第18話 柊夏帆 Ⅳ
生徒会室にはほぼ役員が揃っていた。
来ていないのは2年生の広報担当・辺見章介、会計担当の外山凛梨子の二人だった。
たぶん、凛梨子が寝坊して、章介が迎えに行ったというところだろう。
いつものことだ。
「おはよう、カホ。体調大丈夫?」
庶務担当の岡林真理子が声を掛けてきた。
3-B特進理系コース。
浅見蓮と同じ伊薙区から通学している。
あの事故のあった伊薙駅が最寄り駅だ。
長い髪をピンクのシュシュで纏め、前髪のところに触角のような髪を揺らしている。
「おはよう!いつもの二人以外みんな集まってるね。真理子、ありがとう。まだ本調子とは言えないけどだいぶいい。蓮もようやく表に出れるようになってきた。」
「蓮君もよくなってんだね。よかったよ~」
真理子はそう言って私に抱きついてきた。
私より小さいはずなのに、柔らかい豊かな弾力が私を心地よく包んだ。
真理子だけでなく、ここにいるメンバーは私の従弟の小学3年生の蓮の事故を知っている。
蓮がトラックにひかれそうになり、白石影人さんに助けられたことも、その時に影人さんが亡くなったことも。
それが原因で部屋から出られなくなった蓮を私が付きっ切りで看護していたことになっている。
2週間近くの欠席の理由だ。本当の理由は隠匿されている。
「あとの二人はじき来るだろうから、さっさと済ませてしまおう」
私が自分の席に座るのを見計らって生徒会長の斎藤総司が会議の開始を告げた。
今回の会議内容は、入学式後の生徒会などの説明と役員紹介だ。
露骨に言えば、新入生の勧誘が目的である。
他の高校の入学式は知らないが、この説明の時間は、何代か前の生徒会が学校側との交渉で手に入れた貴重な時間である。
生徒会は特に優秀な人材は早めに唾を付けておきたい。
この高校の生徒主体の行事を支えているのは生徒会であるという自負がある。
これが弱体化すれば、高校側にいいように使われるだけの主体性のない生徒を増産するだけになってしまう。
とはいえ、生徒会だけではこんな青田刈りのような行動が許されるわけがなく、その当時の生徒会長は当時のほかの委員会を巻き込んだ。
文化祭実行委員会・新聞委員会・放送委員会。
みんな各クラスから人員は補充されるが、大抵はくじ引きによる委員の選出になるから、運が悪い生徒が集まってくることになるのだ。
この4団体と学校側の話し合いで、委員会側の粘り勝ちとなって、この説明会が始まった。
今のところ、この説明会はそれなりに効果を発揮している。
去年のように今までそんなそぶりを見せてこなかった現生徒会長の突然の会長候補出馬、当選などがあっても生徒会自体は破綻なく仕事を全うしている。
それどころか、現会長になってさらに生徒会の仕事がやりやすくなったのも事実である。
「説明会の式次第と、当日の進行表、あと俺のスピーチ原稿をPCにアップしたから、それを確認してくれ。まず大体の流れとして、意見があれば言ってくれ」
ここにいる全員が、生徒会所有のPCを立ち上げた。
式次第と進行表は基本的に去年と大差がないので、去年から生徒会に在籍する齋藤会長を除く3年生はサーッと目を通すだけだが、2年生の御園扇さんだけは真剣に見ている。
問題は会長のスピーチ内容だ。
「会長、これやるんですか」
会計担当の八神蒼空君が会長のスピーチ原稿の確認をした。
確かに、この内容はかなり刺激的だ。
特に学校側に…。
だが、この内容こそ齋藤会長が会長選の時の公約そのものであることも認めなければならない。
「やる。これをやらなければ、俺自身の否定だ」
「すいません、遅れました」
爽やかな声で、辺見君が外山凛梨子さんと共に生徒会室に飛び込んできた。
少しぽっちゃり体系の外山さんの眠たそうな顔が、何度も上下に振られた。
「わたしのせいですー。ごめんなさい。」
座っている全員が苦笑した。二人はそそくさと自分の席に着き、PCを起動した。
「辺見君、お疲れ~」
真理子が軽い調子で辺見君を労った。温かい慈愛に満ちた微笑みだ。
「真理子さん~ひどくないですか。二人とも遅刻なのに、章介にお疲れって」
「え、だって、起きられない凛梨子を、章介君が愛の力でやさしく抱えてきたんでしょ。ねぎらいくらいしてあげないと。」
「ちょ、ちゃんと起きました~。抱えられてきたわけじゃないです~」
「二人がラブラブなのは分ってるからさ、内容確認して」
真理子のからかいがえんえんと続きそうなので、私は話を強制終了させた。
「イチャイチャなんてしてません。夏帆先輩」
にもかかわらず、幸せいっぱいの顔でのろけてくる。
イチャイチャなんて誰も言ってない。
まあ、バレンタインに凛梨子から告白したらしいから、惚気たいのだろう。
根が真面目なのだが、そういった恋愛事情に興味津々の扇がわざわざ報告してきた時を思い出した。
「この内容、一応大友先生には報告しといたほうがいいんじゃないですか。」
つまり内容自体は否定しないし、スピーチすること自体には賛成ということだ。
ただ、内容の改変はしないが報告だけはしたという態を作っておいた方がいいと八神君は忠告したわけだ。
「それはしないつもりだよ。大友先生に迷惑をかけるかもしれないしな」
迷惑がかかるかもしれないと自覚はしてるわけね。
私はそんなことを考えていた。ま、考えなしにする人ではないのはわかってるけど。
「では、この流れで行きましょう。式次第と進行表は各委員長にメールしときますね。」
「外山さん、よろしく。スピーチ内容はこのままで、柊さん、チェックしておいてね」
副会長の大月君から指示が来た。ザーッと見た限り、そんなに直すとこはなさそう。
「OK。原稿チェック終わったら会長にメールしますね。」
「よろしく。じゃ、続いて、入学式前の会場設営について、人間の割り振りについて、去年の資料を見てくれ。」
入学式関連の生徒会で決めるべきことを会長は淡々とこなしていった。
基本、今の生徒会役員の面々は優秀だ。
私が欠席している間にもある程度の流れは作ってあった。
ただ、今後もレベルを維持していくことができるかどうか。
今日の生徒会の会議に参加した目的は、非常に個人的なことである。
自分の罪悪感を少しでも払拭するための行動。
正直言えば、もう私がいなくとも、このメンバーなら問題なく生徒会の運営はできると思う。
自分の置かれた状況を説明できれば、引退を早めても大丈夫だと思う。
そう、あの場所に私がいたことを公にできれば、少しはこのいたたまれない気持ちを整理することができるかもしれない。
でも、それは出来ない。
私を守るために取った大人の隠蔽工作。
これは、多分、私が読者モデルなんかをやっていて、多少名が知られていたためだろう。
マスコミのいいターゲットにされ、心身の変調をきたしかねない。言い換えれば大人たちの私を想う気持ちの現れだから。
今出来ることは、恩人の白石影人さんの近縁者を探し、自然に接触すること。
もし出来ることなら、遺族の方に謝罪できるように取り計らってもらうこと。
それが、今しなければならない、最低限のことだと思っている。
そう、結果的に、私が白石影人さんを殺したようなものなのだから。
私たちの任期は6月まで。
9月には文化祭を控える日程で、6月初旬の生徒総会、続く生徒会役員選挙、引継ぎで、すぐに文化祭に向けた準備に入らなければならないわけだ。
その時私たちは部外者。
OBとして助言はできるが、それ以上は過干渉だ。
ぜひ、優秀な人材が入ってくれればいいけど。
一通りの議題をこなし、今日のところはこれで一段落。
外山さんが送ったメールに各委員長から返事が来た後、入学式前準備の割り振りについての各委員との話し合いの設定が必要になる。
入学式に参加する学生数・保護者の予想人数・来賓者の予定を学校側に再度確認することになるだろう。
とりあえずの仕事が終わったのを見計らって、会長に近づく。
「会長、もし判ればいいんですが、新入高校生のリストを学校側から送られているようでしたら、少し目を通しておきたいんですけど」
少し小さめの声で、聴いてみた。さて、理由は何にしようかしら。
「柊の妹さん、今年から高校生だっけな。確かに、入学生、気になるよな」
妙に察しのいい会長で助かる。偽りの理由を考えなくて済んだ。
「大友先生からきてたはずだ。ちょっと待ってくれ」
齋藤会長がPCのマウスを動かし、クリックした。
「ああ、新入生名簿のフォルダ、共有に入れておくから手元のPCで見てくれ。一応㊙ってことだから、プリントアウトはしないでくれ。」
「はい、わかりました」
共有フォルダの中の新入生フォルダを開き、名簿をモニターにうつしだした。
開かれた表ソフトの名前を確認する。
見るべきはAB組とFGH組。内部進学者であれば、さすがに秋葉が何か言っているはずだ。
A組に妹・秋葉の名前があった。
そして内部進学者の中で1位常連の笹木梨奈の名前もあった。
AB組は特進クラスのため、内部進学者と外部受験者が混合している。
確認していくが、期待した名前はなかった。
CDE組を飛ばし、F組を確認、該当なし。
G組。名前を出席番号順に確かめる。あった。
18番、白石光人。
出身中学、伊薙中学。
事故現場は伊薙駅高架下だ。
間違いない、この子だ。
白石影人さんの息子さんか、もしくは近しい人。
私はその名前を忘れないように、しっかりと頭に刻み付けた。
さて、どうやって自然に近づいていけばいいか。