐさも、背丈があるせいか、座ってても変な迫力がある。


「光栄社の利益もさることながら、そんなモデルを見出した伝説の編集者という肩書も手に入れるという算段ですか。」


 私は皮肉な言い方をした。


 このモデルは瑠衣を指しているであろうと私は思っている。

 瑠衣の身長は中学3年ですでに180㎝近い。

 椎名さんは瑠衣が中学3年生ということは知らないだろうけど、一番モデルとしての素質が高い。


 私と香音は160㎝前半くらい。

 平均的な女性の背丈としては少し高い程度。

 もう高校1年だから、これから伸びるとも考えにくい。


「確かにそれもあるわ。その肩書は新人モデルや、モデル事務所の信頼を得るには最高ね。仮にこの会社を辞める時にもその肩書は私の将来を保証する大きなものになるわね。」


 本気で思っているとするとかなり上昇志向が高い女性だが、ここまであけすけに言う話ではない。

 本気半分、冗談半分といったところか。


「その二つの理由は理解しました。納得できるかどうか別にして。」


 香音も瑠衣もそれに同意するように、頷いた。


「実際、こちらから連絡して、今この場に私たちはいます。それで、椎名さんは私たちに、もしくは3人の誰かにでも構いませんが、何をしたいのですか?」


 これが今回の3人の目的である。


 単純に連絡先の交換ではなく、椎名さんの我々に求めるものを見極めること。


 でも、私は、全く別のことを尋ねなくてはならない。

 あの赤堀さんの一言とそれに対する私の反応を見ていたはずの二人は、全くそのことを聞いてこない。 

 その心遣いに感謝しながらも、そのことに対して自分から言えない事情。

 でも、もうこの二人に隠しておくことはできないと思っている。

 もうバレているのに、隠し続ける強さは私にはない。


「うん、まずは、正式に謝罪をしたかったこと。次号に間違った記事を出してしまったことに対する謝罪文を掲載します。先ほどの瑠衣ちゃんの話ではないけど、迷惑をかけたことに対する損害賠償金も用意しています。」


 大人の対応だ。

 ここまで用意していたとしたら、それほどまでに狩野瑠衣という子は光り輝くということだろう。


「その上で、あなた方の連絡先を教えていただきたいの。今回みたいな、お父さんの事務所の連絡先ではなく、3人各々の連絡先」


「謝罪文の用意があることには安心しました。それはぜひお願いします。謝罪金に関しては、私達の両親と相談してからでいいでしょうか。私達だけでは判断できませんので。で、連絡先についてですが」


 私は他の二人を見た。

「どうする?」と水を向けた。

 二人とも考え込んでいる。

 二人ともここまでしてくれるのなら、教えても構わないと思っているのかもしれない。


「連絡先の件の前に、済ませておいた方がいいかしら。かほちゃん?」


「・・・はい。」


 椎名さんの問いかけに、私は背筋を伸ばし、居ずまいを正した。


「私、いえ、正確には赤越に聞きたいことがある筈ね。たぶん、他の二人と違って、今回ここに来た最大の目的。」


 二人の視線が集まっているのがわかる。

 私はいまだ揺れていた隠したい気持ちを捨て、覚悟を決めた。


「撮影中に赤越さんから私がカラーコンタクトをしていることを指摘されました。コンタクトではなく、カラコンであることを。ですが、私のカラーコンタクトは普通の女性がおしゃれに気軽に楽しむようなものではありません。私の父が、その分野の友人たちにお願いして、私の瞳専用に作っていただいた特別なカラコンなのです。もう3年以上装着していますが、多分このコンタクトがカラーコンタクトであることを見抜ける人は多くないと思います。それくらい精巧に出来ている筈なんです。誰にでもわかるといったものではありません。」


 そこで一息ついて、目の前の紅茶で乾いた口の中を潤ませた。

 きっと、すごくいい香りと味がするのだおうけど、今の私には味わう余裕はなかった。


「そこで聞きたかったのは、何故赤堀さんはそれに気づくことができたのでしょう?光の反射などだとは推察できるのですが、コンタクトレンズであることはわかっても、カラコンであると気付いた理由が知りたいんです。」


 一気に話した。

 テーブルの前にいる親友二人が驚きに満ちた表情をしていた。

 私がしているカラコンが、そんなに凄いものとは思わなかったのだろう。

 だが、通常の市販のものであれば、これだけ近くにいる二人が気付かないはずがない。

 それは二人も感じたことだと思う。


「そうね。コンタクトをしているかどうかも、結構近くまで行かないとわからないと思うわ。カラコンの場合は、大抵不自然さがあるからわかるようなものだけど、日本人の顔に青や緑の瞳だとわかってしまうというのはあるわね。でもカホちゃんの場合、その髪の色、綺麗なこい茶色は染めているわけではないのね。ハーフかクォーターかしら」


「はい、祖母がノルウェー人です。」


「だとすると、そのブラウンの瞳が不自然には見えないわね。私には、それがカラコンだとは思えないもの。二人は知ってたの?」


「いえ、おばあちゃんが外国人だとは知ってます。コンタクトをしてるとは聞いていましたけど、カラコンだとは知りませんでした。」


 香音が戸惑いながら答えた。

 黙っていたことを怒るべきなのか、聞くべきではないのか。

 だが、それ以上にそこまで精巧なカラコンを作らなければならない理由が判らないと思う。


「私が気付いたわけではないから何とも言えないけど、さっきも言ったけど赤越は目がいいの。ファインダーに映る瞳に違和感があったとは言っていたわ。やっぱりカラコンが学校にバレるとまずい?」


「いえ、学校の許可は取ってあります」


「「えっ」」


 これには香音も瑠衣も驚いていた。


 日照大千歳高校は服装規定が厳しい。

 髪を染めるどころか、化粧も禁止されている。

 保湿剤や、リップクリームは流石に禁止されていないが。

 絶対ピアスは禁止、髪形、髪飾りも過度なものは禁止。

 当然カラコンも禁止されている。


 私はクォータのため、この髪の色は地毛で、さすがに禁止の対象にはならない。

 

 だが、カラコンは別だ。


 香音も瑠衣もカラコンが学校側から許可が出ることを信じられないのだろう。


 と同時に、そこまで精巧なカラコンを造っていることから、学校側が許可するのも不思議ではないと感じている雰囲気だ。


「私の祖母の瞳はきれいな碧い色です。」


「学校は瞳の色がほかの人たちと違うから、許可が出たのかしら。」


「いえ、そんなことでは、おしゃれ度の高いカラコンを認めはしないと思います。私は特例です。」


「待って、カホ。私たち、中1から一緒だよね。遊びにも行ったし。一度も見たことないよ、何で、黙ってたの。」


 香音が非難するように言った。

 そう、こう言われることはわかっていた。

 それでも隠し通したかった。


 あの時、赤越さんが決定的な一言を言った時にこうなる予感はしていた。


 それでも香音には嫌われたくなかった。

 この学校に来て初めてできた友達。

 カラコンを外した真実を見たときに、小学校の同級生のあの目を香音に見たくなかったから。


「悪いと思ってる。だから、今日二人にも来てもらったの。本当は別の日に椎名さんに一人で会おうかとも思ったのだけど。香音と瑠衣にも見てもらおうと決めて…。」


 言葉が続かなかった。


 自分の体が小刻みに震えているのがわかる。

 椎名さんの心配そうな顔が私に向けられている。

 まさか、たかがカラコンがバレたくらいで、私の体が変調をきたすとは思ってもみなかったのだろう。


 私は持っていたバッグから、コンタクトケースを取り出した。

 震える左指で左目の瞼を大きく開く。

 右手の人差し指と親指で左の瞳を包む薄い膜のようなカラコンをつまんで剝がした。

 ケースに入れて、顔をあげて3人を見た。


 香音が左手を口元に持っていき「すごい、綺麗」とつぶやいた。


 そこには祖母譲りの透き通るような薄い碧い瞳が、3人の前にさらされているはずだ。


「すごい綺麗ね、カホちゃん。カホちゃんはもともと綺麗な顔立ちだけど、その瞳になると凄みを増してる。」


 椎名さんが驚嘆した感想を、そういう言葉で表している。


 でも、本当の秘密はこれからだ。


「こんなに綺麗な瞳を隠すなんて、もったいない」


 瑠衣がため息とともにそんな感想を漏らした。

 そう、この瞳はすごく綺麗、両目ともそうだったら、どんなに良かっただろう。


 私は、今度は右目のカラコンを外し、ケースに入れた。


 そして顔をあげて、両目を開いて3人に向かう。


 たぶん今の私の表情はこの世の終わりのような顔をしていることだろう。




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