第191話 伊乃莉お嬢様の招待
バス停にはすでに行列が出来ている。
その前の方に岡林先輩は友人と思われる少し背の高めのショートカットの女生徒楽しそうにしゃべってるようだ。
少し安心して静海とその行列に並ぼうとしたら、自分を見る二人の女生徒に気付き、そちらに顔を向けた。
その瞬間、また静海が今度は俺の左腕を抱いてくる。
ああ、やっぱり、可愛く笑うあやねると、少し怒った感じの伊乃莉だった。
昨夜のLIGNEの返信が非常に雑だったからな。
怒るのもわかるが、俺は単純に眠りたかった。それだけ。
「おはよう、光人君、静海ちゃん。」
「おはよう、あやねる、…い、伊乃莉。」
「おはようございます、宍倉さん、伊乃莉さん。」
伊乃莉はしばし俺を睨む。
「おはようさん、静海っち、無礼な光人。」
そう言って、座っていたベンチから立ち上がる伊乃莉さま。
いや、まあ、下手なヤンキーより怖い目つきなんですけど。
つかつかって感じで俺に近寄ってくる。
「光人さあ、私があやねるの心配してることくらい、想像つくよな。それが、あの返信はどういう了見なんだあ、ああ?」
「ま、待てって。こっちだっていろいろあったんだよ。大体お前があやねるのお母さん、真理さんに変な報告するからだろう。まず、バスの行列に並ぼう、な!」
思いっきりメンチを切ってきそうな半分ヤンキーと化している伊乃莉にあやねるが苦笑している。
今日はしっかり笑顔のあやねる。
こっちの方がやっぱり似合ってる。
「言いたいことはかなりあるんだが…。まあ、確かに変な報告したことは、一応謝っておく。だが、あやねるのうちに招待されるだから、逆に礼が欲しいくらいだ。」
「あって二日目で家に招待って、おかしくないか。しかもあやねるのお父さんに滅茶苦茶敵意を向けられたんだからさ。」
ふうんと鼻であしらわれた。
「あやねるから聞いている限りだと、そこそこ仲良くやっていたようだけど。」
えー、あやねるからはそう見えてたんですか~。
確かにお礼は言われたけど、ほとんど近づくな光線を浴びていた気しかしない。
静海がきつい目で俺を見ている。
ゴキブリを見る目で見られるのも耐えられないが、ゼロ距離でこう見られるのもおかしい。
兄妹の距離ってものをしっかり考えてほしい。
「あのね、光人君。お母さんがまた来てねって言ってたから。ちょっと逆方向だけど、是非また来てね。」
「うん、昨日はありがとう。真理さんにお礼言っておいてね。」
「二人で仲良くしてることは、昨日の朝に比べればすごく微笑ましいとは思うけど、私の要件、言ってもいい?」
どうやら、昨日のLIGNEは、様子を聞くためと、これからの話をする気らしい。
「私もまさか、あやねるのお母さん、真理さんが光人を夕食に誘うとは思わなかったからさ、ちょっと、光人に悪かったなって謝ろうとも思ったの。そしたら返信どころか、既読もつかないし。帰ってきたと思ったら、明日ねって、さすがに頭に来たよ。だから待ち伏せしてた。」
「えっ、じゃあ、あやねるは無理に付き合わされたの?」
「まさか!私が光人を待ち伏せするっていったら、大喜びで一緒に待つって言われたよ。」
「いのすけ、ばらしちゃダメ!」
顔を赤くして両手で隠すあやねる。
やっぱり、あやねるは可愛いなあ。
(光人、鼻の下が伸びてる)
「お兄ちゃん、喜びすぎ!」
四方から非難の嵐。俺、なんか悪いことした?
「いのすけの馬鹿、恥ずかしい…。」
照れるあやねるが俺の袖口を掴んでおでこをチョンと右肩の所に預けてくる。
俺は少し照れながら、きつい視線を俺に向ける静海の方を見ないようにしながら、伊乃莉に顔を向ける。
「で、用件って?」
というところでバスが来た。一旦会話を中断してバスに乗り込む。
どうも昨日の噂はまだ健在のようで、少し「女泣かせのクズ野郎」という単語が聞こえてきた。
「今日、西村さんは一緒じゃないの?」
昨日のメンバーからいない女生徒のことをあやねるは思い出したようだ。
まあ、昨日あやねるとかなりのやり合いをしていたことを思うと、会いたくないと思うんだが…。
「うーん、昨夜帰ってから、少し電話で話してね、それでちょっと…。」
「ふーん。」
なんか嬉しそうなあやねる。
もう一人いない人物を思い出した。
「伊乃莉、弟さんは?」
「私が光人を待つっていったら、あっさり私たちを置いて、学校に行っちゃったよ。」
「静海を待たなかったんだ、へー。」
「なんで悠馬が私を待つのよ!」
なぜか静海のご機嫌が悪い。
「なんかね、悠馬。ちょっと拗ねてるみたいでさ。昨日クラス分け、あったでしょう。」
「ああ、そんな事言ってたな。静海は2Dなんだろう。」
「悠馬は2Bで静海ちゃんと別れちゃったんだよね。そしたら、静海ちゃんに変に絡まれなくていいとかなんとか言われたとかで、今落ち込み中。」
「ほおー。」
静海を見ると、プイって感じであらぬ方に視線を変える。
「それでさ、光人に要件って話だけど、今日時間ある?」
「学校終わったら、別に用事は…、あっ。」
静海に脇を突かれ、ついさっきの約束を思い出した。
「何かあるっぽいね。なに?」
俺は同じバスで前の方に座ってる岡林先輩に視線を向ける。
それにつられるように、伊乃莉とあやねるがそちらを見た。
「今朝がた、同じ駅から生徒会の岡林先輩って人と一緒になったんだけど…。」
「なったんだけど?」
オウム返しに伊乃莉が俺を見る。
「また生徒会室に行く羽目になった。」
「なんで?」
「俺もよく解んないけど、柊先輩について教えたいことがあるとか、ないとか。な、静海。」
妹に振ると、コクコクと頷く。
「結構時間かかりそう?」
「そんなにはかからないと思うんだよね。昼食の時間もあるし。」
少し考えて、伊乃莉が顔を上げた。
「うん、じゃあ、大丈夫そうだね。実は、昨日君にあやねるを押し付けて、しかも家で夕食でしょう?無理に緊張を強いちゃったかな、って思ってね。今日のお昼を家で食べてもらおうかと思ってね。いいよね、光人。」
お願いではなく、明らかに命令。
あやねると、静海を見る。
「ああ、当然あやねるは来るよ。それは話して了承済み。で、静海ちゃんも来てね、絶対。」
妙な圧を静海にかけてきた。
静海も頷くしかなかった。
「じゃあ、決まり。生徒会の件終わったらLIGNEで連絡して。」
「あ、いのすけ、あのね…。」
「わかってる。一緒に生徒会室行ってきな。待ってるから。」
何だろう、俺の予定は他人によって勝手に決まってく気がする。
(光人、これも運命。諦めな。)
親父が薄情なことを言ってきた。




