第188話 調剤薬局にて
やっと3日目に入りました。
まだまだいろいろ起きるみたいです。
楽しんで頂けると嬉しいです。
良ければ感想をよろしくお願いします。
自動ドアが開いた。
「こんにちは。」
受付の事務職員の五井という女性が朗らかな声で挨拶する。
入ってきたのは小学生の女の子を連れた女性、宍倉真理さんだ。
つれているのは娘さんの彩音ちゃん。
お母さん似の可愛らしい子だがショートカットにして、見る人によっては男の子と間違えられる。
半そでのシャツに短パンといった快活な服装では無理もない。
「これ、お願いします。またうちの人のなんですけど…。」
どうやらいつも通り、真理さんの夫である宍倉敏文さんの処方箋のようだ。
私は五井さんから敏文さんのお薬手帳を受け取り、処方箋に目を向ける。
いつも通り、変わりなし。
調剤室に入り、目的の薬を日数分、揃える。
今日の薬剤師は私を含めて3人。
そして二人とも私より年下で、先輩にあたる女性だ。
木下さんがここの管理薬剤師で、もう一人の薬剤師は藤谷さん。
私よりも10歳以上下になるが、もう、この鈴蘭堂に就職して5年は過ぎているはず。
薬剤師歴では私よりも3年も先輩だ。
調剤用レセプトコンピューターに入力された処方箋が、調剤室に届き、自分が揃えた薬剤を木下さんにチェックしてもらう。
「ああ、宍倉さんの薬ね。では白石さん、お願いね。熱心なファンがいるようだから。」
木下さんがそう言って、調剤用かごに入った宍倉敏文さんの薬を私に手渡された。
熱心なファンときたか。
別にこの宍倉さんの妻である真理さんと私に特別な関係があるわけではない。
「熱心なファン」と言われたのは、投薬カウンターの向こうで目を輝かせている小学生の女の子、彩音ちゃんのことだ。
最初に二人できたときに、この店のマニュアル通り、子供用のシールとのど飴をあげたら、やけに気に入られた。
私が転職して、訳もわからない状態で接客、投薬して、数限りない失敗を繰り返して、酷く落ち込んでいたときに、この彩音ちゃんの笑顔で「ありがとう」の一言をもらった。
その時の言いようのない感情、言うなれば救われた気持ちをくれた女の子だ。
人から見れば、大したことのない言葉かもしれないが、あの時の私にとって、一番欲しかった言葉だったのだと思う。
調剤かごを持ってカウンターに立つ。
「宍倉さん、お待たせしました。」
呼ばれて、宍倉さん親子が座っていた椅子から立ち上がり、自分の前にカウンター越しに対面する。
「こんにちは。」
「こんちは。」
二人から挨拶される。
私はにこやかにほほ笑み、カウンターに薬剤情報文書、薬剤を並べる。
そしてまず、お薬手帳を返す。
「手帳、ありがとうございます。今回は前回と同じお薬と痛み止めの針薬がまた商法されてますね。やっぱり、腰ですか?」
「ええ。どうしても机に向かってする仕事が多いもので、なくなったので先生に言って出してもらったようです。」
「今回のお薬は、前回同様、アムロジピン5㎎とピタバスタチン2mgの飲み薬と、針薬が以前のと同じロキソプロフェンテープです。かぶれは大丈夫ですね。」
「はい、問題ないようです。」
「ねえ、白石のおじちゃん。かぶれってなあに?」
一緒に聞いていた彩音ちゃんが聞いてきた。
さて、どういえば納得してくれるかな。
「彩ちゃん、かぶれっていうのは、この薬を張ったときに、その部分が赤くなってかゆくなったりすることだよ。」
「かゆくなっちゃダメじゃん。彩、虫さんにかまれたりするとすぐ赤く膨れて、かゆいの、止まらなくなるよ。そのお薬、だめなんじゃない?」
ませた口の利き方で私を攻めてくる彩音ちゃん。
でも、その顔も愛らしい。
「そうだね、だめだね。でもね、このお薬は痛いところを痛くなくしてくれるお薬なんだよ。だから、かゆくならないようなら使って大丈夫。かゆくなるようなら、やめて他のお薬にするんだよ。」
「そっか。お父さん、いつも腰さすって、あいたたた、って言ってる。痛くなくなるなら、楽だよね、白石のおじちゃん。」
今回もわかってもらえてよかった。
いつも、その時、わからないことを聞いてくる子だけど、ちゃんと説明すると理解してくれることは、単純にうれしい。
これが大人だと、偉そうにどこで仕入れたかわからないような怪しげな理屈をこねたり、全く最初から人の話を聞こうとしなかったり…。
本当に彩音ちゃんに、私は生きる糧をもらっているようだ。
「すいません、白石さん、いつもいつも。うちの彩音がすぐにこんなこと聞いてきて、迷惑かけて…。」
「迷惑なんて、とんでもない。理想は誰にでも理解してくれる薬の説明をすることですので。彩音ちゃんの質問は私にもいい勉強になってます。」
「もう本当に彩音ったら…。白石さん、いつもありがとうございますね。この子、私たちが適当に答えてるせいか、白石さんの説明がすごく気に入っちゃってるみたいなんですよ。また、迷惑かけるかもしれませんけど、よろしくお願いします。」
「迷惑なんて、とんでもない。うちも子供には似た対応になってますから、何かあれば聞いてくださいね。」
「本当にありがとうございます。」
「お大事にしてくださいね。敏文さんにもよろしくお伝えください。」
「はい、それでは。」
「バイバイ、白石のおじちゃん。」
「さようなら、彩ちゃん。」
スマホのアラームが鳴っている。
今回、ちょっと薬局の風景を入れてみました。
良ければ、感想よろしくお願いします。




